郵便局
蒸し暑い季節で夕日が差し込む刻限。四十代ぐらいの女性が一人、郵便局の前に立っている。
彼女の表情は暗雲の中に一筋の光が射しこんだ時のような又は、日照りによって干からびた土地に雨が降った時のようである。その体は意を決したのか扉を開け中へと入っていく。
「すみません、この手紙を郵送して欲しいのですが」
先程までの顔とは程遠い笑顔で声をかけてきた女性に私はいつも通り返事をする。
「分かりました、では先にどちらに送りたいのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
彼女は少し間を空けたあと震えながらも唇を動かしていく。
「……天国でお願いします」
私が大学を卒業してこの郵便局に勤めて1ヶ月半。けれど、郵送先を「天国でお願いします」と言われたのはこれが初めてでやっとのことだ。すこし……いや、大分心臓の音が速く聞こえる。まさか、私が言われる日が来るとは思っていなかった。だけどあまり驚いていない自分もいる。そう、この郵便局は亡くなった人に手紙を送れる。信じられないだろうし私も信じられなかった。けれど故人に手紙を送れるというのは間違いない。どうしてこんなに確信しているのか?私も送ったことがあるからだ。死んだおじいちゃんへの手紙を……
私は幼い頃からおじいちゃん子だった。両親は共働きで私に構っている時間がなかったから近くに住んでいたおじいちゃんに私をよく預けた。それによって私は自然とおじいちゃんに関わる機会が増え懐いていったと母から聞いた。幼い頃の記憶でもまだ覚えているということはそれほど好きな日々だったんだろうな。学校の保護者参観の日だっておじいちゃんが来てくれた。いや、あれは私がおじいちゃんじゃないと嫌と言った気がするな。それくらいおじいちゃんが好きだった私にあの日の出来事は堪えるものがある。きっと好きじゃなかったとしてもだろうな。放課後、学校から家に向かわずおじいちゃん家に行くのが当然だった私はその日も雨が降っていたこともあって走っておじいちゃんに会いにいった。いつもは呼び鈴を鳴らすとおじいちゃんが笑顔で出迎えてくれていたが何回鳴らしても何の音もしない。どうしたものかと悩む私は扉が少し開いているのに気づいた。戸惑いつつ家の扉を開けるとそこにはおじいちゃんがいた。天井を背に倒れていた。その時、私は激しく動揺しただろう。幼い私にはいつだっておじいちゃんがそばに居たから。
この町には郵便局はひとつしかない。二十年ほど前でもあまり利用されることの無かったのに、ましてやインターネットが普及しコンビニエンスストアという便利な商業施設があるこの時代に郵便局を直接訪れて手紙や物を送ろうとする者は少ない。
だがこの郵便局は他とは違う。天国へと手紙を送れてしまう。
「すみません……急にこんなことを言って……できる訳ないですよね」
沈黙を破り声をだす女性に固まってしまった顔を戻す。
「失礼ですが、送りたい相手が亡くなったのはいつですか」
気の入った声で言うと、戸惑いで返される。
「ひと月ほど前です」
「でしたら、急いだ方がいいですね。手紙を送るのにも制限もあります。なるべく早く必要事項を確認します。ご自身の名前と相手の名前を………………」
この郵便局で死んだ人に手紙を送るのには三つ制限がある。一つ目は時間。亡くなったのが1ヶ月半以内でないと手紙は送れない。天国に送ると言うが実際は人が亡くなってから天国に行くまで、現世に留まっている間に渡すらしい。それが49日間で1ヶ月半ほどだ。しかし、手紙が宛先に届くにも時間がいるし相手が何処にいるのかも分からない。探す時間も考えてなるべく早い方がいい。
二つ目は故人にとってとても大切な物が必要。これは人が亡くなって自分の事も分からないまま現世でさまようことが多いからだ。大切なものをみて思い出す必要がある。これは故人を思う人からすれば少し辛いことだろう。ずっと忘れないでいたい大切な人との思い出を手放さないといけない。
三つ目は手紙自体は送れない。つまりは物を送るということではなく伝えることができる人が代読している。
「物自体を故人が認識できるか怪しいのに触れる事なんて出来る訳ないじゃん」と言っていたのを思い出す。
「これは……ブレスレットですね」
「彼が付き合った一年記念の日にくれたもので彼が言ってくれたんです」
『 決して高価なものではないけれど、君に1番似合うものを選んだんだ。ずっと一緒に居たいからずっとそばにいて欲しい』
哀で溢れながらも愛で満ちた声だった。
「間違いなくこの手紙は届くと思います。このブレスレットを見て貴方を思い出して内容がちゃんと伝わって幸せに包まれたまま天国に旅立つと信じてます」
少し涙を流してしまっていたかもしれない。
女性を見送る頃、辺りは涼しげな風を帯びていて郵便局の明かりを眩しくも感じた。この手紙をすぐにあの人に渡して伝えてもらおう……そう思った時、鋭い風を頬に感じた。
「君はもうちょい周りを気にしようよ、いくら誰も来ないような場所でどうしようもなくちっちゃくて君一人しか働いていない郵便屋だとしてもさぁ。」
淡々として無気力で幼い声だ。出会った頃はもう少し違ったように思う。変わったのはあなたの方じゃなくて私の方なのだろうな。
「営業時間は気にしないとダメだよ、もうとっくに過ぎちゃってるから。彼女も彼女でなんであんな営業時間ギリギリの夕方に来たんだろうね、おかげで僕が郵便屋に帰るのが遅くなっちゃった」
今の私より少し身長は低い。見た目は子供なのに喋り方はウザイ上司だ。
「はいこの手紙、私のを届けてくれたみたいにお願い。」
「また〜?イヤだよ。もう何回目になんのか分からないし」面倒くさそうに適当に返事をする。
「まぁ確かに君がこの郵便屋を作ってから初めてのお客さんだったけどもう何回も送ってるじゃん。君の友達とかさ。君が悲しそうにしている人を救いたいのは分かるけど」
「そう言ってても、いつも送ってくれるところ好きだよ」
君は笑顔で恥ずかしげもなく言う。僕がどういう存在かもうとっくに知っているだろうに。あの時君が雷雨の中、公園で泣いていたのを見て脅かそうとしたんだっけ。僕は自分の時間を止めて君のそばにずっと居たいと思ってしまったんだ。顔を上げて必死に取り繕って笑顔を向けてくれた瞬間から。
お姫様が普通の女の子に戻る刻限のころ。僕は16年前の君から受け取った手紙を読む。
「あなたにあヘテヨかった。てがみおくてくれてアリガトウ。」
読者の皆様からしたらよく分からない部分もあると思います。質問等あれば是非感想をお書きください。




