36 蜘蛛に化ける村(11)
ルネ調べでは、ナグモ村がゴースト・ヴィレッジと化したのは、ここ数日のことらしい。
「だから、まだ生きてる奴もいると思うわ。助ける価値があるかは知らないけど」
ルネは関心なさげにそう評した。
ミイラ取りがミイラに。
愚か者にはお似合いの末路だと考えているのだろう。
しかし、繭玉の中に囚われている人間はなにも村人だけではない。
哀れな旅人が1人でもいるなら助けてやらねば。
「ってワケで、蜘蛛の親玉を爆殺するわよ!」
「異論はない。が、もう少し穏やかな表現をだな……」
「拙僧も頑張り申す!」
そういう方針で我々は一致した。
救出も妖怪退治も調査員の仕事ではない。
が、頬かむりを決め込めば、女神の名が泣こう。
「カチコミよ!」
意気揚々と七蜘蛛大社を目指すルネ。
俺とカズハは家来みたいに付き従った。
東の山から昇った太陽が、西に届かぬうちに沈んでいく。
太陽が低いのだ。
南南東から昇って南南西に沈んだというのが実際だろう。
白かった空にわずかな赤が差している。
またあやかしたちの時間がやってくる。
「俺、この世界嫌い」
「私は好きよ。楽しめるもの!」
手投げ弾を指の上でくるくる回しながら、爆弾魔はそんなことを言っていた。
◇
ナグモ村の中心。
七蜘蛛大社――。
近くで見上げると、その威容がよくわかった。
雲を突くような高さだ。
小さな村にあっていい構造物じゃない。
大波のように反り上がった石積みの壁などは、もはや城である。
天守閣まであるガチっぷりだ。
「村人の信仰心の具現だな」
四肢を捧げるだけじゃ飽き足らず、飢饉のさなか、せっせと苦役に励んだのだろう。
蜘蛛のための村って感じだ。
「城に潜入か。忍者の血が騒ぐな」
「あんた、いつ忍者になったのよ……」
俺に的確なツッコミを入れた後、ルネは思い出したように言った。
「でも、忍者っぽい奴ならいるわね。出ていらっしゃい、猿ノ進!」
『ウィ』
光が弾けて、小猿が現れた。
猫っぽい猿だ。
忍びの衣装を身につけている。
妙にふわふわしていて存在感が希薄な奴だった。
「私の妖精よ」
ほう、妖精か。
俺についていたナビ妖精はどこかに消えてしまった。
こうして使い魔のごとく使役することもできるのか。
なでてやると、ゆるふわな毛並みに癒やされた。
でも、ガブリ。
指を咬まれる。
「この猿、胡乱な顔で睨んでくるんだが」
「ユーシンと二人で過ごす時間を邪魔されたくなかったから、私ずっと猿ノ進をOFFの設定にしてたのよ。だから、スネてるのね」
OFFの設定って……。
ひでえ飼い主だ。
「俺じゃなくルネに咬みつけよ」
『姫の指はしゃぶるもの。咬みつくなどもってのほかにござる』
猿ノ進はルネの人差し指を棒付きキャンディーみたいに舐め回している。
殺してやろうか?
「やだ、ユーシンがやきもち妬いてるー!」
『キッキー!』
ルネと猿ノ進が同じ顔であおってくる。
飼い主とペットは似るって本当なんだな。
つか、姫って呼ばせてんのか。
田舎の小娘のくせに生意気な。
「妖精は何かと便利よ。偵察にも使えるし、支援攻撃とかしてくれる奴もいるわね」
「じゃあ、俺も自分の妖精を持つべきだな」
どこで捕獲するのだろう。
虫っぽかったから天界の草むらとかか?
「お前、便利なんだな」
褒めてやると、猿ノ進はルネの頭の上で鼻を高くした。
『ウィ』
「うぃ?」
「猿ノ進はフランス語かぶれの忍者って設定なの」
「の割には『はい』しか言わねえのな」
『ウィ』
ルネが猿ノ進に手投げ弾を渡した。
なんのつもりだ?
「猿ノ進、あんたは先行しなさい。怪しいところを見つけたら、それ投げ込んでおきなさい」
『ウィでござる!』
猿ノ進は巻尾で手投げ弾を絡め取ると、猫っぽい身のこなしで城壁を越えていった。
おっかない猿だ。
「うっわ……」
少し離れたところから、そう聞こえてきた。
カズハが俺たちを見てキモがっている。
俺はルネに顔を寄せた。
「もしかして、猿ノ進は天使にしか見えないのか?」
「そういう設定にしているわね。爆弾運ばせる都合、見えると困るもの」
「じゃあ、俺たち今、見えない猿を可愛がっていたのか……」
「道理でキモがられるわけだわ……」
二人揃って震撼した。
カズハには妖気が見えるが、俺たち天使には見えない。
俺たち天使には妖精が見えるが、カズハには見えない。
ここらへんは知的好奇心がくすぐられる差異だ。
それでは、我々も城に潜入するとしますか。




