第16話『受け止められぬ真実(アリア視点)』
──アリア・レイフォード視点
「世話になったね。この借りは返させてもらうよ。
それと……君の誇り高き意思に敬意を表する。
喜ぶがいいよアリア・レイフォード。君の輝きが僕を動かした」
そう言うと。
あいつ……セルムは私の前から立ち去った。
「なによ、あいつ。意味深なこと言っちゃって。最後までわけわかんない奴だったわね」
本当に、訳の分からない奴だった。
普通じゃない雰囲気をまとったセルムと、その従者らしき少女、リディム。
少なくともリディムと呼ばれていたあの少女はとんでもない魔力を垂れ流しにしていたし、相当な実力者なのは間違いない。
そして、そんな少女にマスターと呼ばれていたセルムもただ者じゃないに違いない。
そんなただ者じゃない二人。
だからこそ、私は二人が勇者パーティーの一員、もしくは関係者なのではないかと考えて、強引に接点を作った。
「でも……違ったのよね」
話して確認してみたのだけど、二人は勇者パーティーの一員ではなかった。
何か事情があって隠しているのかもしれないと思ったけれど、そんな様子でもなかった。
当然、私は落胆した。
今、この街は……レイフォード領は危機に瀕している。
よりにもよって、魔族のみで構成されている恐るべき組織、黒鱗会に狙われてしまったのだ。
やつらは私たちレイフォード家が守護していた封呪核を奪った。
封呪核には上級魔族が封印されている。
奴らはその封印を解くつもりなのだろう。
当然こんな案件、一貴族であるレイフォード家には余る事態だ。
すぐにでも王都に応援を要請し、勇者に助けを呼ぶべき状況。
けれど、黒鱗会はそれすら許してくれなかった。
私たちの先手を打ち、この件を公にしたら領民を殺すと書かれた手紙をレイフォード家に届けてきたのだ。
証拠隠滅のためか、読み終えたらその手紙は燃え尽きたけれど。
こんな事態になって、私の両親はどうするのかと思っていたら……彼らは逃げ出した。
領民を置いて、姉を連れて逃げ出したのだ。
私も連れて行こうと彼らはしたけれど、私は断固拒否した。
理由は決まってる。
私が貴族だからだ。
領民の税で生きている私たちが、領民の危機に際して真っ先に逃げ出すなんて……私は死んでもしたくない。
(私一人でもどうにかしなくちゃいけない)
けど、どうしようもない。
相手は魔族。
人類の敵であり、恐怖の象徴。
私は見たことがないけど、おそろしく狡猾で、残酷で、なによりとんでもなく強いらしい。
人間では絶対に敵わない存在。
唯一、勇者であれば魔族に対抗できるらしいけど……。
私ひとりの力じゃどうしようも──
「……ちょっと待って? 借りを返すって……まさかあいつ、黒鱗会が潜んでいる北の廃坑に行ったんじゃ……」
そんな訳がない。
常識のある人間なら魔族がひしめいている場所にわざわざ向かうわけがない。
「けど……」
そう思いながらも、私はセルムたちの後を追うことにした。
彼らの行動を、このまま見過ごす気にはなれなかった。
リディムは相当な魔術の使い手のはず。
探査魔術を使われたら、普通に追いかけても見つかってしまうだろう。
だから私は、自身の魔力を極限まで抑え、隠蔽の魔術を展開した。
そのまま追うと、やはりセルムたちは廃坑に向かっていた。
そうして廃坑に到着して。
そこで私は初めて、魔族を見た。
人間に近い、けれど人間ではない何か。
その異質な存在感に、私は本能的な恐怖を感じた。
幼少の頃から魔族は恐ろしい存在だと聞かされてきたからかもしれない。
その魔族が無詠唱で炎弾を放つ。
目にもとまらぬ速さでセルムに炎弾が着弾した……かと思えば。
「ほい」
セルムが炎弾を手で弾いた。
「……は?」
相手の魔族と同じか、あるいはそれ以上に私は驚いた。
その後も、魔族は詠唱して多くの炎弾を作り出したけれど、それもセルムは片手間のように消し去った。
そうしてセルムが魔法陣を展開。
その数は魔族が展開していたものよりもさらに多かった。
そのままそれぞれの魔法陣から炎弾が現れ、魔族に着弾。魔族は倒れた。
「えぇ……嘘だろう? 少し弱すぎるんじゃないかい?」
(いや、アンタがおかしいだけよ! 相手も普通に強かったわよ!!)
