37 蜘蛛に化ける村(12)
夕焼けの赤い空を背景にした七蜘蛛大社は、月並みな表現だが、血で濡れているように見えた。
早くもUターンしたい気分。
城のような門構えに反して、城門などはない。
来る者、拒まず。
無用心というより、餌が勝手に入ってくるほうが好都合なのだろう。
俺たちは身を隠すでもなく真正面から乗り込んだ。
大社は、巨大な蜘蛛のような構造をしていた。
本堂の周囲に8本の仏塔。
仏塔は空中廊下で本堂と繋がっている。
それが8本の脚に見える。
そして、全体的に八角形だ。
窓、柱、梁、本堂も仏塔も空中廊下も、すべて八角形だった。
因習は唾棄すべきものだ。
でも、ひとつの信念のもとに築かれた建物には美がある。
認めよう。
建物としては秀逸だ。
狂人は芸術に向いているのだ。
まだ日があるからだろう。
あやかしは出てこない。
石壁の一部が手招きしているように見えたが、きっと俺の気のせいだ。
散策は明るいうちにやっておきたいな。
「あの仏塔だけ、ぶっといわね」
ルネが向かって左側、前から2番目の仏塔を指さした。
ダジャレか?
それとも、たまたまか?
判断がつかず、俺はスルーを選択。
「廊下もほかと趣が違うで、あろうか」
カズハは果敢に重ねてボケた。
そして、しーん。
北風が吹いた。
カズハは顔を赤くして下を向いてしまった。
ガッツは認めよう。
よく頑張った。
「あれが失われた脚を表しているんだろうな」
その仏塔だけ荘厳に飾り付けられている。
空中廊下も装飾鮮やかで、蜘蛛を賛美する懸垂幕が風に揺られている。
中も察せられた。
そこはかとなく香るお宝の匂い……。
「本堂を調べる前に覗いてみるか」
仏塔の中をそっと覗き込む。
だろうだろうと思っていたが、貢ぎ物の山ができていた。
金銀財宝がどっさりだ。
宝剣、掛け軸、漆器、織物。
和風のお宝が祭壇を埋め尽くしている。
ミイラ化した脚や白骨化した腕も供えられているが……うん、猿か河童のものだろう。
そう思いたい。
「いずれの品も蜘蛛や八角形をかたどったものばかりですね」
カズハの意見に、俺は首を振って同意した。
蜘蛛の黄金像なんてものもある。
きっも。
……いけど、【所持品】の中に収納しておく。
蜘蛛印の大判小判もすべてもらっておく。
「……ユーシン、拾得物で私腹を肥やすと天警にどやされるわよ?」
ルネは軽蔑の目で俺を見ている。
失礼な。
これは、神器を発動させるための燃料みたいなものだ。
「ほっほう! 財宝が次々と消えてゆき申す。まっこと忍術とは面妖なり!」
収納シーンを見たカズハがもろ手を打って飛び跳ねている。
こいつ、そろそろ弟子入りさせてくれ、とか言いそうだな。
ズン――。
腹の底に音が響く。
上のほうだ。
木が裂ける音が続き、巨大な何かが地面に叩きつけられるような轟音がした。
本堂の1階にある窓が吹き飛ぶ。
砂塵が立ち込めた。
釣り鐘でも落ちたか!?
目を回していると、猿ノ進が猫な足取りで戻ってきた。
で、言う。
『姫、天守閣にて巨大な蜘蛛を見つけたでござる。拙者、床下に潜り込み、主柱を爆破し申した。奴め、見事に落下して瓦礫の下敷きにござる』
猿ノ進は小さな胸を誇らしげに張っている。
スキルで強化されているとはいえ、手投げ弾一発で敵の親玉を天守閣から引きずり下ろすとは。
天晴なり。
しかし、姫は唇を尖らせている。
「ペットの猿がラスボスを倒しました、じゃレポートが締まらないじゃない。このアホノ進」
『ウィ……。面目ないでござる』
落ち込む猿ノ進には悪いが、たしかに切実な問題だ。
どんな大冒険でも、レポートで評価ポイントを稼げなければ無駄骨だ。
今回は二人三脚。
ポイントも2人で折半になる。
見せ場作りは大事だ。
俺たち調査員は常に主人公のごとき立ち居振る舞いを心掛けねばならないのだ。
「お二方! 独り言はそこまでにされませ!」
カズハが鋭い声で警戒を促した。
半壊した本堂から黒い霧があふれ出していた。
それは、次第に蜘蛛の形を成し、黒蜘蛛に変わった。
数十匹はいるか。
本堂を守るように布陣している。
日は完全に没し、夜が到来した。
ここからは、妖怪退治の時間だ。
俺は銃を構えた。
魔法少女用じゃなければ、主人公感出せたんだけどな……。




