4 セックスしないと出られない村(2)
「この【レポートを書く】というのは?」
俺はメニュー画面を指してナビを見た。
タッチすると、半透明のキーボードが視界に浮かんだ。
『女神様への報告書を出す欄ですね。レポートを提出するか、仮初の肉体が破壊された時点で調査は終了となります』
メモ帳としてもお使いいただけるかと、とナビは付け加えた。
「死んだ唯一の利点がレポートを書かされずにすむ、ってことだったんだがな」
まあ、いい。
地域文化よりは筆が走りそう課題だ。
なんたってセックスしないと出られない村だしな。
「仮初の肉体、か」
俺は手をグッパーさせた。
軽く跳んでみる。
なんの変哲もない自分の体って感じだ。
脈も触れている。
たぶん血も赤い。
「羽なし、だっけか? 天使といっても、輪っかも翼もないんだな」
『ユーシン様はまだ駆け出し調査員ですので。経験と実績を積んでいけば、ほかの皆様と同じように特殊な力を秘めた光輪と、飛行能力を持った光翼が手に入るかと』
そういうものか。
そして、やはり、俺以外にも調査員はいるわけだ。
世界は無数。
因習村も無数。
となれば、天使も無数。
こうしている今も、蚊柱のように飛び交っていることだろう。
「それじゃ、行きますか。セックスしないと出られない村へ」
俺は行く手に見える村を睨んだ。
手はじっとり汗ばんでいる。
やっぱ普通に怖いな。
因習村って。
『ユーシン様にとっては初めての調査ですね。ですが、心配ご無用かと。女神様はお優しい方ですから、難易度・危険度ともにイージーな村を割り振ってくださったはずですよ』
と、ナビが気休めを言う。
「なら、あまり身構える必要もないのか」
『はい。チュートリアルだと思って、のんびり行くのがよろしいかと』
「ふむ。難易度低めな上に、比較的安全で、セックスまでさせてくれる村か」
すごいな。
急に天国に思えてきた。
「でも、初体験のレポなんてちょっと恥ずかしいな」
『初体験ではなく、村の実態をお願いします』
それもそうか。
頑張ろう。
『それと、もう遅いですが、ユーシン様』
ナビが俺の鼻先にとまった。
『当方、妖精ですので、ユーシン様にしか見えませんし、声も聞こえません。よって今、傍目にはユーシン様が一人でしゃべっているように見えるかと。完全に異常者ですね。ご注意を』
「誰が異常者だ」
と、言ったところで、俺は戦慄した。
もう遅い……だと?
「あんた、なに一人でしゃべってんのよ?」
突然、背中に声がかかった。
なるほど、たしかにもう遅いようだ。
俺は顔が熱くなるのを感じながら振り返った。
少女が一人、立っていた。
歳は俺と同じか、少し下。
背景の緑に真っ赤な髪が映えている。
化粧なし。
日焼けした肌。
髪には、くしさえ通していない。
田舎のイモ娘といった雰囲気だ。
でも、綺麗な子だ。
原石的な美観がある。
磨けば光りそう。
ぜひ、話をしてみたい。
手に鎌さえ握っていなかったらな。
俺は慌てて腹を守った。
だが、腹だけ守ってどうする?
中国拳法の構えを取ろうかと思ったが、やったことないからやめた。
ダチョウのものまねだと笑われるのがオチだ。
落ち着いてよく見れば、逆の手に野菜の入った竹籠を抱えている。
周りは畑。
農作業の途中だったのだろう。
「なんか言いなさいよ。今の今まで一人でくっちゃべっていたじゃないの」
胡乱な吊り目で睨まれる。
あばば、何か言わないと。
これ以上、怪しまれるのは困る。
調査に差し障りが出る。
俺は腹をくくった。
「俺の名はユーシン。セックスしないと出られない村があると聞いて調査に来た」
素性と目的をあえて明かす。
天使であることさえ黙っていればいい。
変に隠し立てすると怪しさに拍車をかけるだけだ、という判断。
「はぁ」
と、少女は気だるげにため息を吐く。
まーた馬鹿が来たわ、と顔に書いてあるぞ?
失礼な。
「私はエンフェールネン。フェルネでも、ルネでも好きに呼んで。私はあんたのこと馬鹿チンって呼ぶから」
おっと、これは手厳しい。
勝気な子だな。
『ユーシン様。この人間、完全に舐めてますよ。女神様に仕えし天使たるユーシン様に対して、なんと不敬な』
白く光っていたナビが黒々とした光に変わった。
『ユーシン様、このメスガキに御身の馬鹿チンをねじ込んで、まずは下の口から黙らせてやるのがよろしいかと』
「お前、凄まじく口悪いな……」
ドン引きのあまり、つい声に出してしまった。
だが、問題ない。
文脈的にはルネの言葉と矛盾はない。
ルネはふん、と鼻を鳴らした。
「あんた、町から来たの?」
「……町?」
そう言われ、落下中に見た地上の光景を思い出す。
山をひとつ挟んだ向こう側に小さな町があった。
じゃあ、そういうことにしよう。
「ああ、町でこの村のうわさを耳にしてな」
「ふーん。羨ましいわ。こんな村と違って、いいとこなんでしょうね」
ルネの声は暗く湿っていた。
村に不満があるのか?
因習を快く思っていないとか。
とも思ったが、都会に憧れる若者は珍しくない。
単に羨ましいだけかもしれない。
「それで、ずばり訊く。この村はセックスしないと出られない村なのか?」
俺は喉をごくりと鳴らした。
イエスorノー。
運命の瞬間だ。
「セックス? ああ、セックスね」
ルネはまた、ため息をついた。
そして、言った。
「そんなの私がしてあげるわ。お願い聞いてくれるなら、だけど」
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