心の中で叫びながら、私はセルムの後を追い続けた。
けれどこのとき、私は違和感を覚えた。
(それにしても……思ってたより怖い存在じゃなかったわね、魔族)
確かに手ごわい相手だとは思った。
でも、人間が絶対に敵わない存在というのは、少し言いすぎな気がしたのだ。
あのくらいなら、私でもどうにか対処できそうだ。
そんなことを思いながら私はセルムの後を追いかけた。
そうしてたどり着いたのは廃坑内の広い空間。
そこには多くの魔族が集まっている。
その中央には、大きな魔法陣が描かれていて、その中心に黒い石が安置されていた。
封呪核……!
セルムが魔法陣に近づこうとすると、小さな魔族の少女が現れた。
背中に赤い羽を生やした、十歳くらいの女の子。
少女は震えながらも、セルムの前に立ちはだかり。
「もうすぐお母さんに会えるのっ! 邪魔しないで!!」
少女が泣いてそう叫んでいる姿に、私は動揺した。
想像していた魔族の姿と、あまりにも違いすぎたのだ。
残酷で、冷酷で、人間を殺すことしか考えていない怪物。
そんな私のイメージと、泣いて母を想うあの魔族の姿はかけ離れていて……。
そうして私が内心戸惑っていたその時。
——封呪核が砕け散った。
光が溢れ出し、その中から一人の女魔族が現れる。
風に揺れる長い銀髪。
鋭い紅い瞳。
背には血のように赤い羽が広がっていた。
圧倒的な存在感。
さっきまでの魔族とは、格が違う。
これが……上級魔族。
「お母さん……お母さんっ!!」
少女が女魔族に駆け寄り、抱きつく。
女魔族は優しく少女を抱きしめた。
その後、女魔族は娘である少女を下がらせ。
そして、戦いが始まった。
上級魔族──アリデルと呼ばれていた女魔族は、次々と黒い化け物を召喚した。
獣型、鳥型、挙句の果てにはドラゴンのような形の化け物も出てくる。
それだけでも驚きなのに、その数は留まることを知らず、セルムがいくら化け物を消し去っても次々と湧いて出てきていた。
普通ならこんなの、敵うわけがない。
当然、セルムは劣勢だった。
それでも……彼はなんとかアリデルと渡り合っていた。
そして、アリデルの使役している黒いドラゴンが黒いブレスを放つ。
セルムはそれを必死に避けていた。
「……隷従の吐息か」
「ほぅ。知っておるのか。こしゃくな……」
二人の会話から、あのブレスがとんでもなく危険なものだと分かった。
触れた者を問答無用で操り人形に変えてしまうブレスらしい。
(なによそれっ!! どこまで規格外なの!? 勝てるわけないじゃないっ!!)
私が頭を抱える中、当然のようにセルムが追い詰められる。
彼の眼前に迫る隷従の吐息。
避けられない。
その瞬間。
「この……獣ふぜいが……『失せろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』」
セルムが凄まじい魔力を放出した。
「ひっ——」
私はその場で小さく悲鳴をあげる。
本来、魔力に色なんてものはない。
けど、そのときセルムが発生させた魔力。
それが私にはどこまでも暗く、どこまでも禍々しいもののように感じられた。
その魔力により、周囲の黒い獣たちが一斉に消え去り、隷従の吐息も霧散していく。
召喚の魔法陣も崩壊していた。
「なにっ!?」
アリデルが驚愕の声を上げる。
今こそ好機。
だというのに、セルムは苦しそうにうずくまっていた。
どうやら魔力を使いすぎたらしい。
そのとき。
「そなた……もしやダリウス様か?」
女魔族アリデルが、セルムにそう尋ねた。
ダリウス……?
その名前を私は知っていた。
いや、その名を知らない人間は居ないだろう。
ダリウス=ノクト。
二百年前、今は亡き伝説の勇者パーティーがその命を賭して倒した——最強最悪の魔王の名だ。
そこから、二人の会話が始まった。
その内容によると、セルムはその最強最悪の魔王、ダリウス=ノクトらしい。
しかし、今は人間に転生しており、力の大半を失っているのだとか。
あの上級魔族、アリデルはかつての部下らしい。
にわかには信じられない内容だった。
けれど、あの戦いを見てしまった今では、否定する言葉が見つからなかった。
——その後、アリデルが魔族の現状を語り始めた。
魔王の敗北後、魔族たちは北の特区に押し込められたこと。
今は勇者の監視下で強制労働をさせられていること。
そこから逃げ出した者たちが集まって黒鱗会を結成したこと。
その内容を聞いて……私は混乱した。
魔族特区の存在は当然知っていた。
でも、魔族達が強制労働をさせられているなんて……そんな話、聞いたことがなかった。
その後、セルムとアリデルは和解したようだった。
その時、話題がリルという少女について移ったのだけど、どうやら彼女はアリデルの養子で、両親を勇者に殺されてしまった被害者らしい。
それを隠れながら聞いていた私は、無意識に胸を押さえていた。
そして。
「ああ、そうだ。
人間には、あまり危害を加えないでくれよ?
