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不要とされたシリーズ

私は不要とされた~一番近くにいたのは、誰だったのか~

作者: ゆめ@マンドラゴラ
掲載日:2026/05/14

 彼の幼馴染は、いつも一歩だけ前にいた。


「ねえ、覚えてる? 子どもの頃、あなたが泣いてた時、そばにいたのは私だったでしょ」


 懐かしい話をするみたいに彼女は笑う。

 その視線の先にいるのは私ではない。


 ――私の婚約者だ。 


「昔からずっと一緒だったものね」


 そう言ってちらりとこちらを見る。


「私が一番、貴方のことを分かっているわ」


 軽い視線なのになぜか胸の奥が冷たくなる。


 婚約者は何も言わない。

 その沈黙が、肯定のように感じられてしまうのが、何より苦しかった。


 それが、この関係のすべてだと思っていた。


 彼は無口で、話しかけても会話が続かない。

 夜会でも一曲だけ踊って離れる。

 贈り物も形式的。


 私はずっと、この婚約はただの形なのだと思っていた。

 彼にとって一番近いのは、きっと――私ではないのだと。




 その日は、婚約者と二人きりのお茶会のはずだった。

 けれど彼の幼馴染は、まるで自分の席であるかのように当然の顔でそこにいた。


「あなた、本当にあの人と釣り合ってると思う?」


 何気ない調子で彼の幼馴染が小さく首を傾げる。


「悪い意味じゃないの。ただ、あの人ってああ見えて繊細だから。ちゃんと理解してあげられる人じゃないと、きっと困ると思うの」


 柔らかい言い方だった。

 けれど、言葉の意味ははっきりしていた。あなたでは足りない、と。


「私は、昔から見てきたもの。あの人のこと」


 誇るように言って、くすりと笑う。


「私は婚約を解消していただいても構いません」


 幼馴染が勝利を確信したように口元を押さえる。

 「やっぱりそう思うわよね」と小さく笑う声。


 カサリと音がして振り返れば、そこには執務で来るのが遅れていた婚約者が立っていた。

 いつからそこにいたのかは、分からない。


 どこか呆然としているのは気のせいだろう。

 けれど、婚約者はすぐには何も言わなかった。


「失礼します」


 これ以上ここに居ても意味がない。


「……さきほどのは、君の意思か?」


 すれ違う瞬間に、思わずといった風にこぼれた言葉。


「私は、最初から必要とされていなかったのでしょう? でしたら、これ以上お邪魔する理由もありません」


 彼らの間に私は不要なのだから。


 また沈黙が落ちる。

 彼は少しだけ目を伏せ、それから短く言った。


「……そうか」


 それだけだった。引き留める言葉も、否定もない。

 やはりそうだったのだと、どこか納得してしまう自分がいた。


 私は一礼して、その場を離れた。

 背後で幼馴染が彼に何か話しかける声がしたが、振り返らなかった。


 ――これで終わりだと思った。




 その日の夕刻、寛いでいた私のもとに来客が告げられた。

 名を聞いた瞬間、胸がわずかに揺れる。


 応接間へ向かうと彼は椅子にも座らず、立ったままだった。

 外套も脱がず、そのままの姿で。


「無礼は承知だが、どうしても今日のうちに話したかった」


 低く、まっすぐな声だった。


 最後ぐらい二人で話すのもいいだろう。

 その方がきっと静かに忘れられる。


「……お座りください」


 促すと、彼は頷き、向かいに腰を下ろす。

 距離は昼間と同じはずなのに、空気が違う。


「先ほどの話だ。誤解があるように思う、少し話がしたい」

「お気になさらないでください。このまま……お忘れいただいて構いません」

「違う、そうではないっ……君が、なぜああ感じたのか、教えてほしい」


 言葉を探すように、ゆっくりと紡がれる声。

 もう終わったことなのに、優しい人。


 でもそうね、最後ぐらい本音を言ってしまおうかしら。

 そしてキチンと失恋して、泣き終わったらお父様に新しい婚約者を探してもらいましょう。


 私は息を整える。


「……近すぎたからです。あの方が、あなたの隣にいるのが当たり前で。私が入る余地はないのだと、そう見えました」


 こちらに向けられる勝ち誇った笑み。

 あの笑みを向けられた瞬間、胸の奥に言葉にならないものが溜まっていくのを感じていました。


「近すぎた、か」


 彼は小さく繰り返し、わずかに目を伏せる。

 静かな声が続く。


「君がそう思うほど、私は何も伝えられていなかった」

「……それだけでは、ありません」


 言葉は少なく、距離はいつも同じで。

 何もかもが、最初から決められているように見えました。


 伝えることは、できなかったのでしょうか。

 いいえ、もしかしたら私と同じ、伝える機会さえなかったのかもしれない。


「だから、場を変えた。きちんと話すために」


 私はしばらく何も言えなかった。

 あの沈黙が無関心ではなかったのだと、ようやく理解する。


「……では、あの方は」

「関係ない」


 間を置かずに否定される。


「彼女は昔からの知人だ。だが、それだけだ」


 はっきりとした線引きだった。


「そうは、見えませんでした」

「すべて誤りだった。君がそう受け取るとは思っていなかった」


 ……どう受け取れば、よかったのでしょう。

 胸の奥が、少し冷たくなる。


「怖がらせたと思っていた」


 彼が静かに言う。


「初めて会った日、君は私を見て固まった。だから無理に近づくべきではないと判断した」


 同じ令嬢である幼馴染がいれば少しは安心すると思っていたと、そう小さく呟く。


 思い出す。

 あの日、確かに何も言えなかった。

 でもそれは――


 「違います」と、思わず口にする。


「あれは、その……緊張してしまって」


