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5 セックスしないと出られない村(3)


「ついてきなさいよ。村を案内してあげるわ」


 ムスッとした顔でそう言うと、ルネは村のほうに歩き出した。

 俺はその尻が左右に揺れるのを見ながら、声を潜めた。


「ナビ、さっきの聞いたか?」


『セックス? そんなの私がしてあげるわ。と、言っていましたね。当方の耳はたしかに聞き取りました』


 ナビはブンと羽音をうならせた。


「村の因習を暴く有力な手がかりだな」


『どうされるおつもりですか、ぐふふ、ユーシン様』


「ついていく。案内役は必要だしな。渡りに船だ。鼻の下を伸ばした馬鹿な少年を装って村を調べて回ろう」


『その後は下の鼻もお伸ばしになって、あの不敬なメスガキのケツに突っ込み、奥歯をガタガタ言わせてやるのがよろしいかと』


「……」


 あまりにも下品な言葉が返ってきたものだから、俺は酸欠の魚みたいに口をパクパクさせるしかない。

 お前、いちおう、女神様に連なる神聖な存在なんだろ?

 もう少しこう、なんとかならないのか?


「ちなみに、ナビ。確認なんだがな」


『よろしいかと』


 俺が切り出す前に、ナビはググイと詰め寄ってきた。


「俺が訊きたいことがわかっているみたいだな」


『もちろんです。当方、新米天使を導く存在ですゆえ、ユーシン様のお心は手に取るようにわかりますよ。……あれでしょう? ゲフフ。そういう展開になったらヤってもいいのか、ってことでございましょう?』


 その通りだ。

 だが、見透かされたみたいで腹立たしい。


『ヤりたいのなら、おヤりになればよろしいかと。調査さえ怠らなければ、女神様は寛大です。ですが、子孫は残せませんよ? ユーシン様のそれは仮初の肉体ですので』


 悲しいリアルだ。

 しかし、見方を変えれば、避妊の必要がないということでもある。

 お互いのためにも都合がいい。


 俺は前を歩くルネをちらっと見た。


『少々小ぶりですが、いい尻かと』


 ナビが耳元で、ぐひゅひゅ、と気持ち悪い声で笑った。


『当方、小生意気な小娘が息も絶え絶えになって乱れ狂うところが見たいです。やめてって叫んでも、やめちゃ嫌ですよ、ユーシン様』


「見たいです? いや、見るなよ……」


 なぜ、こいつには実体がないんだ。

 叩けないじゃないか。


『警戒だけは怠らないでください、ユーシン様』


「無論だ」


 ルネはこうも言っていた。


 ――お願い聞いてくれるなら、だけど。


 そう。

 セックスには交換条件があるのだ。

 代わりにあんたの生き肝をいただくわ、という展開も十分ありうる。

 慎重に行動せねば。


 そんな話をしているうちに、村の入り口にたどりついた。

 村は木組みの柵で囲まれている。


「竜のいる世界だしな、凶暴な獣が入って来られないようにしているのか」


 加えて言うと、だ。


「中に入った人間を出られなくする目的もあるんだろうな」


 村から出る方法はひとつ。

 セックスすること。

 これだけだ。


「ほんと馬鹿チンね」


 ルネは腕を組んであきれたふうだ。


「どう見ても普通の村でしょ?」


「一見すると、そうだな」


 建ち並ぶのは、茅葺き屋根の質素な家だ。

 老人たちが軒先で藁を編み、犬とニワトリが陽だまりの中を駆け回っている。

 どこからか漂ってくる味噌汁みたいな香り。

 のどかなものだ。

 こうして村に入ってみても、いきなり刺されるということもない。


「村の名は?」


「トコ村よ」


「人口は?」


「今は50人くらいかしら」


「今は?」


「昔はもっといたみたいね。みんな町に行っちゃったわ」


「村の特産品は?」


「ないわよ。なーんにもないわ。クソったれでシミったれな、ただの村よ」


 ルネはうんざりした顔で吐き捨てた。

 彼女もまた町に行きたい一人なのかもしれない。


「見なさいよ、あれ」


 ルネはシャープな顎をしゃくって、二人組の男を指した。


「話が違うじゃねえか! わざわざ来てやったのによぉ!」


「まともに女もいやしねえ。牛とシケ込めってか?」


「そ、そんなことを言われても困るのじゃが……」


 揉めごとのようだ。

 二人組に怒鳴られた村の老人はたじたじといった様子だ。


「んだよ! クソつまんねえ村だな! 二度と来るか!」


 ペッ、と唾棄し、男たちは村を出ていった。

 出ていってしまった……。

 セックスしないと出られない村から。


 いちおう、確認。


「ルネ、あいつらは?」


「あんたと同じ馬鹿チンよ。町から来た連中ね。セックスできると思ってたお馬鹿さんたち」


 ということは、やはり、セックスすることなく出ていった形か。


「ふむ」


 セックスしないと出られない村からセックスせずに出ていった。

 どういうことだ、これは……。


「どうして、この村はセックスしないと出られないなんて言われているんだ?」


「そんなの私が知りたいわ。村に来る男どもときたら、みんなヤらしい目で見てくるし。なんで人って殺しちゃいけないのかしら。虫はいいのに」


 ルネはリスみたいに頬を膨らませている。

 すまんな。

 もうヤらしい目はしないと誓おう。

 殺されるのは嫌だしな。


『ユーシン様、羽なしの新人天使は足で稼ぐのが基本です。わからないことがあるなら、村の人々に尋ねて回るのがよろしいかと』


 ナビが忠言する。

 そうだな。

 わからないことは調べる。

 それが調査員の仕事だ。

 聞き込みして回るとするか。


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