僕、一応勇者を目指してる身だからさ。
下手すると、アリデルと戦うことになるかもしれないし」
「無論じゃ」
「人間を刺激したくないのは、わらわも同じ。
勇者に襲われでもせぬ限り、手は出さぬよ」
そんなアリデルのセリフを聞いて。
私は、我慢できなくなって……口を開いていた。
「——手は出さないですって? ……ふざけないでよ」
慌てて振り返るセルムとアリデル。
(あ……)
やってしまった……。
本当なら魔族やセルム達に気づかれないように、ここから逃げなきゃいけなかったのに。
けど、やってしまったものはもうどうにもならない。
私はなるようになれと、隠蔽の魔術を解除し、隠れていた場所から姿を現した。
「──あれ、アリア?」
セルムが驚いた顔でこちらを見ている。
一体、いつの間に? とでも言いたげな表情だ。
「さっきから黙って聞いていれば……」
私は、強く、強く拳を握りしめながら言う。
「魔族特区で魔族が非道な扱いを受けている?
自分たちは人間を傷つける気がない?」
私の瞳が、彼らを射抜く。
「なによ、それ……。
まるで──私たち人間が、悪者みたいじゃないっ!!」
私の怒声が、廃坑に響き渡る。
「手は出さないですって? よく言えたわね!
アンタたちはレイフォード家が管理している封呪核を奪ったじゃない! それも領民を人質にして!!」
私の声は震えていた。
怒りで、恐怖で、何もかもがぐちゃぐちゃになって。
「どれだけ私や両親が怯えたと思ってるの!?
私は信じない。アンタたちは邪悪の権化よ!」
怖い。
けれど——引けない。
「むかついた? いいわよ? 殺すなら殺しなさいよ!! 私じゃアンタたちに逆立ちしたって勝てないもの!!」
もう、どうにでもなれ。
そう思った。
けれど。
「……すまない」
セルムが、頭を下げた。
「マスター!?」
「ほぉ」
リディムが驚いた声を上げ、アリデルが感心したように息を漏らす。
私は——理解が追いつかなかった。
「……は? なんの……つもり?」
「僕のかつての部下達が君に大変な事をしでかしたみたいだからね」
セルムは頭を下げたまま、静かに言った。
「彼らの主だった者として、僕は君に頭を下げるべきだろう。
まったく、君は僕の恩人だっていうのに……情けない限りだよ」
「恩人ってなによ。私はなにも……」
「僕らの代わりにお金を払ってくれただろう?」
セルムがゆっくりと顔を上げる。
お金ってもしかして、ギルドでのあの一件のこと。
あんなつまらないことで……恩人?
「すまなかったね。あの時は食事をするのにお金が必要だなんて知らなかったんだ。
ここに来る道中、リディムに教えてもらったけどね」
その言葉を聞いて。
私の膝から力が抜けた。
「大丈夫かい?」
ふらつく私を心配するセルム。
伝説の魔王、ダリウス=ノクトが転生した存在。
とても演技とは思えないその態度に、私は笑うしかなかった。
ああ、くっだらない。
あの伝説の魔王が、ただご飯代を払っただけのことを恩にきるなんて。
こっちが無茶苦茶言ってるのに、部下が迷惑をかけたとか。そんなことで頭を下げるなんて。
ほんっとう……くっだらないっ……。
「ずるいわよ……」
私はそのまま崩れるように座り込み、床に手をついた。
涙が、溢れて止まらなかった。
「ずるいわよ……なによそれ。こんなのが魔王? なによそれ。
こんなのが最強最悪の存在なんて……信じられるわけないじゃない」
今まで信じてきたもの。
魔族は恐ろしい存在で、魔王は最悪の敵で、人間こそが正義だと。
それが全部、全部——崩れていく。
「うっ……ぐすっ……」
涙が止まらない。
もう、何も分からなかった。
自分が笑っているのか、それとも笑っているのか。
どっちなのかすら、もうよくわからなかった。
私は廃坑の冷たい地面に手をついて。
「アリア……」
そうしていると、背中にそっとあたたかな手が触れた。
その感触を、心地いいのかどうかさえ分からないまま受け止めながら。
私は、しばらくのあいだ立ち上がることもできなかった。




