オンボロ自転車は恋の始まりになるか
放課後の空気は少し湿っていて生ぬるく、空は朱色に染まっている。
ボストンバッグを肩にかけて、健斗は駐輪場に入った。
そこで、古いクリーム色の自転車の前に、しゃがんでいる美羽を見つけた。
特別印象のないクラスメイト。声をかける理由もなかった。
だが今日の美羽は、自転車のフレームを撫でて肩を落としている。
気づけば健斗は声をかけていた。
「どうかした?」
美羽は振り返って、小さく答えた。
「自転車のチェーン、外れちゃった......」
自転車は年季が入っているのに、すみずみまで手入れが行き届いている。
外れて垂れ下がったチェーンだけが、どこかまぬけでかわいい。
「おれ、直せるよ」
健斗はしゃがんで、チェーンをギアに掛ける。
「ガチャリ」という心地の良い音。
隣の美羽がほっとしたのを感じた。
「ありがとう! 器用なんだね」
美羽の笑顔に夕陽が当たる。
なぜか眩しくて目をそらした。
「ずいぶん古い自転車だな」
「おばあちゃんのお下がりなの。キコキコうるさいし、すぐにチェーンも外れるけど、愛着湧いちゃったんだ」
やさしい口ぶりに、美羽の人柄がにじんでいる気がした。
気づけば、自然と視線を奪われていた。
ふいに、まっすぐこちらを見ている美羽と目が合う。
心臓の奥がドクンと跳ね、健斗は慌てて言葉を探した。
「......お下がりを大事に使ってるなんて、さ。偉いや」
「ふふ、直してもらえて助かったよ」
さっきまでまぬけに見えた自転車は、太陽を斜めに受けて、誇らしげに立っている。
そんな型落ちの自転車を大切にする美羽に、不思議と惹かれ始めていた。
「じゃ、気を付けて帰れよ」
熱くなった頬を隠すように、ヘルメットを被った。
「またね」
美羽も自転車に跨り、健斗とは反対方向に漕ぎ出す。
健斗が振り返ると、彼女の後ろ姿が、夕陽を浴びて暖かく光っていた。
◇
健斗と別れて少し経った美羽は、自転車を漕いで帰っていた。
「カシャン」
暗い路地裏に差し掛かったところで、チェーンはまた外れた。
美羽は少しため息をつき、後ろを確認する。
健斗の姿は見えない。
「よし」
美羽の指は滑らかに動く。すぐにチェーンは元通りになった。
そう、美羽は本当は自分で直せるのだ。
「だって、話すきっかけ、ないんだもん......」
言い訳のようにつぶやきながら、再び自転車を漕ぎ出す。
「キコキコ」
お下がりの自転車は、彼女の背中を押すみたいに返事をした。




