「君は私の抱き枕だ」と冷徹公爵様に買われたはずが、呪いが解けた後も離してもらえません。 〜夏なのに「寒いフリ」をしてくっついてくる旦那様が、甘えん坊すぎて溶けそうです〜
「……温かい」
吐息混じりの甘い声が、耳元で響く。
広い天蓋付きのベッド。最高級のシルクのシーツ。
その真ん中で、私は美しい男性にギュウギュウに抱きしめられていた。
彼の名前は、アレクシス・ウィンターフェルド公爵。
「氷の貴公子」とあだ名される、この国で一番美しく、そして一番冷酷だと噂される方だ。
銀色の髪に、氷柱のような青い瞳。
けれど今、その瞳は熱っぽい色を浮かべ、私を閉じ込めるように腕に力を込めている。
「リゼット。もっとこっちへ」
「あ、あの……アレクシス様? もう朝ですけれど……」
「関係ない。まだ体温が上がりきっていない」
彼はむずかる子供のように私の首筋に顔を埋め、深呼吸した。
ひんやりとした彼の頬が、私の熱い肌に触れる。
私、リゼットは「発熱体質」という奇病を持って生まれた。
平熱がつねに高く、触れたものを温めてしまう体質だ。実家では「熱苦しい」「夏場に近寄るな」と疎まれ、屋根裏部屋に押し込められていた。
そんな私を「買いたい」と言ったのが、アレクシス様だった。
彼は先祖代々の「氷の呪い」に侵されており、常に体が凍りつくような悪寒に襲われているという。
だから、私は彼の「抱き枕」兼「カイロ」として、この屋敷にやってきた。
あくまで治療のための道具。そう思っていたのだけれど――。
「……リゼット。いい匂いがする。甘くて、陽だまりのような匂いだ」
「ひゃ……っ! あ、アレクシス様、くすぐったいです……!」
彼が首筋にチュッ、と音を立てて口づける。
一度ではない。鎖骨、肩、二の腕と、まるで愛おしい宝物を確認するかのように、甘いキスを降らせていく。
「ん……柔らかい。ここから出たくない」
「お、お仕事に行かないと、執事のセバスチャンさんが困りますよ?」
「セバスチャンには『妻が可愛すぎて布団から出られない病』だと伝えてある」
「なんてことを伝えてるんですか!?」
私が慌てて身をよじると、彼は不満げに唸り、さらに強く抱きしめてきた。
私の腰に回された腕は逞しく、逃げ出す隙間なんて一ミリもない。
「ダメだ。君が離れると、私は凍えて死んでしまう」
「そ、そんな大袈裟な……」
「大袈裟ではない。心が凍る」
アレクシス様は私の顔を覗き込み、とろけるような微笑みを浮かべた。
普段の「冷徹公爵」の仮面はどこへやら。今の彼は、ただの甘えん坊な大型犬だ。
「リゼット。君は私の命綱だ。……愛している」
その言葉と共に、唇が重なる。
朝の挨拶代わりの、長くて甘い口づけ。
私の体温が高いせいなのか、それとも彼の愛が重いせいなのか。
私の頭は、今日も朝からのぼせてしまいそうだった。
◇
そんな激甘な朝を過ごして数ヶ月。
ある日、事件が起きた。
アレクシス様の呪いが、解けたのだ。
私の体温が特効薬になったのか、あるいは愛の力なのか(と、医師は真顔で言っていた)、彼の体から冷気が消え、常人と同じ体温に戻ったのだ。
「よかった……! 本当によかったです、アレクシス様!」
私は手放しで喜んだ。
これで彼は、凍える苦しみから解放される。
……と同時に、私の胸に冷たい風が吹いた。
(呪いが解けたなら、もう「カイロ」は必要ないわよね……)
私はただの、没落寸前の男爵令嬢。
役目を終えた私が、公爵夫人という地位に居座るわけにはいかない。
私は覚悟を決め、執務室にいるアレクシス様のもとへ向かった。
コンコン。
「アレクシス様。少し、お話をよろしいでしょうか」
「リゼットか。入りなさい」
執務室に入ると、彼は書類仕事をしていた。
呪いが解けた彼は、以前にも増して精悍で、神々しいほどの美貌を放っている。
私は胸の痛みをこらえ、切り出した。
「あの……呪いが解けたことですし、そろそろ離縁の準備を……」
「却下する」
私の言葉が終わるより早く、アレクシス様が答えた。
彼は羽ペンを置き、ゆらりと立ち上がる。
そして、あっという間に私の目の前まで歩み寄り――私をひょいっとお姫様抱っこした。
「きゃっ!?」
「何を言っているんだ、リゼット。離縁など、一生許さない」
「で、でも! もう温める必要はないでしょう?」
「ある」
彼は真剣な顔で即答した。
そして、私を抱えたままソファに座り、自分の膝の上に私を乗せる。
彼の逞しい腕が、私の腰に回される。
「見てごらん、外を」
「え? ……いいお天気ですね。真夏ですから」
「そうだ。暑いだろう?」
「ええ、まあ……」
「だから、部屋を冷やすことにした」
アレクシス様が指をパチンと鳴らす。
瞬間、部屋中に冷気が充満し、窓ガラスがピキピキと凍りついた。
室温が、一気に氷点下まで下がる。
「さ、寒いっ!?」
「ああ、寒いな。凍えそうだ」
アレクシス様は涼しい顔で(実際涼しいどころではないが)、私をギュウウウッと抱きしめた。
「寒いから、温め合わないといけないな?」
「えっ、あの、これ自作自演……!」
「リゼット、温かい。君がいないと寒くて仕事ができない」
彼は私の肩に頬をすり寄せ、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす。
嘘だ。
今の彼は呪いが解けているから、自分で体温調節ができるはずだ。
これは完全に、私にくっつくための口実だ。
「アレクシス様、魔法を解いてください。夏ですよ?」
「嫌だ。夏だからこそ、こうしてくっつく理由が必要なんだ」
彼は拗ねたように唇を尖らせ、上目遣いで私を見る。
その破壊力たるや、国宝級だ。
「君は私が嫌いか?」
「そ、そんなことありません! 大好きですけど……」
「なら問題ない。私も君が大好きだ。愛している。溺れるほどに」
彼は満足げに微笑むと、テーブルの上のマカロンを一つ摘み、私の口元へ運んだ。
「はい、あーん」
「……自分で食べられます」
「ダメだ。君の手を汚したくない。ほら、口を開けて」
抵抗しても無駄だと悟り、私はパクりとマカロンを食べた。
甘い。
でも、私を見つめるアレクシス様の瞳のほうが、ずっと甘くて熱い。
「美味しいか?」
「はい……」
「そうか。可愛いな、リゼット。食べたくなってしまう」
彼が私の唇についたクリームを、指ではなく、自分の舌でペロリと舐め取る。
ボッ、と私の顔が沸騰した。
「あ、あのっ、やっぱり離してくださいっ! 心臓に悪いです!」
「ダメだ。一生離さないと言っただろう?」
アレクシス様は私を抱きしめる腕に、さらに力を込めた。
その温もりと、幸せな重みに、私は抗う力を失っていく。
「君は私の抱き枕で、カイロで、……最愛の妻だ。覚悟してくれ」
耳元で囁かれる愛の言葉。
どうやら私の「生きたカイロ」としてのお仕事は、一生終わりそうにない。
外は真夏の日差し。部屋の中は極寒の吹雪。
けれど、二人の間だけは、砂糖菓子が溶けてしまうほどの熱気に包まれていた。
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