41 蜘蛛に化ける村(16)
本堂に夜の静寂が戻ってきた。
事故車のような有様になったナグモを、住職は茫然と見つめていた。
涙がつっと頬を伝った。
ちょっと同情。
邪教とはいえ、御神体がスクラップじゃ泣きたくもなるわな。
「ユーシン殿ユーシン殿、忍術ですか!? やはり忍術なのですね!? あの大妖を葬り去るとは! 拙僧、忍者に憧れ申した! 忍者すごいすごい!」
カズハがぴょんぴょんしながら拍手喝采を贈ってくる。
純な瞳が痛い。
騙してごめんな。
「ま、さっすがユーシンって感じね。見せ場を持っていかれたわ。先輩天使としてイイトコ見せようと思ってたの――にッ!」
ルネが住職を蹴倒した。
腕組みしてハゲ頭を踏みつけ、悪役令嬢みたいにケラケラ笑っている。
ひでえな。
そして、えらく板についている。
「毎回やっているのか、それ?」
「あんたがそうしろって言ったんじゃない」
「俺が? ……あー」
言ったかも。
言ったな。
言った。
思い出した。
トコ村を出て、狼に囲まれたとき言った。
――ルネ、もう泣くな。お前に泣き顔は似合わん。お前は腕組みして人を足蹴にしながら笑うのが似合う奴だ。町一番の立派な悪役になれ。
言った言った。
それでか。
意外と律儀だな。
……いや、律儀なのか、これは?
「これにて一件落着ね。村ひとつ壊滅させた妖怪にしてはあっけない最期だったわね。歯応えがなさ過ぎて、終わった気がしないわ」
そう言った後で、ルネがニチャアと笑った。
「うふっ。私、これ知ってるわ! 死亡フラグって言うんでしょ!? ねえ、ユーシン。私たち、この案件が終わったら結婚しましょ!」
「おいやめろ。嬉々としてフラグを立てんな」
「大丈夫よ。現実じゃそうそうフラグ回収なんてこと起きないん、だか、……ら?」
ルネの顔から血の気が引いた。
俺もたぶん青い顔をしている。
スクラップと化したナグモの亡骸で黒いものがうごめいている。
死亡フラグかどうかは知らない。
だが、確実にこれだけは言える。
これ、まだ終わっていないパターンだ。
ナグモの腹のあたりから黒いものが湧き出してくる。
小さな蜘蛛だった。
子蜘蛛だ。
何千何万といる。
住職が歓呼の声を上げた。
「ああ、ナグモ様! ナグモ様が命の種をお残しになられたのだ! 幼き神々が芽吹かれた! ふはは、ナグモ様は不滅なり! 我らの信仰は潰えぬぞ! ――あ」
子蜘蛛の群れが住職を呑み込んだ。
黒いシルエットが両腕を振っている。
苦しみ、もがき、そして、動かなくなった。
子蜘蛛たちの隙間に干からびた住職の姿が見えた。
ま、そういう死亡フラグもあるよな。
子蜘蛛は黒い波となって俺たちのほうに押し寄せてきた。
「御・火垂遡・炎濁波!」
カズハが炎の法術を振るった。
火炎の波が黒い波とぶつかる。
虫って火に弱そう。
だが、墨汁から生まれた蜘蛛はある意味、水属性だった。
「拙僧の法術では抑えきれませぬ……!」
「私の爆薬なら散らせるとは思うけど」
ルネは微妙な顔をしている。
俺たちが危難を逃れるだけなら、それでいい。
だが、この子蜘蛛たちが大社の外に出るようなことがあれば、周辺の集落がナグモ村と同じ目に遭いかねない。
それは、まずい。
子蜘蛛はとにかく小さい。
数も多い。
爆薬で大社を倒壊させても1~2割は生き延びるだろう。
俺はとっさに【デコイ人形】を投げた。
ペットボトル大の人形がバルーンのごとく膨らんだ。
起き上がりこぼしのように立ち上がって派手に光る。
効果は、【周囲の注目を集める】。
俺を模したデク人形が黒波に呑まれた。
ゾッとする。
仮初の肉体だとしても、ああはなりたくない。
