表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/43

41 蜘蛛に化ける村(16)


 本堂に夜の静寂が戻ってきた。

 事故車のような有様になったナグモを、住職は茫然と見つめていた。

 涙がつっと頬を伝った。

 ちょっと同情。

 邪教とはいえ、御神体がスクラップじゃ泣きたくもなるわな。


「ユーシン殿ユーシン殿、忍術ですか!? やはり忍術なのですね!? あの大妖を葬り去るとは! 拙僧、忍者に憧れ申した! 忍者すごいすごい!」


 カズハがぴょんぴょんしながら拍手喝采を贈ってくる。

 純な瞳が痛い。

 騙してごめんな。


「ま、さっすがユーシンって感じね。見せ場を持っていかれたわ。先輩天使としてイイトコ見せようと思ってたの――にッ!」


 ルネが住職を蹴倒した。

 腕組みしてハゲ頭を踏みつけ、悪役令嬢みたいにケラケラ笑っている。

 ひでえな。

 そして、えらく板についている。


「毎回やっているのか、それ?」


「あんたがそうしろって言ったんじゃない」


「俺が? ……あー」


 言ったかも。

 言ったな。

 言った。

 思い出した。

 トコ村を出て、狼に囲まれたとき言った。


 ――ルネ、もう泣くな。お前に泣き顔は似合わん。お前は腕組みして人を足蹴にしながら笑うのが似合う奴だ。町一番の立派な悪役になれ。


 言った言った。

 それでか。

 意外と律儀だな。

 ……いや、律儀なのか、これは?


