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42 蜘蛛に化ける村(17)


 爆煙が晴れると、月明かりが爆心地を照らし出した。

 巨大なクレーターがあった。

 深さ3メートル。

 幅にして10メートルといったところか。

 大社は跡形もなく消え失せている。

 クレーターの外は完全にまっさらだ。

 城壁のおかげで爆風は上に抜けたようだが、なければ村の家屋の半分が薙ぎ倒されていたかもしれない。

 ルネ爆弾、恐るべし。

 やはり、あいつとは喧嘩しちゃダメだな。


 こんな惨状だが、俺は無傷だ。

 鼓膜も破れていない。

 カズハは俺の胸の中でぎゅっと目をつむっているが、こちらも無事だろう。

 神器様様だ。

 地獄の沙汰も金次第らしいから、爆弾くらいなんとでもなるのだろう。

 金塊さえ積めばな。


 黄金の盾を解除すると、鼻の奥を焦げた臭いがツンと突いた。

 周囲に動くものはなし。

 あの爆風だ。

 子蜘蛛は全滅しただろう。

 脚の1本どころか、墨の染み跡すら見つけ出せないに違いない。


 ところどころ、木材がくすぶっている。

 火に向かって一目散に身投げしていた黒蜘蛛は1匹もやってこない。

 本体であるナグモが死んだことで、あいつらも墨に戻ったのだろう。


オン氷寧ヒョウネイスベラ炎神威エンカムイ


 冷気が吹き抜ける。

 くすぶっていた炎がすべて氷に変わった。

 カズハの声には悲しい響きがあった。


「あの、ユーシン殿。ルネ殿は……」


 目の前で自爆を見せられたら、そりゃショックだろう。

 俺は微笑んで言った。


「忍術で爆発したんだ。ルネは無事だ。そういう忍術があるんだよウン」


「なる、ほど。変わり身の術というやつですか」


「そうそう。変わり身爆弾の術だ」


 仮初の体で自爆したのだから、嘘ではない。

 ほっ、とカズハは安堵の息を吐いた。


「今度こそ、一件落着だな」


 俺も肩の力を抜いた。


「陰陽師の仕事はむしろここからが本番です。人の住まぬ村には魔が巣食うが常道でありますれば」


 村が丸ひとつ無人化したわけだ。

 ここに新たなる闇の主が現れるのも時間の問題か。


 カズハはクレーターの前に立ち、錫杖の石突で地面を小突いた。


「ナグモ様、ナグモ様。あなた様はかつて名のある土地神様でいらしたのでしょう。どうか荒ぶる御魂を鎮められ、またこの地をお守りくだされ」


 いや、それはどうだろうな。

 と、俺は心の中でつぶやいた。

 それが伝わったらしく、カズハが顔を上げる。


「いや、本当に昔は名のある神だったのかな、って思っただけだ」


「と申されますと?」


「最初から悪い妖怪だったんじゃないかと思ったんだ。かつて、この村を襲ったという餓鬼の群れ。それ、本当は陰陽師の一団とかじゃないのか?」


「村を襲ったのではなく、蜘蛛のあやかしを祓おうとしていた、と?」


「そして、返り討ちに遭った。推測の域は出ないがな」


 俺は倒れた城壁の上に登り、村を見晴らした。


「この村、交通の要衝だろ? 蜘蛛って羽虫が飛んでくるところに巣を張るんだ。そして、引っかかった虫を捕食する」


 ここで言う羽虫は旅人のことだ。

 そして、このナグモ村は巣。

 待っていれば、いくらでも餌のほうからやってくる。

 蜘蛛の大妖怪にとって、この上ない好立地だ。


 フリーフォール中に見た村の遠景。

 あれは、どう見ても蜘蛛の巣だった。

 街道に張り渡された巨大な蜘蛛の巣。

 その主がまっとうな存在だと俺には思えない。


 カズハも遠い目で村を見渡した。


「本来、あやかしに善も悪もありませぬ。善悪など人の都合にありますれば」


「ナグモも単に腹いっぱい食べたかっただけかもな」


 そこに信仰だの因習だの、人間の暗い一面が影を投げかけた。

 そうして、できあがった巨大な闇がこの村を覆っていたのだろう。


 東の空はまだ暗い。

 夜明けは遠い。

 あやかしの時代は続いていく。

 この闇の中でどう生きるか。

 そう問われたような気がした。


「拙僧も陰陽師の端くれ。人々の灯火とならねばなりませぬ」


 真っ直ぐなカズハの瞳は、朝焼けでも眺めているみたいに煌めいて見えた。


 ――ひょこっ!


「うお!?」


 俺の襟元から何か猿みたいなものが飛び出してきた。

 この猫っぽい毛ざわり。

 忍者っぽい装束ナリ

 つまみ上げてよく見ると、やはりルネの妖精、猿ノ進だった。

 こいつ、ちゃっかり盾の内側に隠れてやがったか。


「お前も妖精なら主人に付き従えよ。どこまでも」


『ノー・ウィ。嫌でござる。姫の爆ぜ狂いには付き合いきれぬでござる』


 ノー・ウィってなんだ。

 Non(ノン)じゃダメなのかよ。

 ウィしか言えないのな。


『姫からメッセージでござる』


 天界と交信できるのか、この猿。

 尻尾がアンテナか?


 で、なんて?


『さっさと帰ってきて私のレポート手伝いなさいよ、と姫はお怒りでござる』


「主筆だろ、自分で書けよ。そう伝えてくれ」


『ウィ』


 ま、そういうわけだ。

 俺もそろそろ、おいとまするか。


「すまん、カズハ。今、ちょっと架空の猿と話してた。忍術で」


「そう……でありましたか。ほう」


 カズハは絵に描いたようなドン引きを見せてくれた。

 さすがに忍術と言い張るのにも限界はあるか。


「俺は大名に報告を上げるから、これにて失敬つかまつる。ニンニン」


「短い間でしたが、寂しくなりますね。共闘、感謝申し上げまする」


 カズハは深く頭を下げ、さて、と意気込みを覗かせた。


「拙僧もやらねばならぬことが山と積まれており申す。またどこかでお会いしましょう、ユーシン殿。――しからば、おさらば!」


 笠の下に笑顔を残し、ルネは夜の闇に消えていった。

 シャン、シャン、と錫杖の音がどこまでも聞こえていた。

 不思議とまたどこかで会うような気がした。


「しかし、なんだな……」


 カズハは同業の陰陽師にどう報告するのだろう。

 空飛ぶ忍者が妖怪を倒してくれました、と報告したら、きっとキツネに化かされたと笑われるに違いない。

 うん、まあ、人は笑われながら大人になっていくものだ。

 俺は祈るよ。

 あいつの成長をな。


 俺はメニュー画面に触れ、『仏暁界フキヨエ』をあとにした。


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