35 蜘蛛に化ける村(10)
ズゥゥン、ゴズゥゥンン、と巨人の足音のように爆音が轟く。
なぜかルネの顔が頭に浮かんだ。
満面の笑みでダブルピースしながら爆炎をほとばしらせている。
あいつのスキルは『爆破マスター』だ。
この中世のご時世に爆発物を持ち歩いているのもルネくらいのものだろう。
派手に暴れることで俺を呼んでいるのかもしれない。
爆心地に行ってみるとしよう。
クソガキはとりあえず縄で縛って柱にくくりつけておいた。
シュヒャナは歩けるまでに回復していた。
もともと旅稼業で足腰は強い。
隣の村までは自力でたどりつけるだろう。
「拙僧の式神をお連れくだされ」
カズハは人の形をした紙――ヒトガタを宙に投じた。
それは、トンボのようにスイーっと飛んで、シュヒャナを守る位置につく。
カズハいわく、ヒトガタには簡単な法術が付与されているらしい。
ドローンのように周囲を飛び、妖怪を見つけたら攻撃するそうだ。
日があるうちは妖怪の活動も鈍る。
硬化薬も効いている。
式神の護衛があれば、無事村から出られるだろう。
シュヒャナが道草を食わなければ、の話だが。
そもそも、シュヒャナはなぜこんな荒涼とした村にいたのだろう?
村の内情を知っていたのなら、普通避けて通るはず。
「さてはあいつ、火事場泥棒だな……」
道草食わねえよな?
去っていく背中にそう問いかける。
食いそうだな……。
そして、食ったときが、あいつが食われるときだ。
自業自得だ。
同情はしない。
カズハを連れだって、朝の村を疾駆する。
派手な爆発が連鎖している。
このままじゃ村が消し炭になるのも時間の問題だ。
橋を渡って川沿いに進んだところで、空に何か見えた。
人だ。
赤い翼を生やした黒髪の乙女が空から爆弾を投げ散らかしている。
「ユーシン殿! あれに見えるは、なんという妖怪でありましょう?」
「あー、あれはだな。エンフェールネンって妖怪だな」
「あんな火力高めの妖怪、拙僧、見たことありませぬ」
「経験不足だな。場数を踏め、場数を」
「うう、申し訳ありませぬ。で、滅殺しますか、ユーシン殿?」
「いや、やめろ。こっちが爆殺される」
おーい、と遠巻きに手を振っていたら、爆撃機の妖怪がこちらに気づいて下りてきた。
やはり、ルネである。
「あっ、ユーシン。村でテキトーに暴れてたら来てくれると思ったわ」
「俺は警察か何かか?」
さすがに生身で空爆する異常者の取り締まりは管轄外だろう。
ルネは地上1メートルあたりで翼をたたみ、俺に飛びついてきた。
硬いところ同士が当たって、ちょっと痛い。
だが、ぎゅーっと抱きつかれるのは悪いものではない。
むしろ、いい。
いい匂いがする。
焦げた臭いもする……。
「よかった」
と、聞こえるか聞こえないかの声で言われた。
心配してくれていたようだ。
ま、俺はルネを微塵も心配してないがな。
他人様の町を空爆する奴のどのへんに心配が必要なのか。
ルネが顔を上げた。
「ユーシン、この村、化け蜘蛛に支配されているわね。繭玉の中には人がいて、蜘蛛のおやつになってたわ。あ、でも、助けなくていいっぽいわね。因習村の馬鹿村民が自滅しただけみたいだし」
ルネのほうでも俺と同じ結論に至ったようだ。
旅人の四肢を裂き、蜘蛛になろうとする因習村の村人たち。
そこに付け込み、村人を繭玉に閉じ込めた妖怪。
どうやら、それがこの村の全容らしい。
「こっちも、だいたいそんな感じだ。あとは、親玉の顔を拝んで終わりかな」
「カチコミねっ! 派手にぶちかましましょ!」
すでに、だいぶ派手な振る舞いをしているお方が、太陽みたいな笑みをたたえている。
と、ここで、俺の肩をツンツンする者があった。
「ユーシン殿、ユーシン殿」
カズハである。
なんだか知らないが、まばゆいものを見る目でルネを見つめている。
「こちらの御仁はどなたでありましょう? 空を飛ぶほどの忍術を扱うとなれば、さぞ高名な忍びの方かと推察します。しかし、拙僧、エンフェールネン殿という名の忍者は寡聞にして存じ上げませぬ」
「腕利きの忍者ってのは無名なんだ。名前すら残さない。このすごさがわかるか?」
「誰が忍者よ」
ゲシッ。
脇腹に肘鉄が突き刺さった。
「ルネ、紹介しよう。こいつは、天轟山塩龍寺は我守晴上人と呼ばれることを目指す者だ」
「独特の紹介するわね。意味がわからないわ」
ルネは俺の腕に抱きつき、警戒感剥き出しでカズハを睨んだ。
「なによ。可愛いじゃないの。私とどっちが可愛いのよ? 正直に答えなさいよ、ユーシン」
「酔っ払いか、お前は……」
飲酒運転で爆撃してたんか?
やべーな。
不意に、カズハが目を鋭くした。
ルネも同じタイミングで懐から手投げ弾を取り出した。
迷わずピンを抜く。
何かと思えば、民家の中に黒蜘蛛がいる。
ルネは逡巡すらなく危ないブツを放り込んだ。
閃光と轟音。
屋根や壁を食い破って火炎が噴き出す。
民家が全壊した。
明らかに手投げ弾の威力じゃない。
スキルで増強されているのだ。
「やめろ、ルネ!」
俺は当然止める。
「だって、雑魚妖怪がわらわら鬱陶しいんだもの」
「いやいや、建物の中に人がいたらどうする!?」
「私のスキル『爆破マスター』は殺傷範囲内に人がいる場合、爆発しないように設定できるのよ」
「器用な爆弾魔だな。でもこれ、火事にならないか?」
「この村ってある種の巨大な蜘蛛の巣なのよ。あの蜘蛛ども、家を燃やすと我先にと火に飛び込んでいくわ」
ルネの言うとおりだった。
燃え盛る瓦礫に向かって黒蜘蛛たちが突っ込んでいく。
そして、自ら炎に身を投げた。
墨汁をぶちまけ、火を消しにかかる。
自分の体を消火剤にして、懐雲村を守ろうとしているのだ。
「飛んで火にいる夏の虫ってやつね。ちょっと燃やしとけば、しばらく襲ってこないわ」
「これが戦闘型か。荒々しいが合理的だな」
「もっと褒めなさい!」
ふふん、と尊大に胸を張るルネ。
俺とカズハは、おおおおお、と賛美の声を響かせ、惜しみない拍手を送った。
「さっ、今後の方針を話し合いましょ!」
そうしよう。




