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部室で二人だけ

その日の夕方。

仮申請を通してもらった俺たちは、サークル棟の空き教室にいた。


部室、と呼ぶには少し頼りない。


古い机が三つ。

パイプ椅子が四脚。

壁際には使われていない棚。

ホワイトボードはあるけど、ペンはかすれていた。


「……ほんとに何もないね」


優奈が部屋を見回しながら言う。


「本当なら、新しいサークルにいきなり部屋なんて回ってこないらしい」


「じゃあ、なんでここ使えたの?」


「たまたま空いたんだってさ。前のサークルが抜けたばっかりで」


「タイミングよかったんだね」


「まぁ、何にもないけどね」


「せっかく借りられたんだから、文句言わないの」


優奈はそう言って、教室をもう一度見回した。


俺は適当な椅子を引いて座る。


窓から差し込む夕方の光が、教室の床を長く照らしている。

外はまだ新歓の声で騒がしいのに、この部屋だけ妙に静かだった。


優奈も向かいの椅子に座る。


俺は鞄からノートを取り出して、机の上に開く。


まっさらなページ。


思いつきでサークルを立ち上げるなんて言ったけど、こうして部屋までできると、急に現実味が出てくる。


「まず、何作るの?」


優奈が聞く。


「最初は小さくいく」


「小さく?」


「短編。あまり広げすぎない。キャラも絞る」


ゲームは、やろうと思えばいくらでも大きくなる。

でも大きいものほど終わらない。


それは嫌というほど知っていた。


優奈は机に肘をついて、俺のノートを覗き込む。


「ジャンルは?」


「アクション寄りかな」


「どんな感じの?」


「ステージを少しずつ進んでいくやつ。複雑なことはやらない」


「じゃあ、まっすぐ進む感じ?」


「そんな感じかな。迷わせるより、ちゃんと先に進んでるってわかるほうがいい」


俺は立ち上がって、ホワイトボードに書く。


・短編

・アクション寄り

・主人公一人

・ヒロイン一人


少し眺めてから、優奈のほうを見る。


「物語の芯になりそうな言葉、何かある?」


「いきなり投げるね」


「そういうの得意だろ」


優奈は苦笑して、少しだけ考え込む。


それから俺の横に立って、ホワイトボードに小さく書き足した。


塔の上の少女


俺はその文字を見る。


「少女がいるなら、そこに会いに行く形がいいな」


「そうだね。主人公の少年が上を目指して進んでいく」


「で、登るたびに少しずつその子のことがわかる」


「いいかも」


優奈は少し考えてから頷いた。


「最初はただ待ってるだけに見えるけど、ちゃんと理由がある子にしたい」


「それ、いいな」


それだけで、何もなかったホワイトボードに少しだけ物語の形が見えた。


ただ、形になったのはあくまで言葉だけだ。


塔の上の少女。

その響きは悪くない。

でも、今のままだとまだ遠い。


「……こうして文字で見ると、余計に思うな」


「何を?」


「この子、ちゃんと見てみたい」


優奈もホワイトボードを見た。


「わかる。どんな顔してるのか気になる」


「プレイヤーが上まで会いに行きたくなるような子じゃないと、たぶん弱い」


「うん。ちゃんと魅力がほしい」


俺はホワイトボードから目を離さずに言う。


「イラスト描ける人、探さないとな」


優奈も小さく頷いた。


「うん。この子は、ちゃんと見える形にしたい」


少し間があく。


それから優奈が、空いた椅子に目を向けた。


「でも、そんな都合よく見つかるかな」


俺はホワイトボードの“塔の上の少女”を見る。


まだ文字しかない。

でも、ここに誰かの絵が乗れば、きっと景色が変わる。


「見つける」


「言い切るね」


「言わないと始まらないだろ」


「……そっか」


優奈は小さく笑った。


「うん。じゃあ信じる」


その言い方は軽いのに、思ったより背筋が伸びた。


しばらく二人でホワイトボードを眺める。


短編。

アクション。

塔。

少女。


まだスカスカだ。


優奈は空いた椅子を見た。


「こういう何もないところから始めるの、ちょっと好きかも」


「前向きだな」


「そうでもしないと不安になるし」


俺は苦笑する。


たぶん、それは俺も同じだ。


窓の外は、もう薄暗い。


俺はペンを置いた。


「今日はこのへんにするか」


「うん」


優奈もノートを閉じる。


帰る前に、俺たちは一度だけ部室を振り返った。


空っぽの教室。

書きかけのホワイトボード。

三つある机の、まだ一つ空いたままの椅子。


「早く埋まるといいね」


優奈が言う。


俺はその椅子を見ながら答えた。


「埋める」


そのときはまだ知らなかった。

その空いた椅子に、次の日、とびきり派手で、とびきり必要な人間が座ることになるなんて。

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