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憧れの勇者になりたくて~最強魔王、人間に転生する~  作者: small wolf


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第4話『従者と修行と地獄と』


「さて、どうしたものかな」



 ローデル家を追放された僕。

 そんな僕だが、当然のように途方に暮れていた。



「当面の方針だけど、とりあえず勇者を目指すかな。元のセルム君もそのつもりだったみたいだし、その意思を引き継ごうじゃないか」



 方針は決まった。

 だが。


「しかし……どうやったら勇者になれるのだろう?」


 昔、多くの勇者が僕のところにやってきていたけど、「隻腕の勇者」やら「破壊の勇者」やら「拳聖の勇者」やらと……それはもういろんな勇者が居た。


 だから勇者は魔王みたいに一人しかなれないってことはなさそうなんだけど……。

 などと、僕が思案に暮れていると。


「恐れながらマスター。勇者に決まった選出方法など存在しませんよ?」



 背後から声をかけられる。

 どこか聞き覚えがある声に振り向くと、そこには見知った少女の姿が。

 彼女は──



「リディムか」


「はい、マスター。213年と239日ぶりですね♪」



 黒い外套を纏った少女。

 深い青髪が腰まで滑らかに流れ、静かな威圧感を漂わせる。

 外見年齢は十五ほど。華奢で平坦な体躯が、濃い藍色の瞳の深さを引き立てていた。


 それが彼女、リディム。

 僕が持つ魔導書の中で唯一、擬人化して自立行動ができる魔導書だった。

 だからこそ、彼女は僕の意図とは関係なしにこうして出てきたのだろう。


 しかし……。


「213年か……。まだ僕が死んでからそれくらいしか経ってないんだね?」


「そうなります。なので、マスターを害したゴミ共はとっくにポックリ逝っているでしょう。それでも、魔族の中にはマスターの事を知る者が居るでしょうね」


「そうだね。もっとも、今の僕は人間に転生してるみたいだからそうそう気づかれることもないだろうけど」



 それはさておき、だ。



「それはそうとリディム。勇者に決まった選出方法がないとはどういうことだい?」


「そのままの意味となります。勇者とは、その活躍に応じて周囲にそう呼称される者達の事。別になにかしらのスキルが求められたり、血統で決まるものではないのです」


「へぇ」


 なるほど。活躍して有名になって、それで勇者ってみんなから呼ばれるようになったら勇者って感じになるのか。


「ですから、もしマスターが勇者になる事を望むのであれば人類に利する形で活躍されるが良いかと。

 もしくは、現代であれば勇者学園に通うのも手ですね」


「勇者学園? ああ、この肉体の持ち主……セルム君が通うのを望んでいた所だね」


 ほんの少しだけ奇妙な気分だ。

 今の僕は魔王の頃の記憶を引き継いでいる。

 けれど、この肉体……セルムとしての記憶もきちんと残っているのだ。


 それでも、魔王の時に生きた年月が長すぎるからか、どうしても意識が魔王の頃寄りになってしまっているんだよね。


 だからこそ、勇者学園と聞いても『セルム君が通いたいと望んでいた場所だな』と、自分のことなのにどこか他人事のように感じてしまう。

 もっとも、魔王としての僕も勇者学園には興味津々なのだけど。


「はい。勇者学園はその名前の通り、未来の勇者を育成する為の教育機関となります。

 そこを卒業した者たちはみな、勇者パーティーとして名が広まっているようです」


「それはそれは。なかなかに面白そうなところじゃないか」



 勇者を育成する為の教育機関か。

 きっと、在籍している生徒のほとんどが勇者のように輝いているのだろう。

 いや、その輝きを発現させ、さらに磨くためにこそ勇者学園はあるのかもしれない。


 ふむ……。



「決めた。勇者学園に通うことにしよう。それが僕自身の望みでもあったらしいしね」


 憧れの勇者に自分がなれるかもしれなくて。

 ほかの勇者候補たちが切磋琢磨して互いを高めあっている姿を間近で見ることができる。


 そう考えれば、僕に通う以外の選択肢はなかった。

 そうして方針は固まった……かに思われたんだけど。



「申し訳ございませんマスター。それはおそらく無理かと」


 気まずそうに顔を伏せるリディム。


「え? 無理? どうして?」


「勇者学園に入学するには高額な費用に加え、一定以上の名声や実績が必要とされているのです。冒険者として名を上げている者や、貴族として正式な戦闘訓練を受けている者が入学試験の資格を得やすいようです」


「ふむ」


「なので、マスターもローデル家の長男として入学試験の資格を得られる立場にあったのですが……その……」


「僕は既にローデル家は追放された身。ゆえに、入学試験を受けさせてすらくれないだろう、という訳か」


「そうなります」



 やれやれだね。

 まさかいきなり出鼻をくじかれるとは。


「マスター。一つ、意見をよろしいでしょうか?」


「なんだい?」


「今後、冒険者として活躍なさるのはいかがでしょうか?」


「冒険者?」



「はい。今のマスターのお立場であれば冒険者となって活躍し勇者学園へ入学するのが最良の道かと愚考する次第です」


「ふーん。ちなみに、冒険者ってどういう事をするんだい?」


「冒険者とは、冒険者ギルドが出す依頼を受け、それを達成して報酬を得る者たちの事です」


「依頼? それに報酬って?」


「そうですね……マスターに馴染みのあるものだと、町への襲撃を図る魔族の撃退などがあたるでしょうか?

 出されている依頼にもよりますが、要はなんでも屋というやつですね。確かマスターに挑んできた愚か者の中にも冒険者は幾人かいたはずですよ?

