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7 セックスしないと出られない村(5)


 セックスしないと出られない村からセックスしなくても出られる理由。

 そんなの、ひとつしかない。


 俺は言った。


「この村はセックスしなくても出られる村なんだ」


 つまり、だ。


「普通の村ってことになるな」


「だから、そう言ってるじゃない」


 ルネが白い目で刺してくる。

 痛いから……。


『ということは、ユーシン様、この村は因習村ではないということですか?』


 俺の膝小僧で羽休めしていたナビがそう尋ねてくる。

 俺は目顔で頷いた。


 前提が間違っていたのだ。

 この村は因習村ではない。

 奇怪な風習なんて存在しない、ごく平凡な普通の村なのだ。


「では、なぜ、火のないトコ村に煙が立ったのか」


 俺は穏やかな小川に小石を投げ込んで大きな波紋を立てた。


「ずばり、この村の人口流出のせいだな」


 聞き込みから得られた証言から、この答えに行きついた。


「どういうこと?」


 ルネは小首をかしげた。

 肩にかかっていた赤い髪が胸にはらりと落ちる。

 ちょっと扇情的だ。

 なんだか落ち着かない。

 俺は意味もなく足を振った。


「この村に来てから、ずっと思っていたんだ。若者が極端に少ないなって」


 村をひと巡りしてみたが、30代以下の村人は3人しかいなかった。

 ルネを除けば、2人だ。

 その2人というのも幼子と赤ん坊で、村の大半はしおしおに枯れたジジババたちだった。


「言ったでしょ? みんな町に出たって。この村、ほんとになんにもないんだもの」


 ルネも石を投げた。

 ぽちょん。


「まさに、その出ていった若者たちが悪評を広めてしまったんだ」


「生まれ育った村なのよ? 嫌がらせしたとでも言うの? 何もない村だけど、恨まれる覚えもないわよ」


「嫌がらせじゃないよ。たぶん、愚痴だな。それに尾ひれがついて『セックスしないと出られない村』なんて悪名うわさが生まれてしまったんだ」


「……?」


 ルネは顔をしかめている。

 遠回りな言い方をしてしまったか。

 俺は頭の中で筋道を再構成した。


「ほら、決定的な証言があっただろう?」


 ――じゃから、わし、孫に言うてやったんじゃ。出ていくなら、ガキぐらいこさえていかんか、とな。


 腰の曲がった老爺が口角泡を飛ばしてそう言っていた。


「村を出て町にいくなら、せめて、子供を作ってからにしてほしい。人口流出と高齢化に悩むトコ村の住人の、切なる願いが現れた言葉だった」


 村を出るなら子供を作ってから。

 村から出たければ子供を作れ。

 子供を作るまで村から出さんぞ?

 言い方はいろいろだが、村を出ていった若者たちはみんな似たような嫌味を言われたはずだ。

 そして、その話を町でした。


「ジジババ連中がさー、子供を作ってけってうるさくてさ。村から出るのも一苦労だぜ」


 始めは、こんな愚痴だったと思う。

 しかし、伝言ゲームよろしく話が伝わるうちに徐々に歪められていった。


 ――村を出るなら子供を作ってからにしろ


 という話が、


 ――子供を作らなければ村から出られない


 に変遷した。

 そして、


 ――子供を作らないと出られない村


 を経て、ついには、こう呼ばれるようになった。



 ――セックスしないと出られない村、と。



「これがトコ村を取り巻く風評被害の顛末というわけだな」


 まあ、現時点では仮説のひとつでしかない。

 それでも、矛盾はないはずだ。


 しゃべりすぎて口の中が乾いてしまった。

 俺は唇を湿してからルネを見た。

 ルネも俺を見ていた。

 目を丸くしている。


「あんたって頭がキレるのね。すごいじゃない。きっとそれが正解だわ」


 そう?

 もっと褒めてくれていい。


「もう馬鹿チンなんて呼べないわね。名前で呼んであげるわ、ユーシン」


 女子に名前で呼ばれるなんて小学生以来だ。

 こんなことで舞い上がるなんて俺は単純だな。


『ユーシン様、ユーシン様!』


 ナビが俺の顔の前をハエみたいに飛び回る。


『このメスガキ、もうすでに落ちかけてますよ。チョロインかと。押し倒して乳揉みしだけば即孕み散らかすでしょう。ここでヤりましょうよ。ほら。さあ!』


 頭狂ってるんか、お前。

 四半世紀、黙ってろ。

 だが、その前に確認だ。


 俺は声を殺した。


「因習村だとされていても、実際は普通の村でした、っていう展開もあるんだよな?」


『はい。少しでも因習村の疑いがあれば調査対象になりますので。むしろ、普通の村でしたってパターンのほうが多いですよ。激ヤバ村に遭遇する確率は1割未満ってところかと』


 そういうものか。

 白なら白と報告する。

 白黒つけるのも天使の仕事というわけだ。


「しかし、これはひどいな。完全にタイトル詐欺じゃないか。女神に詐欺られるとは思わなかったぞ?」


 俺は天を睨んだ。

 セックスというワードにポンポン飛びついた俺も思慮分別を欠いていたとは思う。

 でも、こんなオチ、俺は納得できない。

 セックスしないと出られない村なら、セックスしないと出られない仕組みであるべきだ。

 ふざけんなコラ。


『結論を出すのは早すぎるかと』


 ナビが諫言する。

 それもそうだな。

 まだ、あくまでも仮説のひとつだ。

 白と報告したのに、あとあと黒でした、となるのは笑えない。

 俺の判決に世界の存亡がかかっているのだ。

 とりあえず、保留。

 調査続行だな。


「あんた、たまに一人でしゃべってるわよね……」


 ルネがキモがっている。

 そろそろ黙るか。


 俺は盛大にため息をついた。


「自分で言っておいてなんだが、信じたくないな。ありえないだろ。セックスしないと出られない村なのに、セックスしなくても出られるなんて。エビフライなのにエビがいないようなものだ。あってたまるか、そんな理不尽。ただの天カスじゃないか」


 ぷふっ、とルネが笑った。


「ユーシン、あんた、面白いわね。私、好きよ。あんたみたいな馬鹿」


 今の今まで仏頂面だったからだろうか。

 無邪気に笑うルネが夏のひまわりのように見えた。

 ギャップ萌えかな。

 ひゅーひゅー、とナビが冷やかしてくる。


「とにかく、俺はもう少し粘ってみるよ。そもそも、男女のまぐわいといえば夜なイメージだ」


 まだ日が高い。

 夜になると村の様子が一変する。

 ということも十分考えられる。


「諦めが悪いわね。セックスできるまでは意地でも出られないってのが本心でしょ?」


 ルネがまた笑った。

 それも少しはある。

 仕方ないだろ。

 俺は坊やだからな。


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