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40 蜘蛛に化ける村(15)


「おのれ、面妖な者どもめ! ここをナグモ様のご神域と知っての狼藉か!」


 住職風の男が口角泡を飛ばしてブチギレる。

 茹でダコみたいにカンカンだ。

 ルネがゾクゾクした表情になったのを俺は見逃さない。

 いかにも悪人の吐きそうなセリフが返ってきたから歓喜しているのだ。


「あんたが悪の総帥ね!」


 瓦礫に舞い降りたルネはさっそく正義の天使ロールプレイングを始めた。

 ずんずんと住職に詰め寄って、――バキッ。

 あっ。

 いきなり顔面をぶん殴った。

 それも、メリケンサック付きグローブを装備した手で、だ。


「ええっと……。まず話を聞いたほうがいいんじゃないのか?」


 困惑気味に問う俺。


「私、漫画やアニメは好きよ? でも、悪役キャラが自分の罪をべらべら白状するシーンは嫌いなのよね。ご都合だなって感じて冷めちゃうもの」


 それはそう。


「でも、話を聞かなきゃ殴っていい奴かどうかわからないだろ」


「わかるわよ。私にはわかるわ」


 どこから来る自信だ?

 根拠は?

 なぜ、わかる?

 そいつは、悪人しか殴れない魔法のグローブなのか?


「そもそも、私は戦闘型だもの。私に入る案件は暴力で解決できるものが多いのよ。人に会ったら、とりあえず殴る。それが正解ってわけ」


 あんたもやってみなさいよ、スカッとするわよ、とルネは白い歯を覗かせた。

 お前なんか戦闘型じゃない。

 ただのチンピラ型のテロリストだ。


「ん、ごおお……」


 悶絶していた住職は鼻血をぼたぼた落としながら平伏した。

 ルネに土下座は通用しないぞ?

 と思ったが、どうも違うらしい。


「ああ、偉大なりやナグモ様。かしこみかしこみ申し上げる。この不敬極まる亡八者どもに、どうぞ無慈悲なる膺懲の鉄槌をお下しくだされ」


 その言葉はどうやら瓦礫の下に向けられているようだった。

 そして、すぐに返答があった。

 本堂がずん、と揺れる。

 クジラが水面を持ち上げるように、瓦礫が盛り上がった。

 土砂の滝から現れたのは、巨大な蜘蛛だった。

 それこそ、クジラみたいにデカイ。

 体は黒く、闇のよう。

 その闇の中に8つの眼が赤黒くぼおっと光っていた。


 向かって左、2番目の脚が欠けている。

 これが、この村に巣食う黒蜘蛛の王。

 諸悪の根源。

 七蜘蛛ナグモか。


「おお、ご無事でありましたか、ナグモ様! ご尊体、麗しきにして傷ひとつないご様子! さすがは我らの神! 素晴らしい素晴らしい!」


 住職は嬉ションしそうなほど震えている。

 俺はナグモから視線を切らず、顔だけカズハに向けた。


「あのあやかし、わかるか?」


「墨を操る黒き蜘蛛……。おそらく『硯黒隠スズリゴモリ』でありましょう。すずりに隠れて墨をすする低俗なあやかしです。やけに、墨の乾きが早いときは、たいてい、このあやかしの仕業なのです」


 そういえば、俺も小学校の国語で経験がある。

 まあ、普通に乾いただけだと思うが。


「まま見るあやかしですが、これほどまでに大きなものは拙僧、初めて見申した」


 カズハは肝を潰している。

 となると、相当特異な個体なのだろう。


『ぎょこおおぉぉおおぉお……ッ!!!』


 ナグモが咆哮した。

 遠くの山まで届くような大音声だった。

 呼応するように、村のあちこちで気配が立つ。

 本堂の窓から黒蜘蛛の群れが雪崩れ込んできた。


 黒蜘蛛たちはトンネルに吸い込まれる車列のようにナグモの腹に飛び込んでいく。

 そのたびにナグモの体は大きくなった。

 ドス黒い体に赤みが差す。

 黒蜘蛛たちが持ち帰った生き血を取り込んだのだ。

 墨より栄養があるのだろう。

 妖気の禍々しさがハンパないことになっている。

 もぎょん。

 脚も生えてきた。


「うわっはっはっはっは!!」


 住職が高笑いした。


「ナグモ様が今! ここに! 復活を遂げられたのだ! 我々の信仰の結実である! 忌まわしき仏の世は終わりを告げ、偉大なる唯一神、ナグモ様の治政が始まるのだ! ナグモ様、万歳ぁあああいいッ!」


 村の皆にも伝えねば、などと住職は小躍りしている。

 自分以外の村民がとうに干物化していることを知らないのだろう。


「さあ、ひれ伏すがいい! こちらにおわすお方こそ新世界の神である! 平伏し、不敬を詫びよ! さすれば、貴様らも我らが神の供物として四肢を引きちぎってくれようぞ! うわははは!」


 あはは……。

 聞くに堪えないスピーチだ。


 俺は【魔法少女用ラブ・ピストル】をナグモに向けた。

 引き金を引く。

 引きっぱなしにする。

 連射だ。

 桃色のきゅんきゅん旋風が巻き起こった。

 ナグモの巨体にハートの輪が巻き付く。

 何重にもぐるぐる巻きにしていく。

 くしくも、それは、ピンク色の繭玉に見えた。

 可愛い見た目に反し、その繭玉は残酷だった。

 大蛇のようにギリギリと締め付け……。


 ――ぼちゅ。


 巨大な繭玉が3分の1ほどのサイズに縮んだ。

 輪の隙間から墨汁とも血ともつかない液体が噴出する。


『ラブリィ・プリティーパワーが足りないよ。可愛いお花を見つけてチャージしてね』


 イラっとするボイスが脳内に響いた。

 この銃、おしゃべり機能付きなのか。

 弾切れだと言いたいらしい。

 用はすんだ。

 俺はラブ・ピをぽいっと投げ捨てた。


 桃色に輝いていた輪が霧散して消える。

 あとには、事故でぺしゃんこになった車のような、巨蜘蛛の亡骸が残されていた。

 Sレア武器、強っよ。


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