 それと、報酬は基本的に金銭となります」


「ああ……そういえば、勇者でもない人間の幾人かが僕に挑んできたっけね。勇者と比べると少し歯ごたえはなかったけど。

 勝手に攻めた魔族たちがやられたって報告も何度か聞いた気がする」



 アレが冒険者か。

 ふむ……悪くない。

 勇者と比べると少し物足りないかもしれないが、魔王をやってるよりは面白そうだ。



「ありがとうリディム。ひとまず君の言うように動くとしよう」


「もったいなきお言葉です。

 ですがマスター。もう一つ、よろしいでしょうか?」


「うん? なんだい?」



「はい。失礼ながら現在のマスターは惰弱と言わざるを得ないほど、以前に比べ肉体的に劣っていますよね?

 なにより、いまだに人間の体には慣れていない様子」


「よくわかったね」


 実際、僕はいまだにこの人間の体に違和感を覚えている。


 この肉体、いくらか鍛えられているようだけど、それでも以前の魔王としての肉体と比べればあまりにも貧弱なのは間違いなかった。



「正直に申しまして、現在のマスターが冒険者として活躍するのは極めて難しいと思います」


「だろうね」


 こんな状態で魔族の誰かと戦ったりなんてしたら、瞬殺されるだろうしね。

 リディムなら魔導書単体の性能だけで魔族ともやりあえそうだが、それは僕の力じゃないし、なにより面白くない。


 いくら人間が輝かしくて奇跡を何度も起こせる存在だとはいえ、今の僕の状態だと奇跡の百や二百を起こしても魔族とは戦いにもならないだろう。


 どう考えても、力が必要だった。


「ですので、これです」



 パチンとリディムが指を鳴らす。

 すると、その場に大きな黒い門が現れた。

 門の上部に二対のは禍々しい形の化け物の像がある。

 これは……。


煉獄門アビス・ゲートか」


「はい。ここに入れば最後、終わりなき責め苦を味わい続ける煉獄へと続いております。本来の用途はマスターの気に入らない愚か者を放り込むゴミ箱ですが、今回はマスターの訓練用として活用したく思います」


 ニッコリと笑いながらそう告げるリディム。

 まったく。

 昔からこの子は、本当にいい性格をしてるな。


 ここに入れば何百倍にも引き延ばされた時間の中、精神が壊れるまで肉体的にも精神的にも苛め抜かれるのは彼女も知っているだろうに。



 そして、どれだけ傷つこうが決して死ねない。



 煉獄においては、誰も死なない、否、死ねない。

 ただ、誰もが気が狂うまで苦しむだけだ。


 魔王だったころ、興味本位で中に足を踏み入れたけど、あの頃の僕でさえ何日もさまよった。

 出るのに苦労したものだ。


 人間へと転生した僕が挑むにはあまりにも危険な場所。

 普通なら行くべきじゃない。

 けれど。


「マスターはこういう分の悪い賭け、お好きでしょう?」


 怪しく笑うリディム。

 僕も同じように笑った。


「ああ、最高だね」



 だからこそ、行く。

 無限の苦痛? 気が狂うまで苦しむ?

 上等じゃないか。



 それらを乗り越えて、僕は強くなってみせる。

 普通ならただ気がくるって終わるだけだ。


 だけど、僕は人間の可能性というやつを信じている。

 諦めなければきっと、奇跡とか起きてなんとかなるだろう。

 なんとかならなければ、僕の意志力が弱かったというだけの事。

 なんの問題もない。



「こういう修行みたいなの、一度やってみたかったんだよね」


「喜んでいただけてなによりです。

 それではマスター。良い旅を」


 ギギギとゆっくり開く煉獄門アビス・ゲート

 中から黒く染まった数多の手が僕の体を強く掴み、中に引きずり込む。



「ああ。またね、リディム」



 そうして僕は門の中に強引に引きずり込まれ。

 それから主観時間でおよそ三十年間。


 僕は、地獄を見た——




 ★ ★ ★





 体の四肢を切り離されて、胴体をゆっくりと切り刻まれた。

 大量の小さな獣型の魔物に襲われ、一片も残らず体を貪られた。


 息を吸うと肺が燃え尽きた。

 歩くと右足が燃え尽き、左足は凍って砕けた。

 常に耳元では悲鳴や怨霊じみた呪いの声が響いており、まさに地獄の演奏会だ。



「っ──っ──っ──」



 痛い、苦しい。

 そうやって叫ぶことすらできない。

 声なき悲鳴が漏れるだけだ。


 いっそのこと、この意識ごと手放したら。

 そうすればいくらか楽になれるだろう。

 けど。



(ふ……ふふ……ハハハハハハッ)


 ああ、これだよこれ!!

 困難に立ち向かう感覚。

 負けるかと何かに向かって立ち向かう感覚。

 そうだ。

 僕はこれが欲しかったんだっ!!


(負け……るかぁぁっ!!)



 痛みは無視する。

 どれだけの傷を負ってもここは煉獄。どうせ死ねないし、勝手に体は再生する。

 ならば、問題などなにもない。


 ここで試されるのは意志力のみ。

 最後まであきらめなければ、正気を失うことはない。


 ゆえに、念願の人間となった僕がここで屈する訳にはいかないっ!



(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)



 耐える。歩く。

 一歩でも、半歩でも、ほんの少しずつでもいいから歩く。

 前へ。

 それ以外は何も考えなくていい。

 ただひたすら、前へ!!


 時間の感覚すらもう曖昧で。

 そのうち肉体が煉獄の環境に適応していって。

 この過酷な環境にも次第に慣れていって。

 それでもただ前へ、ひたすら前に進んで。


 そうして──────────────



「──────お帰りなさいませ、マスター」


「──────ああ、ただいま、リディム」



 僕は煉獄を踏破した。

 その瞬間。

 どうしてか、僕の意識は闇に落ちた。



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