「デコイの有効時間は30秒だ。誰かレア度Sの殺虫剤持ってる?」
尋ねてみた。
が、誰もうんと言わない。
そりゃそうだ。
「私のとっておきを切るわ」
わずかな沈黙の後で、ルネが名乗りを上げた。
「何か手があるのか?」
「ええ。権能を使うの」
言い終わらぬうちに、ルネの頭上で天使の輪が赤い光を放ち始めた。
女神からの贈り物であるスキルと違って、権能は自分で能力を作れるらしい。
「ルネの権能って?」
「え、自爆」
「……」
「正式名称は、『投身爆発』。自分の体を爆弾に変えて爆散するの」
「……」
「なんか言いなさいよ。私がおかしいみたいじゃない」
お前はおかしいよ。
どんだけ爆発物に固執してんだよ。
「あんただって三ツ眼狼と差し違えたんでしょ? 私もあんたみたいにかっこよく散りたかったのよ」
ルネは照れた。
このシチュエーションでよく照れられるな……。
お前はすごいよ。
「スキルと併用するわ。私の体重と等価の爆薬が威力5倍で炸裂することになる。子蜘蛛が100億匹いても関係ないわ。全部消し飛ばしてやる」
ルネは本気だ。
真剣な表情に……ちょっとのワクワク感。
こういうときのルネが一番本気度が高い。
もう導火線に火はついた。
それに、ほかに手段もなさそうだ。
俺も腹を決めた。
「なら、いいものがある。使ってくれ」
俺は【爆弾ベスト】を取り出した。
さすがのルネもこれには顔が死ぬ。
「ねえ、ユーシン。私、最愛の人から爆弾着せられそうになってんですけど」
「俺もだ。ひどい世の中だよ。オラさっさと着ろ」
「ご、強引なのも悪くないわね」
赤い輪が輝きを増し、ルネの体が結晶化していく。
まるでルビーの彫像だ。
長くたなびく漆黒の髪が紅蓮に染まった。
「私、ゆるせないのよね。因習村の住人って」
ぼそっとルネがそう言う。
「自由に飛べる翼があるのに、わざわざしがらみに囚われて。けったくそ悪いじゃない」
母親から度を越した束縛を受け続けたルネ。
ずっと自由になりたいと願い続けてきた。
そんな彼女から見れば、因習村ほど馬鹿げた鳥籠はないのだろう。
「あ、あの、ユーシン殿? ルネ殿は何を……」
カズハが俺の衣服を引っ張る。
「花火になるんだと」
「花火……!?」
「綺麗に咲いてやろうじゃないの!」
ニカッと笑ったルネが、ぎゃっ、と悲鳴を上げる。
「カズハのこと忘れてたわ……。どうしよ。もう爆発しちゃうんですけど」
とんだポカミスだな。
「安心しろ。俺がいい盾を持っているからな」
俺は左腕の袖をまくった。
神器『贄の御盾』――。
夜、微妙にまぶしくて眠りを妨げられるこの光る紋様にやっと出番が来た。
ルネの体重が4、50キロとして、それと等価の爆薬が5倍化。
さらに、爆弾ベストの威力も5倍。
300kg爆弾って感じか。
爆発の威力は想像もつかない。
俺は【所持品】の中で一番大きな金塊を引っ張り出した。
例の蜘蛛の黄金像だ。
電子マネーよろしく紋様にかざすと、金塊はテレポートする感じで消えた。
どこに飛んでいったのかは、まあ、お察しだ。
「準備オッケーだ、ルネ」
子蜘蛛のほうもデコイ人形に飽きたらしい。
ヘイトをこちらに向けつつある。
「ユーシン、愛してるわ!」
ルネが駆け寄ってきて、俺に口づけした。
照れ臭いな。
「俺もだ。ぶちかましてこい」
「やってやろうじゃないの!」
押し寄せる黒い波にルネはダイブした。
俺は『贄の御盾』を展開した。
黄金の盾が球形をなして俺とカズハを包む。
「『投身爆発』――――!!」
ルネの体が炎に変わって……。
すべてが真紅の閃光に呑み込まれた。




