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39 蜘蛛に化ける村(14)


 本堂には重くねっとりとした空気が満ちていた。

 息を深く吸っても肺に満足感が得られない。

 吸った分が吐き気に変換されていく。

 これがつまり妖気なんだ。

 肌身でそう理解できた。


 階下に降りてきたまではいいが……。

 ボス妖怪が待ち受けているだろう1階に直行する気力が湧かない。

 なので、俺とカズハは2階の内回廊からそっと様子をうかがっていた。


「今、最高に忍者っぽいな」


「この妖渦の中で軽口を叩けるとは。ユーシン殿こそ忍びの中の忍びでありましょう」


 自分でもそんな気がしてきた。


 1階には瓦礫の山ができている。

 蜘蛛の姿はない。

 だが、物音がする。

 人がいる。

 住職のような装いの、小太りの男。

 坊主頭が月明かりの中でてらてらと光っている。


 せっせと瓦礫を掘り返している。

 まるで我が子が生き埋めになっているかのような必死さだ。

 だが、同時に、死体を埋める穴でも掘っているような後ろ暗さも感じる。

 ルネの爆弾は炸裂しなかった。

 あの男がいたからか。


 と、そのとき、上のほうに気配を感じた。


「天知る、地知る、我は知る。悪虐坊主の非道千番。蜘蛛にまつわる虚々実々。常夜が罪を隠すとも、我が眼光りて闇を暴かん」


 よく通った声が響いた。

 どこの馬鹿が騒いでいるのかと思えば、うっわ……。

 ルネだった。

 紅の月を背後に背負い、真っ赤な翼を広げて下りてくる。

 降り注ぐ月光を一身に浴びている。

 無駄に絵になっている。


 月が出るのを待っていたのは登場用のスポットライトにするためだったのか。

 そう思うと、アホさが際立つ。

 アホだ。

 筋金入りのアホが降臨した。

 ただ、やはり美少女だ。

 スーパーアホな登場シーンなのに様になっている。

 美少女だと何をやっても見られるレベルになる。

 不思議だ。

 実際、住職的なハゲは圧倒されている。

 尻もちをついて後ずさりしている。


「我は天の使いなり。天網恢恢疎にして漏らさず。万事が貴様を赦すとも、天にまします我らの神は貴様の罪を赦しはしない。狂いに狂った因習を、今ぞこの手で打ち砕かん。我はルネ、闇夜に爆ぜし詔勅みことのり。天の裁きの具現なり」


 口上をよどみなく決め、登場シーンを無事成し遂げたルネが「よしっ!」と小さくガッツポーズしたのが俺にはわかった。

 猿ノ進が『姫! お見事でござる! ウィーウィー! お見事でござるー!』ともろ手を叩いて絶賛している。

 なんだこれ……。


「何やってんだよ、お前……」


 俺は共感性羞恥ってやつを味わいながら声をかけた。


「何って何よ?」


 ルネは意味がわからんって顔だ。


「天使は天より舞い降りるものじゃない。私を助けてくれたとき、あんたもそうだったでしょ?」


 そうだった。

 トコ村のルネ宅に中級飛行魔法のスクロールで颯爽と降臨したのだ。


「でも、俺は芝居がかったセリフを吐いた覚えはないぞ?」


「私、あんたのいた世界の文化を勉強したの。漫画やアニメってやつ。感銘を受けたわっ!」


 ルネは神の啓示を受けた信者みたいに打ち震えている。


「あー……」


 そういえば、そんなことを言っていたな。

 あれを教材にしちゃったか。

 カッコイイ登場シーンは様式美だ。

 どんな作品にも必ずある見せ場。

 誰だって一度は夢想するよな。

 俺もある。

 教室を占拠したテロリストを倒す展開の次くらいに夢想した。

 だが、実践に移すのは極ひと握りの馬鹿だけだ。


 ルネは片田舎の農村出身だ。

 テレビもねえ、ラジオもねえ、娯楽と呼べるものは何もねえ場所出身だ。

 ゆえに、耐性も免疫もない。

 染まるときは一瞬だ。

 ルネは染め上げられてしまったのだ。

 痛々しいあの病に。


「……」


 いやまあ、俺もなんとなく気づいてはいたよ?

 夜、ふと目を覚ますとベッドが空っぽ。

 ルネはいずこ?

 寝ぼけ眼をこすって寝室を見渡すと、テラスに人影あり。

 そいつは、真っ赤な髪を風になびかせ、自分に酔いしれたような声で謎の呪文を詠唱していた。

 そして、「ハッ!」と声を張り上げ、技名を叫ぶ。

 ずどーん、ずがががーん。

 そんな効果音を口にし、ほどなく、闇夜に響く高らかな笑い声。

 勝利宣言。


 ……そんなことが何度かあった。

 いや、何度もあった。

 毎晩の恒例行事になっていたと言っていい。

 朝もやっていた。

 朝練かよ、ってくらい毎日欠かさなかった。


 つまり、こいつはアレなのだ。

 異世界転生ってヤツを最ッ高に謳歌しているのだ。

 我が世の春なのだ。

 頭の中が完全にな。


 俺は隣のカズハをチラリと見た。

 彼女は初めて目にする文化に困惑していた。

 黒船来航を目の当たりにした漁師みたいにあっけに取られてルネを見上げている。

 その船、受け入れちゃダメだぞ。

 沈めるつもりでいけ。

 法術、使っていいから。


「あんたたちも何か言いなさいよ」


 と、ルネが迫る。

 俺にも痴態をさらせと?

 絶対に嫌だ。

 しかし、カズハのほうは乗り気だった。


「やあやあ、我こそは、天轟テンロク山は塩龍(ショウリュウ)寺、いずれ大僧正と音に聞こえし駆け出し陰陽師、我守晴カズハでござーい! 流れ流れて東へ西へ、妖怪退治の長い旅! 陰陽道中膝栗毛! 好きな食べ物、御芋さん! しがない旅の祓い人にござーい! お控えなすって!」


 意気揚々と1階に下りていく。

 そして、俺のほうを振り返る。

 ルネもだ。

 期待の目を月光に煌めかせて俺を見つめている。

 ……やらねえぞ?

 旅の恥はかき捨てというが、異世界だからって恥かけるか。

 黒歴史の旅はお前らだけでやれ。


 ほら、住職の人も困っているだろ。

 完全に蚊帳の外で所在なさげだ。

 悪役にも出番を作ってやれ。

 それが様式美ってもんだ。


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