第1話:帰ってきた町は、何も変わっていなかった
第1話:帰ってきた町は、何も変わっていなかった
田川に帰ってきた理由なんて、大したもんじゃない。
仕事を辞めた。いや、辞めたっていうか、続かなかっただけだ。
配信も同じ。最初はそれなりに人が来てた気がするけど、気づけば誰もいなくなってた。
要するに、どっちも中途半端に終わった。
逃げるみたいに電車に乗って、気づいたら地元に戻ってきてた。
「……変わんねぇな」
駅前は、記憶より少しだけ寂れていた。
いや、“少し”なんてもんじゃないかもしれない。
シャッターが閉まったままの店。
人の気配が薄い通り。
学生の頃はもっと、賑やかだった気がするのに。
スマホを取り出して、何となく配信アプリを開く。
……開くだけで、配信はしない。
指が止まる。
「やめとくか」
誰も来ないのは、分かってる。
ポケットにスマホを戻して、歩き出す。
懐かしい道のはずなのに、やけに遠く感じた。
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実家は、相変わらず古かった。
玄関の引き戸を開けると、軋む音がする。
この音、昔から嫌いだったな。
「……ただいま」
誰もいない家に向かって、なんとなく声を出す。
返事は、もちろんない。
父が死んだのは、三日前だ。
葬式も終わって、親戚も帰って、残ったのは俺だけ。
正直、実感はあんまりない。
もともと、会話の多い親子じゃなかったし。
居間に入ると、線香の匂いがまだ残っていた。
遺影の前に座る。
「……何も言わねぇで死ぬなよ」
ぼそっと呟いても、当然返事はない。
分かってるけど。
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遺品の整理は、気が向いたらでいいと思っていた。
どうせ急ぐ理由もない。
でも、やることがなさすぎて、結局手をつけることにした。
押し入れの奥。
古いダンボールを引っ張り出す。
「なんだこれ……」
中に入っていたのは、工具やら、汚れた作業着やら。
父は昔、炭鉱関係の仕事をしていたらしい。
詳しくは知らないけど。
その下に、一冊のノートがあった。
茶色く変色した、古い手帳。
開くと、中はほとんど数字と記号ばかりだった。
「……地図?」
ページをめくると、線で描かれた構造図のようなものが出てくる。
坑道の図面……っぽい。
ところどころに、×印と、意味不明な文字。
その中で、一箇所だけ。
妙に濃く書き込まれている場所があった。
「なんだよ、これ」
指でなぞる。
その瞬間――
ズキッ、と頭の奥が痛んだ。
「っ……?」
一瞬だけ、何かが見えた気がした。
暗い場所。
湿った空気。
遠くで、金属を叩く音。
気のせい、か?
手帳を閉じる。
心臓の音が、少しだけ速い。
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その日の夜。
やることもなく、布団に寝転がりながら天井を見ていた。
眠れない。
目を閉じると、さっきの“何か”が頭に浮かぶ。
暗闇と、音。
……気になる。
「……行ってみるか」
誰に言うでもなく呟く。
バカみたいだとは思う。
でも、どうせ暇だ。
どうせ、何もない人生だ。
それなら、ちょっとくらい変なことしてもいいだろ。
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次の日の夕方。
手帳に書かれていた場所に来ていた。
ボタ山の裏手。
昔、立ち入り禁止って言われてたエリア。
今は柵も壊れて、そのままになっている。
「ほんとに入れるのかよ……」
雑草をかき分けると、そこにあった。
ぽっかりと口を開けた、暗い穴。
冷たい空気が、外に流れ出ている。
懐かしいような、嫌な感じ。
「……やめとくか?」
一瞬だけ思う。
でも――
来た意味がなくなる。
どうせ、何も変わらない日常に戻るだけだ。
だったら。
「……ちょっとだけな」
スマホのライトを点ける。
白い光が、闇を切り裂く。
一歩、足を踏み入れる。
砂利が鳴る。
二歩、三歩。
外の光が、どんどん遠くなる。
振り返ると、もう出口は小さくなっていた。
「……なんだよ」
変な感じだ。
空気が、重い。
音が、吸われるように消える。
しばらく進んだ、その時――
足元が、崩れた。
「は?」
次の瞬間、体が落ちた。
視界が回る。
スマホの光が跳ねる。
地面に叩きつけられて、息が詰まる。
「っ、は……!」
痛みで動けない。
でも、それよりも――
「……なんだ、これ」
目の前。
壁の奥から、淡く光る“黒い石”。
炭、に見える。
でも、こんな光り方、するか?
手を伸ばす。
触れた瞬間――
世界が、歪んだ。
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音が消えた。
光が引き伸ばされる。
重力の感覚が、消える。
そして――
落ちる。
どこまでも、深く。
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気づいたとき。
そこは、さっきまでの坑道じゃなかった。
天井は高く、見えないほど暗い。
地面は、黒く光る石で覆われている。
遠くで、何かが動いた。
人影のようなもの。
いや――
「……は?」
それは、人じゃなかった。
ゆっくりと、こちらを見る。
赤く光る目。
低く響く、息の音。
そして。
背後から、声がした。
「……ようやく、見つけた」
振り向く。
そこにいたのは、一人の少女。
銀色の髪に、黒い瞳。
そして――
「あなたが、“王”ね」
---
第2話に続く




