第8話『勇者じゃありません』
「付き合う?」
「ええ。支払った代金分、少し私の話に付き合ってほしいのよ。……ダメかしら?」
少し遠慮がちにそうお願いしてくるアリア。
そんな彼女に対し、僕は苦笑しながら肩をすくめた。
「いいよ。よく分からないけれど、なにか借りを作ってしまったみたいだからね。話くらいならいくらでも聞こうじゃないか」
「マスター。よろしいのですか? おそらく面倒ごとの類だと思われますが……」
「それはそれで面白そうだし、いいんじゃないかな? ……リディムは嫌かい?」
「いえ、マスターがそう仰るなら私も同席させて頂きます」
「……ありがとう」
少し緊張している様子のアリア。
彼女は周囲を警戒しながら、空いている席に腰を下ろした。
「さて、自己紹介といきましょうか。
私はアリア・レイフォード。レイフォード家の末娘よ。
それと、貴族の身ではあるけど、B級冒険者としても活動しているわ」
「僕はセルム。こっちはリディム。よろしく」
「ええ、よろしく。それで、さっそく聞きたいんだけど」
厳しい目つきで周りを見渡した後、こちらに身を寄せてくるアリア。
そうしてから彼女は僕らにしか聞こえないくらいの声量で、言った。
「………………あなた達ってもしかして、勇者パーティーの一員だったりする?」
「………………はい?」
周囲を必要以上に警戒しながら何をいうのかと思えば……。
あまりにもな質問に、僕は脱力しながら尋ねた。
「………………どうしてそう思ったんだい?」
「決まってるでしょ。さっきの、見てたわよ」
「さっきの?」
「あんなバケモノみたいな魔力量を垂れ流しにして、気づかれてないとでも思ってるの!?
私も魔術師の端くれ。だからこそ、断言できるわ。あんなの、普通の人間が扱える魔力量じゃない。
そんな魔力を纏っていた彼女と、その連れのあなたは間違いなく勇者パーティーの一員。そうでしょ!?」
バァンっとテーブルを叩きながらアリアがそう断言して……その時だった。
「はぁ? 私が勇者パーティーの一員? よりにもよってあの者たちの一員? 小娘が……それは私に対する侮辱ですか!?」
話を聞いていたリディムが突然立ち上がり、キレていた。
対するアリアは困惑顔だ。
「…………へ? あ……ヤバ……なんか……怒らせちゃった? もしかしてこんな所で正体を明かしちゃいけなかった……とか?」
「まだ言いますか小娘が。もういいです。このまま──」
リディムの瞳に殺意が宿る。
「ちょっ、待ちなさいよ、私はアンタ達とやりあうつもりなんて」
「うるさい。ゴミは黙って消し飛んでください」
「くっ、なんでこうなんのよっ!!」
仕方なく、なにかしらの魔術を起動しようと立ち上がるアリア。
そこでようやく、僕は声をあげた。
「ねえリディム」
「マスター?」
「君は一体……誰の許しを得てそんな蛮行に及ぼうとしているのかな?」
僕は座ったまま、彼女に問いかけた。
トントンと机を指で叩き、不快感を隠さないまま、勝手すぎる彼女に問いかけを続けていく。
「僕は話を聞こうと彼女に言ったんだ。なにやら借りを作ってしまったみたいだし、いくらでも聞こうと。そう言ったんだよ。
そして、話はまだ終わっていない。いや、始まってすらいないと言っていいだろう。
それなのに君はさっき、なんて言った? 彼女を消し飛ばすだって?
おいおい。勘弁してくれよ。僕への忠節はうれしいけどさ。ここで君が彼女を消し飛ばしたら僕は約束も守れないクズになり果ててしまうじゃないか。
ねぇリディム。君は、僕をそんなクズにするつもりかい? もしそうなら、君は要らないんだけど……どうなのかな?」
「も、申し訳ありませんっ!! ま、マスター、愚かな私をどうかお許しくださいっ! で、ですからどうか」
「僕じゃなくて、彼女に謝ろうか? 君が謝るべきは僕よりも、彼女だと思うよ?」
「え? ま、マスター……私に、人間風情に頭を下げろと?」
「不服かい? なら、君は──」
「アリア様っ! 先ほどの無礼、どうかお許しくださいっ!!」
さっきまでの態度が嘘のように、地に頭をつけてアリアに許しを請うリディム。
反省してくれたようで何よりだ。
ここは彼女の主として、多少のフォローをしておこうか。
「すまなかったねアリア。見ての通り、彼女も反省している。許してもらえないかな?」
そう言いながらちらりとアリアの方を見る。
すると、彼女はなぜか口を大きく開けてポカンとしていた。
「アリア?」
「………………アンタ達、本当に勇者パーティーの一員?」
「違うけど?」
「そう。そう……よね……。なら、アンタ達はいったい何者なの?」
「僕たちかい? そうだね……これから冒険者になる予定の……ただの人間かな?」
嘘は言っていない。
前世で魔王をやってた僕だが、今の僕はその記憶を保持しているだけの身。
ゆえに、今の僕はまだ何も成し得ていない、ただの人間だ。
だというのに、アリアはものすごく冷めた目でこちらを見つめていた。
「ん? どうかしたかい?」
「いや、アンタ……さっきのやり取りの後でよくそんなことが言えるわね」
「さっきのやり取り? すまない。何の事だか分からないのだけど……」
「はいはい。もういいわよ。何者か言いたくないならそれで。別に詮索なんかしないっての」
手をひらひら振りながら席に腰を下ろすアリア。
よく分からないが、詮索しないでくれるなら助かるかな。
「それにしても……勇者じゃないのね。はぁ……。あぁもう! どうすればいいのよ! ったくっ!!」
心底残念そうに息を吐き、そして頭を抱えるアリア。
どうやら彼女は勇者を探しているらしい。
勇者ではない僕らは彼女のお眼鏡に叶わなかったらしいが……。
「ふむ……なにやらお困りのようだね。良かったら話を聞かせてくれないかい?」
「はぁ? なんで私が……」
アリアの視線が、僕の後ろに立つリディムに向けられる。
「いや、でも……そうね。アンタ達、勇者じゃないみたいだけど……あの魔力量。ただ者じゃないのは確かね」
そう言って、アリアは何かを決心したように頷く。
「どうせ手詰まりだし。アンタ達なら、もしかしたら何か手段を持ってるかもしれない。
いいわ、話してあげる。ただし、他言は無用よ」
そう前置きしてから、彼女は自身の事情とやらを語り始めた。