「これにて一件落着ね。村ひとつ壊滅させた妖怪にしてはあっけない最期だったわね。歯応えがなさ過ぎて、終わった気がしないわ」


 そう言った後で、ルネがニチャアと笑った。


「うふっ。私、これ知ってるわ! 死亡フラグって言うんでしょ!? ねえ、ユーシン。私たち、この案件が終わったら結婚しましょ!」


「おいやめろ。嬉々としてフラグを立てんな」


「大丈夫よ。現実じゃそうそうフラグ回収なんてこと起きないん、だか、……ら?」


 ルネの顔から血の気が引いた。

 俺もたぶん青い顔をしている。

 スクラップと化したナグモの亡骸で黒いものがうごめいている。

 死亡フラグかどうかは知らない。

 だが、確実にこれだけは言える。

 これ、まだ終わっていないパターンだ。


 ナグモの腹のあたりから黒いものが湧き出してくる。

 小さな蜘蛛だった。

 子蜘蛛だ。

 何千何万といる。

 住職が歓呼の声を上げた。


「ああ、ナグモ様! ナグモ様が命の種をお残しになられたのだ! 幼き神々が芽吹かれた! ふはは、ナグモ様は不滅なり! 我らの信仰は潰えぬぞ! ――あ」


 子蜘蛛の群れが住職を呑み込んだ。

 黒いシルエットが両腕を振っている。

 苦しみ、もがき、そして、動かなくなった。

 子蜘蛛たちの隙間に干からびた住職の姿が見えた。

 ま、そういう死亡フラグもあるよな。


 子蜘蛛は黒い波となって俺たちのほうに押し寄せてきた。


オン火垂遡カダルソ炎濁波エンダッハ!」


 カズハが炎の法術を振るった。

 火炎の波が黒い波とぶつかる。

 虫って火に弱そう。

 だが、墨汁から生まれた蜘蛛はある意味、水属性だった。


「拙僧の法術では抑えきれませぬ……!」


「私の爆薬なら散らせるとは思うけど」


 ルネは微妙な顔をしている。

 俺たちが危難を逃れるだけなら、それでいい。

 だが、この子蜘蛛たちが大社の外に出るようなことがあれば、周辺の集落がナグモ村と同じ目に遭いかねない。

 それは、まずい。


 子蜘蛛はとにかく小さい。

 数も多い。

 爆薬で大社を倒壊させても1~2割は生き延びるだろう。


 俺はとっさに【デコイ人形】を投げた。

 ペットボトル大の人形がバルーンのごとく膨らんだ。

 起き上がりこぼしのように立ち上がって派手に光る。

 効果は、【周囲の注目ヘイトを集める】。

 俺を模したデク人形が黒波に呑まれた。

 ゾッとする。

 仮初の肉体だとしても、ああはなりたくない。


「デコイの有効時間は30秒だ。誰かレア度Sの殺虫剤持ってる?」


 尋ねてみた。

 が、誰もうんと言わない。

 そりゃそうだ。


「私のとっておきを切るわ」


 わずかな沈黙の後で、ルネが名乗りを上げた。


「何か手があるのか?」


「ええ。権能を使うの」


 言い終わらぬうちに、ルネの頭上で天使の輪が赤い光を放ち始めた。

 女神からの贈り物であるスキルと違って、権能は自分で能力を作れるらしい。


「ルネの権能って?」


「え、自爆」


「……」


「正式名称は、『投身爆発』。自分の体を爆弾に変えて爆散するの」


「……」


「なんか言いなさいよ。私がおかしいみたいじゃない」


 お前はおかしいよ。

 どんだけ爆発物に固執してんだよ。


「あんただって三ツ眼狼(サードアイ・ウルフ)と差し違えたんでしょ? 私もあんたみたいにかっこよく散りたかったのよ」


 ルネは照れた。

 このシチュエーションでよく照れられるな……。

 お前はすごいよ。


「スキルと併用するわ。私の体重と等価の爆薬が威力5倍で炸裂することになる。子蜘蛛が100億匹いても関係ないわ。全部消し飛ばしてやる」


 ルネは本気だ。

 真剣な表情に……ちょっとのワクワク感。

 こういうときのルネが一番本気度が高い。

 もう導火線に火はついた。

 それに、ほかに手段もなさそうだ。

 俺も腹を決めた。


「なら、いいものがある。使ってくれ」


 俺は【爆弾ベスト】を取り出した。

 さすがのルネもこれには顔が死ぬ。


「ねえ、ユーシン。私、最愛の人から爆弾着せられそうになってんですけど」


「俺もだ。ひどい世の中だよ。オラさっさと着ろ」


「ご、強引なのも悪くないわね」


 赤い輪が輝きを増し、ルネの体が結晶化していく。

 まるでルビーの彫像だ。

 長くたなびく漆黒の髪が紅蓮に染まった。


「私、ゆるせないのよね。因習村の住人って」


 ぼそっとルネがそう言う。


「自由に飛べる翼があるのに、わざわざしがらみに囚われて。けったくそ悪いじゃない」


 母親から度を越した束縛を受け続けたルネ。

 ずっと自由になりたいと願い続けてきた。

 そんな彼女から見れば、因習村ほど馬鹿げた鳥籠はないのだろう。


「あ、あの、ユーシン殿? ルネ殿は何を……」


 カズハが俺の衣服を引っ張る。


「花火になるんだと」


「花火……!?」


「綺麗に咲いてやろうじゃないの!」


 ニカッと笑ったルネが、ぎゃっ、と悲鳴を上げる。


「カズハのこと忘れてたわ……。どうしよ。もう爆発しちゃうんですけど」


 とんだポカミスだな。


「安心しろ。俺がいい盾を持っているからな」


 俺は左腕の袖をまくった。

 神器『贄の御盾』――。

 夜、微妙にまぶしくて眠りを妨げられるこの光る紋様タトゥーにやっと出番が来た。


 ルネの体重が4、50キロとして、それと等価の爆薬が5倍化。

 さらに、爆弾ベストの威力も5倍。

 300kg爆弾って感じか。

 爆発の威力は想像もつかない。


 俺は【所持品】の中で一番大きな金塊を引っ張り出した。

 例の蜘蛛の黄金像だ。

 電子マネーよろしく紋様にかざすと、金塊はテレポートする感じで消えた。

 どこに飛んでいったのかは、まあ、お察しだ。


「準備オッケーだ、ルネ」


 子蜘蛛のほうもデコイ人形に飽きたらしい。

 ヘイトをこちらに向けつつある。


「ユーシン、愛してるわ!」


 ルネが駆け寄ってきて、俺に口づけした。

 照れ臭いな。


「俺もだ。ぶちかましてこい」


「やってやろうじゃないの!」


 押し寄せる黒い波にルネはダイブした。

 俺は『贄の御盾』を展開した。

 黄金の盾が球形をなして俺とカズハを包む。


「『投身爆発』――――!!」


 ルネの体が炎に変わって……。

 すべてが真紅の閃光に呑み込まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