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8 セックスしないと出られない村(6)


「ナビ、調査に時間的な制約はあるのか?」


 ルネに聞こえないように小声で確認する。


『レポートの提出期限がそのまま締め切りになるかと。今回は無期限ですね』


 ナビはぷーんとモスキート音を立てて俺の耳に寄ってきた。


『ただし、永遠にこの村にいられるわけじゃありませんよ。そこの小娘、とっとと裸に剥い――』


 ぺっちーん。

 自分の耳を平手で叩く。

 ルネが驚いた様子で肩を跳ねさせる。


「いや、なんでもない。ちょっと不快害虫がいてな」


 さて、時間制限がないなら調査もじっくり行える。

 朝までコースでいこう。


 俺は膝を打って立ち上がった。


「しかし、そうなると、夜になるまで暇だな」


 また聞き込みでもやってみようか。

 でも、さすがに何度も村じゅう嗅ぎ回るのはな。

 俺はこの村では部外者だ。

 村の暮らしに土足で踏み入れば、無用なトラブルを招くだけだ。


「要するに、暇人なのね。あんた」


 ルネが可哀想なものを見る目で俺を見る。

 やめろよ。

 まるで俺が可哀想みたいじゃないか。


「暇ならこういうのはどうかしら?」


 ルネは俺の背後に回り込んだ。

 背中に手が触れる感触があり、そして、ドン。

 突き飛ばされた。

 俺は踏ん張ろうと足を踏み出したが、そこに地面はなかった。

 小川の水面が煌めきながら揺れている。


「フッ、舐めるな!」


 俺はとっさに反転。

 ルネの腕を掴んだ。

 そのまま落下する。


「きゃ!?」


 短い悲鳴とともに、川面が破裂した。

 ぼこぼこと耳の横を泡が通っていく。

 目を開けると、揺らめく光芒が見えた。

 吹雪のように舞う泡の中を小魚が逃げ惑っている。

 七色の鱗が陽光をキラキラと反射している。

 水の中に虹がかかっているようだった。


「だはっ!」


 水面を割って息を吸い込む。

 目の前に赤い物体が浮かんできて、声を上げそうになった。


「なんだ、ルネか」


 濡れた赤い髪が頬や首に張り付いているせいで、トマトの化け物に見えた。


「あんた、よくもやってくれたわね……」


「お前が怒るのはおかしいだろ。突き落とされたのは俺だしな」


「このぉ……!」


 ルネが襲いかかってきて水かけっこが始まった。

 川遊びなんていつ以来だろう。

 冷たい水が火照った体に心地よかった。

 ルネが水着だったら文句なしなのにな。


 思うさま遊び、肩で息をしながら土手に這い上がる。


「青春って感じだな」


「そうね。私、久しぶりに羽目を外したわ」


 何がおかしいのか、ルネはひいひい言うほど笑い転げている。

 腹を抱える姿を見て、俺は息を呑んだ。

 濡れた衣服が背中にぴっちりと張り付いている。

 肌の色が透けていた。

 でも、エロいとは感じない。

 むしろ、胸糞が悪くなった。

 吐き気すら感じる。


 ルネの背中には赤や青、紫や黒の筋がいくつも透けている。

 鞭で打たれた痕だとすぐにわかった。

 10や20じゃない。

 傷のない部分が見当たらないくらい傷だらけだ。


「どうしたのよ? 急に黙っちゃって」


「いや、空が青いなと思って……」


 俺は気づかなかったことにして地べたで大の字になった。

 ルネも右にならえで寝転がる。

 人には不可侵の領域がある。

 ずけずけと踏み込むほど俺はデリカシーなさ男じゃない。


「濡れた服、乾かさないとな」


 鞭痕が透け透けのまま村をうろつくわけにはいかない。


「なら、いい場所があるわ」


 ルネに導かれて小川沿いに進む。

 飛び石を渡った先にあるちょっとした中州がゴール地点だ。

 大岩の上に一本だけ松の木が生えている。

 おしゃれな中州だ。


「ここ、本当に人来ないんだろうな?」


「来ないわよ。ほら、あんたはあっち向いてなさい」


いてなどと言っておりますよ、ユーシン様。そのメスガキ、ひん剥いてやったほうがよろしいかと。ぐひゅひゅ』


 濡れた服を松の枝に干す。

 季節は夏。

 日当たりもいい。

 カラッとした空気だから2時間もあれば乾くだろう。


 俺はパンイチで岩に腰かけ、背を丸めた。

 異世界の因習村でパンツ一丁か。

 これ以上ないくらい心細いシチュエーションだ。

 ただ、同じく下着姿のルネが背中合わせで座っているから、不安より緊張が勝る。


「この世界のパンツはこんな感じなのか」


 いまさらながら、そんな感想を述べておく。

 縫製技術が未熟だからだろう。

 大雑把な作りだ。

 女子用はどうだろう。


 視界の端――松の枝で白いものが風に吹かれて揺れている。

 見たところ、ブラだな。

 まさかとは思うが、ルネは全裸なんじゃ!?


 俺は視線でナビに問いかけた。


『残念! さすがに下は穿いていますよ。しかしまあ、よろしいのでは?』


 よろしい?

 何がだ?


『脱がす部分がないというのも、いささか妙味に乏しいかと』


 よーし、黙れ。

 お前は川の上を飛んでいろ。

 真っ昼間からピカピカ光る風情のないホタルになってこい。

 ほら、さっさといけ。

 シッシ。


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