第10話『魔族との初戦闘』
ギルドを発ち、北を目指した僕とリディム。
やがて視界に入ってきたのは、岩肌に口を開けるように佇む廃坑だった。
気づけば、周囲の景色もすっかり様変わりしている。
「あそこか」
「そうみたいですね」
北の廃坑。
その入口には、黒い鱗に覆われた魔族が立ち、辺りを油断なく警戒していた。
間違いなく、ここがアリアが言っていた黒鱗会が潜んでいる場所だろう。
「どうしますか、マスター? 私が蹴散らしてきましょうか?」
首をかしげながらそう尋ねるリディム。
僕も相手の魔族を観察してみる。確かに、大した魔力は感じられない。
アレ相手ならば彼女でも軽く倒せるだろう。
だが。
「いいや、ここは僕が行こう」
リディムの実力を見せつけるより、今の僕自身の力を確かめたい。
煉獄門で修行した今の僕はどのくらい強くなっているのか、きちんと確かめないとね。
それに、今の時代の魔族達の力も肌で感じてみたい。
僕は廃坑の入口へと歩み寄る。
「人間か。去れ。ここは貴様が来るべき場所ではない」
魔族が僕を見咎め、手のひらをこちらに向ける。威嚇のつもりらしい。
どうやら、問答無用でこちらを殺すつもりはないようだ。
もっとも、相手にその気があろうがなかろうが関係ないのだけど。
「そうはいかないな。君ら、黒鱗会という魔族の組織なんだろう? その君らを僕は排除しに来たんだ」
魔族は一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐに冷めた目でこちらを見る。
「ふん、身の程知らずが。どうやら痛い目を見なければ分からんようだな」
魔族が詠唱を省略し、手のひらから炎弾を放つ。
直撃──かと思われた瞬間。
「ほい」
ペシンと、僕はそれを手で払う。
そのまま炎弾はあらぬ方向へと着弾。
「なっ!?」
魔族が目を見開く。
だが、動揺は一瞬だった。すぐさま両手を前に突き出し、魔法陣を展開する。
今度は詠唱を唱え始めた。
『――炎よ、群となれ。
《紅蓮群火》』
「これで……燃え尽きろぉぉぉっ!!」
お次も炎弾を放つ彼。
しかし、その数はさっきの十倍。
十の炎弾が僕めがけて襲い来るが。
「邪魔」
ペシン。
僕はそれらを先ほどの炎弾と同じように打ち払う。
一つ一つ対応するまでもない。まとめて打ち払った。
「んなっ!?」
驚愕に目を見開く魔族。
そんな彼に、僕は告げる。
「次はこちらから行くよ」
手のひらの上に、彼が放ったような炎弾を出現させる。
「ふん、その程度か。避けるまでもない」
「だろうね。魔族は魔術に対する耐性がある。だから、当然これじゃ不十分かな」
言いながら僕は魔法陣を展開していく。
一、十、二十、三十。
僕の周囲に、次々と魔法陣が浮かび上がる。
そのすべての魔法陣に、手のひらの上に浮かべた炎弾と同じものが形成されていく。
「なんだと!?」
魔族の顔が引きつる。
僕はそんな彼に向かって、軽く手を振った。
「さて、まずは小手調べといこうか。……行け」
合計三十三の炎弾が一斉に魔族へと襲いかかる。
魔族は数の多さに受け止めることを諦めたのか、回避行動に出た。
だが。
「軌道が……変化した!?」
魔族の動きに合わせるように、僕は炎弾を操作する。
煉獄門での過酷な環境に適応する過程で、魂と肉体をなじませた僕は、自身の魔力を使いこなせるようになった。
むろん、魔王の頃に比べるとまだ拙い。だが、修行前とは比べ物にならない。
ゆえに、たった三十三の炎弾程度なら──特殊効果もなにも付与していないものであれば、今の僕でも完璧にコントロールできる。
ドゴォンッ──
「ぐっ」
一発目が着弾。
魔族の足が鈍る。
当然、残る三十二の炎弾が、足を鈍らせた魔族へと襲いかかった。
ドドドドドドドドドッ──
「がああああああああっ」
全弾命中。
——よし。
やはりこの程度の魔術なら、今の僕でも苦もなく扱えるみたいだね。
魔力が尽きる気配もない。
僕は土煙の向こうに視線を向ける。
「さて、まだやれるんだろう? 今度はそちらから来なよ。防御魔術の感覚も思い出しておきたいからね」
炎弾の嵐により舞い上がった土煙の中。
その中で立ち上がるであろう魔族に向かって、僕は次の攻撃を待ち受ける。
だが、一向に返事がない。
「……? まさか……移動した?」
僕の目をかいくぐって移動したというのか?
そこまで戦い慣れしているようには見えない魔族だったが……。
僕は探査魔術を起動する。
『――我が周囲に在る者、その息吹を顕せ』
周囲に生体反応は二つ。
一つは僕の後方にて待機している、人間形態のリディム。
もう一つは……やはり土煙の中から反応がある。
しかし、その反応はかなり弱まっていた。
「? どういう事だ?」
そうこうしているうちに、土煙が晴れていく。
すると、そこにはやはり魔族が居た。
だが、様子がおかしい。
その魔族は、まるでもう動けないとでも言うかのように地面に倒れ伏し、白目を向いていたのだ。
「………………ああ、そうか。幻術か」
僕は手をポンと叩く。
あの倒れた魔族の姿。あれは僕を油断させるために敵が用意した幻なのだろう。
そうと分かれば話が早い。その誘いに乗ってやろう。
納得した僕は、相手の罠であろうその幻へと無警戒に近づき、その頭を軽く蹴とばしてみる。
すると。
「ごっ──」
倒れたままの魔族が、変な声をあげる。
不思議なことに、幻は消えずにそのまま残っている。
というか、蹴った感触もきちんとあったし、とても幻のようには見えない。
僕は改めて魔族を観察する。
やはり、これは幻ではないようだ。
つまり──
「まさか……これで終わりなのか?」
ツンツンと魔族の頭をつつく。
しかし帰ってくるのはうめき声だけ。
そんな有様の彼を見て、僕は溜息をつく。
「えぇ……嘘だろう? 少し弱すぎるんじゃないかい?」
手のひらで顔を覆い、嘆く僕。
確かに、僕はこの魔族のことを自分でも対処できそうな部類だと思った。
その推測は正解。
だけど、悪い意味で予測は外れたらしい。
弱すぎる。
これでは軽い準備運動の相手にしかならないじゃないか。
そう嘆いている僕の元に、リディムが歩み寄ってくる。
「お見事でした、マスター」
「ありがとうリディム。でも、なんだか消化不良だな。僕は一体、なんのために煉獄門で修行したんだか……。これなら修行なしで来た方が楽しめたかもしれない」
「恐れながらマスター。この程度の雑魚に期待するのは酷というものですよ」
「……それもそうか」
所詮は魔族。それも明らかな下っ端。
こんな者を相手に、僕が求めていたような戦いなど、できるわけがないか。
「あの小娘の話では、奥に封呪核があり、上級魔族が封印されているとか。マスターの無聊を慰めるのであれば、わざと封印を解除するのも面白いかもしれませんね」
そんな提案をしてくるリディム。
けれど。
「それは非常に魅力的な提案だけど、やめておこうかな。それは彼女、アリアの望むところではないだろうからね。
仕方ない。物足りないけど、今回は色々我慢するとしようか」
そう言って、僕は倒れている魔族に背を向け、廃坑の入口へと足を向ける。
リディムもそれに続いた。




