第5話『従者の狂気(リディム視点)』
マスターが煉獄門に入ってから一か月が経過したころ。
煉獄門の扉がゆっくりと開き、マスターは帰還した。
けれど。
「あらあら。マスターったら。こんな所で眠ってしまうなんて」
魔王だった頃のマスターならこんなことはなかったはずなのに。
やはり、人間の肉体となったことでマスターは大きく変わったらしい。
「もっとも、それがマスターの望みだったのですけど」
愛おしいマスター。
私の所有者。
私を道具として正しく扱ってくれて、私を恐れることもなく、大切にしてくれるマスター。
そんなマスターがかの勇者達に殺されたときは怒りで頭がどうにかなりそうだったけれど。
「ふふ。でも結果的にマスターが満足なされているようでよかったです♪」
私としても、マスターと二人きりでいるのは悪くない気分ですし。
「ふ、ふふ、ふふふふ」
今は付近の森の中。
煉獄門を人間共に見つかると面倒になるやと思い、ここまで移動した。
その中で、私は自分の膝にマスターの頭をのせ、そのかわいらしい寝顔を眺めながら頭をなでている。
「ふふふふふふふふふふふふふふふ」
ああ、幸せ。
ずっとずっと、この時間が続けばいいのに。
そう思っていた時だった。
森の中、馬車の進む音と、大勢の人間の声が聞こえてくる。
その音は私たちの元に近づいてきて。
「おん? こりゃ驚いた。こんなとこでこんな可愛らしい嬢ちゃんと出会えるなんてな」
「あぶねえなぁー。ここらにゃ魔物だって出るんだぞ?」
「良ければ乗ってくかい? 俺たちはこの馬車をクロダーサに到着するまでの護衛依頼を受けた冒険者でな。いいよな、ルマンクさん」
「ええ。こんなところに女性を置いていくなど心が痛みますからね。
もちろん、そちらの眠っている少年もご一緒にどうぞ」
幾人かの武器を所持した人間の男たち。
そんな男たちがこちらを心配しているかのように声をかけてくるが。
「……どうぞお構いなく。自分の身は自分で守れるので」
私とマスターの貴重なひと時を邪魔するゴミ共。
こうやって応対するのも面倒だと思いながら、私はさっさと去るようにゴミ共を促すが。
「いやいや、そう言うなって。別に護衛料もなんも取らねえからよ」
「そうですよ。あなたたちにとって何の損もないはずですよ?」
しつこいゴミ共。
私はため息をつき。
「しつこいですね。人間ごときが私とマスターのひと時を邪魔しないでくださいと言っているんですよ」
「人間ごときって……。はは、嬢ちゃん、いい年してそんな──」
「それに、行先はクロダーサではなく自分たちのアジトなのでしょう? 盗賊団さん?」
「──────」
「馬車の中に拘束された女性が3人。あなたたちの商品という訳ですか。
あぁ。もしや、この私も商品として捕えようとしていたのですか?
ふふ……だとしたら滑稽としか言いようがないですね。あなたたち程度に好きにされるほど、私は安くありませんよ?」
この付近にある町はクロダーサとアデル、それとキラコルトのみ。
その途上でこの森を通ることは確かにあるが、この地点を通ることはまずない。
この地点を通る人間は限られている。。
道に迷ったたぐいの人間か。
もしくは魔物に追われ、あるいは魔物を追ってきた者か。
あとは……この者達のように、なにかしら後ろめたい何かを隠す人間などでしょうね。
「ハッ。バレてんのか。ならしゃあねえ。ちょいと強引に連れて行かせてもらうぜ、嬢ちゃん」
「傷がついたら価値が下がると思って優しくしてたんだがなぁ。仕方ねえ。痛くするが恨むなよ?」
態度を豹変させる武器を持つ男たち。
そして。
「やれやれ。そちらの男はどうでもいいので処分してもいいですがね。女の方にはあまり傷をつけないでくださいよ?」
この男たちを率いていると思わしき商人風の男がため息交じりにそんなことを言って。
——————瞬間、私はキレた。
「──展開」
即座に魔導陣を展開。
おそれおおくもマスターの持つ魔導書の一部にアクセスさせてもらい、その権限を行使。
「──解放」
魔導陣から最初に放たれるは裁きの雷。
「はへ?」
間抜けな声を上げるとともに男の一人は焼き焦げになった。
続けて放たれるはすべてを凍らせる氷の息吹。
「なっ!? ぎゃっ──」
悲鳴を上げるとともに男の幾人かがその場で氷像となる。
その氷像を私は跳躍して蹴り砕き、踏みにじる。
「ゴミ共がっ!! 私のマスターを処分? 処分ですって? アハハハハハハハハッ!! 面白い冗談ですねぇっ! もう一度言ってくださいよぉ。ほら、ほらぁっ!!!」
踏みにじる。踏みにじる。
その間も逃げ回る盗賊団を魔導陣から放たれる猛威は逃さない。
「な……なんです……これは……」
呆然と立ち尽くす商人風の男。
そんな男に私は優しくささやくように、告げた。
「そのまま通り過ぎていればよかったのに、欲をかくからこうなるんです。次からはお気をつけくださいね?
