第18話『討伐報告』
数日ぶりに足を踏み入れたクロダーサの冒険者ギルドは、相変わらずの活気に満ちていた。
アリアに先導され、僕たちはギルドの中を進んでいく。
以前ここを訪れたときは、併設された飲食スペースで食事をし、アリアから話を聞いただけだった。
本来の意味でこの場所を利用するのは、今回が初めてと言っていい。
飲食スペースを素通りし、僕たちはまっすぐ受付へと向かった。
すると、受付に立っていた女性の一人が、こちらに気づいたようで——
ぱっと表情を明るくし、手を振ってきた。
「あー-っ! アリアさんじゃないですかー」
「ナタリア?」
「もー、どこ行ってたんですかー? 心配してたんですよぉ?」
「え? 心配? どうしてよ?」
「どうしてじゃないですよー。最近、アリアさん元気なかったじゃないですかー。なんかずっと思いつめた顔をしてましたし」
「それは……」
「そんな状態でいなくなったらそりゃ心配しますよー。レイフォード家の方もなんだか慌ただしくなってますし。何かあったんですかー?」
「えっと……そうね……。今回はその報告に来たわ」
「報告ですかー?」
「ええ。ここから北にある廃鉱にあの黒鱗会が現れてね。その件でバタバタしてたの」
「そうなんですかー。………………はい?」
にこやかに受け答えをしていた受付嬢の動きが止まる。
おや? なんだか様子がおかしい。
それも受付嬢だけじゃなく、こちらの話を聞いていたと思われる周囲の冒険者達がギョッとした目でこちらを見ているような?
「えぇっと……すみません。私の聞き違いだったら申し訳ないんですけど。黒鱗会が現れたって聞こえたんですけど……」
「ええ。そうよ」
「黒鱗会って……アレですよね? 魔族のみで構成されたSSS級の組織ですよね?」
「ええ。それで間違いないわ」
SSS級——
後からアリアに聞いたのだが、冒険者も、魔物や盗賊団といった討伐対象も、F級からSSS級で格付けされていて、依頼のランクもそれに準じているらしい。
冒険者は自分のランクと同じか、一つ上までの依頼を受注できる仕組みだそうだ。
ちなみに、SS級は冒険者パーティーが何組も必要となる案件で、SSS級は勇者でないと対応不可能な案件なのだとか。
「大事件じゃないですか!?」
受付嬢のにこやかな笑顔が破壊され、思いきり焦っている表情になった。
「す、すぐに住民への避難指示を出さないと。それと、王都と勇者学園に勇者派遣依頼も出さなくちゃいけなくて。えーっと。えっとー」
そうして慌てる受付嬢。
しかし。
「それには及ばないわ、ナタリア」
アリアがそう言い切る。
「それには及ばないって……どういうことですか? アリアさん」
「単刀直入に言うとね。黒鱗会はさっき、追い払ってきたわ。ここに居るセルムがね」
「はい?」
「そのとき、彼は一匹の魔族を討伐した。これが証拠よ」
そう言ってアリアは布に包まれた何かを、受付のカウンターに置いた。
布を開くと——そこには、アリデルの偽装死体の首があった。
「——っ!?」
受付嬢の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「ま、魔族……これ……本物ですか?」
がたがたと震える受付嬢。
その瞳には、明確な恐怖が浮かんでいた。
「そ、そんな……魔族なんて……おとぎ話の中にしかいない存在だと思ってました……。黒鱗会の存在も噂でしか聞いたことがありませんし……」
「魔族も黒鱗会も現実に存在するわよ。もっとも、そう言いたくなる気持ちはわかるけどね。でも、あなたも北の魔族特区の話は知ってるでしょ?」
「それはその通りですが……。いえ、でも魔族は勇者にしか倒せないはずで……」
「そう言われているわね。けど、実際にセルムは倒してみせたわ。私がこの目で見た」
「あ、アリアさんがそこまで言うなら……いえ、でも、これは……」
受付嬢はなおも信じられないという表情で、首を何度も見返している。
そして——
「おい、どうした! なんかあったのか?」
その時、奥から大きな声が響いた。
人混みをかき分けて現れたのは、屈強な体格の男性だった。
額には爪で裂かれたような古い傷跡があり、その風貌からは歴戦の戦士であったことが窺える。
「ギルド長……」
受付の女の人が小さく呟いた。
「どうしたんだ、この騒ぎは?」
ギルド長は周囲を見回し、それからカウンターの首に気づいた。
「……これは」
ギルド長の表情が、一瞬だけ険しくなる。
しかし、すぐに平静を取り戻すと、アリアに視線を向けた。
「アリア。これは一体なんだ?」
「こんにちは、ギルド長。これ、魔族の首よ」
アリアは簡潔に答えた。
「今日は黒鱗会が北の廃坑に現れたという報告と、その彼らを追い払った報告をしに伺ったわ。
魔族を倒したのは彼、セルムよ。彼と彼の従者であるリディムは勇者学園への入学を目指していてね。その実績作りの為に腕を振るってくれたの。
まだ冒険者登録もしていない彼らだけど、腕は確かよ」
アリアは僕の方を示した。
ギルド長の鋭い視線が、僕に向けられる。
「……お前がこの魔族を倒したのか?」
「ん? ああ、その通りだよ」
僕は頷いた。
「ふむ……」
ギルド長は腕を組み、しばらく僕を観察していた。
それから、短く息を吐く。
「分かった。詳しい話を聞かせてもらおう。
ここでは落ち着いて話せん。応接室に来てくれ」
「わかったわ」
ギルド長は周囲の冒険者たちに向き直った。
「野次馬は解散だ! 見世物じゃないぞ!」
その迫力ある声に、冒険者たちは渋々と散りはじめる。
ギルド長は僕たちを促すように、奥へと歩き出した。
僕たちがその後を追おうとしたとき——
「待ちたまえ」
低い、よく通る声が響いた。