 身内の男性以外と二人きりになったのは、初めてだったのだ。


 言ってから、顔が熱くなる。

 彼は一瞬だけ言葉を失い、それから小さく息を吐いた。


「……そうか」


 短い一言だったが、先ほどとはまるで違う響きだった。


「君を怖がらせた時点で、私の責任だ」


 わずかに口元が緩む。

 その言葉に張り詰めていたものがわずかにほどけた。


「だが、婚約解消は受け入れない」

「命令、ですか」

「いいや、これは……頼みだ」


 思わず笑ってしまう。


「では、条件があります」


 私は小さく言う。


「これからは、きちんと伝えてください。分からないままにしないで」

「約束する」

「善処では困ります」

「……分かった」


 今度は迷わず頷いた。




 翌日。

 落ち着かないまま過ごしていた私のもとに、来客が告げられた。


 前触れのない訪問。

 本来なら断ってもいい。


 今までの私は、婚約者に嫌われるのが怖くて、ずるずると彼女を許してしまっていた。


 けれど――


 目を閉じ、静かに息を整える。


「客間ではなく、庭へご案内して」


 よく手入れされた庭に出ると、柔らかな日差しが落ちていた。

 風は穏やかで、どこまでも静かだ。


 その中央に、彼女は立っていた。

 振り返る動作すらゆったりとしていて、まるでここが自分の場所であるかのように。


「急に来てしまって、ごめんなさい」


 口ではそう言いながら、まったく悪びれた様子はない。


「構いません。ご用件を」


 私がそう返すと、彼女は小さく笑った。


「昨日のことよ。少し驚いたわ」


 ゆっくりと歩み寄りながら、視線をこちらに向ける。


「でも……良かったと思っているの。ああいうのは、はっきりさせた方がいいもの」


 穏やかな口調。けれど、その奥にあるものは隠されていない。


「何のことでしょう」


 あくまで静かに返す。

 彼女は一瞬だけ眉を上げ、それから肩をすくめた。


「強がらなくてもいいのよ」


 くすりと笑う。


「だって、あなた自身が言ったのでしょう? 婚約を解消しても構わないって」


 言葉を重ねるごとに距離が詰まる。


「そうですね」


 私は小さく頷いた。


 彼女の笑みが、わずかに深くなる。


「ようやく分かってくれたのね」


 安堵したような、満足したような声だった。


「昔からそうだったでしょう? あの人の隣にいるのは、私の方が自然なの」


 その言葉はどこまでも当然のように落とされる。


「あの人は、少しだけ……寄り道してしまっただけ」


 柔らかい声のまま、最後にそう付け足す。

 まるで慰めるように。


「……ええ」


 小さく息を吐く。

 胸の奥に残っていた何かが、静かに形を変えていく。

 もう、昨日までの私ではいられない。


「その通りですね」


 顔を上げると、彼女の目を真っ直ぐに見た。


「ですから――」


 言葉を続けようとしたその時、砂利を踏む音が静かに響いた。

 二人同時にそちらを振り返る。


 視線の先に立っていたのは――彼だった。

 外套を羽織ったまま、真っ直ぐにこちらを見ている。


「庭にいると聞いた」


 私に近寄り、頬に親愛のキス。

 離れた顔は少し赤かった。


 ――昨日、交わした約束。

 家族になるために、少しずつ歩み寄ると決めた。


 幼馴染の表情が固まっていた。

 彼の視線がこちらから、ゆっくりと彼女へ移る。


「……昨日の件だが」


 彼は静かに言う。


「誤解があっただけだ。訂正しておく、婚約は解消しない」

「え……?」


 かすれた声が漏れる。


「それは……どういう」

「そのままの意味だ」


 彼は一切視線を逸らさない。


「それから、彼女の前で同じ発言は控えてもらいたい」


 声は静かだったが、逃げ場はなかった。


「理解できないのであれば、距離を置いてもらう」


 静かな断定。

 それだけで、すべてが決まる。

 幼馴染の表情が、ゆっくりと崩れていく。


「わ、私は、ずっと一緒にいたのよ」

「知っている」


 短い肯定。


「だが共に歩むのは、彼女だ」


 はっきりと線が引かれる。


 逃げ道のない言葉だった。

 幼馴染は完全に言葉を失い、その場に立ち尽くす。


 幼馴染は何か言いかけて、結局、言葉にならないまま唇を閉じた。

 空気を察したのか、控えていた侍女が一歩前に出る。


「お帰りはあちらです」


 柔らかな声だったが、有無を言わせない響きがあった。

 幼馴染はわずかに視線を揺らし、それ以上何も言えないまま、侍女に導かれるようにその場を去って行った。


 やがて、庭に静けさが戻る。


 私はゆっくりと息を吐いた。

 胸の奥に残っていた重たいものが、少しずつほどけていく。


 彼は何も言わない。

 ただ、隣に立っている。


 でも、その距離が昨日までとは違って感じられた。


「出掛けるのは中止にするか?」

「いいえ、楽しみにしていたんです」


 今までの分まで約束を重ね、言葉と時間を取り戻そうと誓った。

 差し出された腕に手を添える。


 私は顔を上げた。


 庭には穏やかな光が満ちている。

 一番近くにいるのは誰か――もう、迷うことはなかった。


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― 新着の感想 ―
ヒロインちゃん とりまこの男はやめとけとしか…
うん、全員どっかおかしいなw 認識がズレまくってるwwwww
そもそも婚約者とのデートに別の令嬢を伴うおかしさを認識できず、目の前でマウント取りまくってる幼馴染の態度に気づかないというのもどうなのか…ほんとにこの人で大丈夫ですか?と思いました。
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