もっとも、次というのは来世の事なのですけど♪」
「まっ──」
「待ちません♪」
パチンと指をならす。
同時に術式が起動。
新たに現れた魔導陣から放たれた業火が商人風の男を焼き尽くす。
「「「ぎゃああああああああああっ──」」」
燃える、燃える、燃え尽きる。
この一か月の間、ここを訪れた運の悪い人間達と同じように、灰となって燃え尽きる。
「あまり騒がないでくださいよ。マスターが起きてしまうじゃないですか。ふふ、ふふふふふふふふふふふふふ」
愛おしいマスターの頭をなでながら、ゴミを掃除する。
すやすやと眠っているマスターのなんと可愛らしいことか。
姿かたちは変わってしまったが、その魂は、そのたくましさは、昔と何も変わっていない。
常人なら決して帰ってこられない煉獄門からもあっさり帰ってきた。
さすがは私の敬愛するマスター。
そんなマスターの役に立てるのは、私にとって至上の喜び。
思わず頬も緩むというものだ。
そうして盗賊たちはこの世から形すら残さず消え、後に残ったのは彼らが連れていた馬車のみ。
「……少し失礼します、マスター」
「むぅ……?」
名残惜しさと申し訳なさを押し殺して、マスターの体を無詠唱魔術で少し持ち上げ、そのまま地面にゆっくりおろす。
そうして自由になった私は暴れる馬たちを昏倒させ、馬車の中を覗く。
探査魔術で探った通り、中には三人の少女たちが居た。
全員、生きている。
しかし。
「あら、運のいいこと。眠らされていましたか」
盗賊たちに何か薬を盛られていたのか、少女たちは眠らされていた。
「念のため、確認させていただきましょう」
そう言って私は眠っている無防備な少女達の頭に手をのせていき、読心魔術を起動。
眠りという無防備状態の彼女たちの記憶を探る。
「ふむ。本当に運のいい方たちですね。見ていませんでしたか」
三人とも、何者かに背後から襲われたた所で記憶が途切れていた。
おそらくその時に何かしらの薬を盛られたのだろう。
この様子なら自分たちが盗賊に捕らえられていたという事にすら気づいていないでしょうね。
「もし見られていたら彼らと同じように処分するつもりだったのですが……ふふ、仕方ありません。
あなた方にチャンスを差し上げましょう。マスターなら同じようにするでしょうしね♪」
私は馬車から降りて、術式を走らせる。
「──座標指定──完了──転移先──地点4987N──術式起動」
馬や乗っている彼女たちごと馬車の座標を指定し、転移魔術を発動。
転移先は森の外だ。
運が良ければ助かるだろう。
運が悪ければ魔物の餌になるのみですが……知ったことではありませんね♪
「さて、お掃除完了ですね♪ では引き続き、私はマスターの目覚めを待つとしましょう。ふふ、ふふふふふふふふ♪」
マスターの体を再び持ち上げ、膝枕をしてさしあげる。
そのまま私は至上の幸福を感じながら、その愛らしい顔を眺め、頭を撫でるのだった──




