第9話『気高き意思に魅せられて』
「私の家が代々、封呪核を守護してきたのは知ってるわね?」
語り始めた彼女は、知っていて当然よねという態度でそう僕たちに尋ねてきた。
けど。
「いや、知らない」
そう答えた途端、アリアがガンッと勢いよく頭をテーブルにぶつけた。
かと思えばいきなり食ってかかってくる。
「なんで知らないのよ!? 一年に一度、盛大に封印強化の儀式を行ってたでしょうが!!」
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「そう言われても……そもそもそのほーじゅかく? ってなに?」
「内に上級魔族を封印した特級のアイテムよっ!! 中にはそれはもうとんでもない化け物が封印されてるんだからっ」
へえ。そんなアイテムがあるのか。
人間はいろいろとアイテムを使うからね。そういうのがあっても不思議はないだろう。
しかし……。
「ふーん。……ちなみにそんな大声出していいの? 他言無用って話だったけど」
「うっさいっ!! よくないわよっ!!」
よくないんだ……。
アリアは周囲を気にしながら、少し疲れた様子で再び席に腰を下ろす。
「はぁ……はぁ……とにかく、私の家は代々そういうヤバイものを世に出ないように守っていたの。ここまではいい?」
「ああ」
「それで、ここからが本題なんだけど、驚かないで聞きなさいよ?
実は……少し前にその封呪核が盗まれたの」
「へぇ、そうなのかい? それは大変だ」
素直な感想を口にする。
けれど、アリアはどこか不満そうな目を僕に向けていた。
「ん? どうしたんだい?」
「いや……本当に驚かないのねと思って……ちゃんと理解してるのよね? 上級魔族を封印してたアイテムが盗まれたのよ? つまり──」
「このまま何もしなければ封印が解けてしまうだろうね。それで?」
アリアがもう不満とかそういうのを超えて、冷めた目をこちらに向けてくる。
まるで『こいつ、何言ってんの?』とでも言われているかのようだ。
「うん? すまない。もしかして、的外れなことを言ってしまったかな?」
「いや、そんな事はないけど……あんた、やっぱ変わってるわね」
「そうかもね」
そんなふうに言われるという事は、まだ僕自身、魔王の頃の感覚が抜けきっていないのかな?
やはり、周りから見たら僕は少し変なふうに見えてしまうらしいね。
「自覚はあるのね……まあいいわ。
だからその盗まれた封呪核を取り返さないといけないんだけど……相手がね……」
「厄介な相手なのかい?」
「ええ。相手は黒鱗会という組織よ。今はギルドの北にある廃鉱に潜んでいるみたいね」
「なんだ。相手の事がきちんと分かってて、場所まで割れてるなら後は攻めるだけじゃないか」
「簡単に言わないでよ。黒鱗会……あの組織の構成員は全員魔族なのよ?
普通の人間が敵うわけないじゃない」
「ふーん」
この時代の人間……少なくともアリアにとってはそういう認識なのか。
僕はそんなことないと思うんだけどなあ……。
人間に遅れを取る魔族なんていくらでも居たし。
なんて思いながらも、僕はアリアの話に耳を傾けていた。
そんな彼女の話によると、彼女はどうにかして奪われた封呪核を奪取しようとしているらしい。
けれど敵は魔族の集団。
しかも助けを求めようにも、この件を公にしたら領民を殺すと脅されていて、公式には助けを求められない状況らしい。
しかし、封呪核を取り返さなければ、封印が解けて上級魔族が復活する。
そうなれば全て終わりだ──とアリアは言う。
そこで一つ気になって、僕は素朴な疑問を口にした。
「上級魔族が復活したら終わりだーって言うけどさ、その黒鱗会の中に、上級魔族はいないのかい?」
「知らないの? 上級魔族は全員、魔族特区で勇者たちの監視下にあるのよ。こんな辺境に出てくるわけがないわ。出てきたとしたら国家を揺るがす大事件よ」
との事だった。
要するに、黒鱗会は下級魔族のみで構成されているらしい。
「──ったく。どうしろってのよ。歯向かっても敵う訳がないし。助けを求めるのも無理。かといって放置してたら領民達が……。
だってのにお父様やお母様は一目散に逃げ出して……。貴族としての矜持とやらはどこ行ったのよっ!!」
頭を抱えるアリア。
彼女自身が言っていた通り、相当追い詰められているらしい。
「あはは、詰みよ詰み。こんなんどうしろって話よね?」
乾いた笑みを浮かべながら、自嘲するアリア。
そんな彼女に、僕は尋ねた。
「詰み……か。そうだね。けど、そんな状況の中、君は逃げないのかい? 両親は逃げたんだろう?」
両親、家族。
人間にとってそれらは一種の共同生命体。守るべき、あるいは見習うべき存在のはずだ。
ならば、彼女も自身の両親のように逃げてしまってもいいんじゃないだろうか?
そう僕は思ったのだが。
「私は逃げないわ」
迷わず即答するアリア。
「逃げ出したい気持ちはある。けどね、私は貴族なのよ。
この領地を守ってきたレイフォード家に連なる者として、領民を置いて逃げ出したりなんか、絶対にしないわ」
「怖くないのかい?」
「ハッ。馬鹿ね。怖いに決まってるじゃない。見てよ」
そう言って彼女は自身の手を突き出す。
その手は、震えていた。
「ここに残って黒鱗会と対峙する。いざとなれば私だけでも奴らに立ち向かってやる。……そう考えるだけで、震えが止まらないのよ。
だけど、逃げない。逃げたら私は一生後悔する。
そんな後悔を一生しながら生きるくらいなら……私は自分のやるべきことを貫きたい。ただ、それだけよ」
凛と胸を張ってそう宣言するアリア。
けれど、彼女は震えていた。
どう見ても、強がっているだけだった。
けど、僕の目にはそんな彼女の姿があまりにもまぶしいものに見えてしまって。
だから。
「くく。ハハハハハハハハハハハハッ!!」
笑った。
盛大に、腹を抱えて、大いに笑った。
けど、それが気に食わなかったのか。
アリアはこちらを冷めた目で見ながら言う。
「ふんっ、自分でも分かってるわよ。馬鹿な考えだって事はね。
お父様達みたいにトンズラこく方がよっぽど賢い。
それでも、私は──」
「リディム」
そんな彼女を無視して、今世唯一の相方であるリディムの名を呼ぶ。
「はい、なんでしょうかマスター?」
「行くよ」
「かしこまりました」
そのまま僕とリディムは席を立ち、歩き出す。
「……ふん。なによ。結局、アンタも逃げ出すんじゃない。ま、あんまり期待しちゃいなかったけど」
後ろから聞こえるアリアの呟き。
そんな彼女の方を僕は一度だけ振り返り。
「世話になったね。この借りは返させてもらうよ。
それと……君の誇り高き意思に敬意を表する。
喜ぶがいいよアリア・レイフォード。君の輝きが僕を動かした」
「え?」
そうして。
僕は彼女が言っていた、黒鱗会が潜んでいるというギルドの北にある廃坑へと向かった。




