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33 蜘蛛に化ける村(8)


「私は旅の薬売りで、名を酒百長シュヒャナと申す」


 おっさん歴3年目くらいの男がたたみの上で背筋を正した。

 落とし穴にいたせいか、疲弊している。

 だが、頬は紅潮していた。

 バフ・ポーションが著効したようだ。


 シュヒャナは言った。


「まずは、命の恩人に礼を述べる。おはよう!」


「……」


「……」


 宿屋は静寂に包まれた。


「なあ、カズハ。急にボケだすおっさんが一番キツいよな?」


「拙僧も同じことを思うておりました。なぜ、あんな御仁を助けたのですか、ユーシン殿」


「忸怩たる思いだ」


 二人で冷めた視線を送っていたら、シュヒャナのおっさんは居心地悪そうにケツをもじもじさせた。

 さっさと本題に入れ。


「私がこの懐雲ナグモ村に通い始めて、そろそろ20年ほどになる。村外の人間で、私より内情に明るい者はおらぬだろうな」


「あまり信用できそうにないな。でも、耳にまぶたはない。チッ、聞いてやるか」


「舌打ちすることなかろうに……」


 俺に半目を向けた後で、シュヒャナは腕を組んだ。


「しかしまあ、なんだ。商売の世界じゃ情報は金と同じでな」


 見返りをよこせってか。


「いちおう俺、あんたの命の恩人なんだが」


「これだから若人はいかん。商売の世界じゃ命は金にはならぬのよ」


「それ、あんたをタダで殺せるってことか? 俺、よく斬れる光る剣持っててな」


「拙僧も当たると痛い錫杖を持っており申す」


「わ、わかった。わかったから……」


 シュヒャナは落とし穴の淵まで追いやられて脂汗を流し、


「では、この薬を譲ってくれ」


 と、震える手で小瓶を突き出してきた。

 俺が与えたバフ・ポーションだった。

 まだ半分ほど中身が残っている。


「気付け薬の類であろうか。ほんのひと口飲んだだけで気力がみなぎってきた。今なら槍で突かれても刀で斬りつけられても傷ひとつつかぬ気がする。私はこれほどの霊薬を見たことがない」


 霊薬?

 セットでレア度Bの一般薬だ。

 でも、飲んだのは防御力を底上げする硬化薬だから、実際、槍で突かれても死にはしないだろう。


「薬売りの血が騒ぐって?」


「うむ。そういうことだ」


「うーん……」


 俺は検討するような素振りを見せた。

 そして、渋々という具合に頷いた。


「まあ、仕方ないか」


「おお! 感謝するぞ、君!」


 狙い通りというか、シュヒャナは子供みたいに顔を輝かせた。

 どうせ、残り2時間で消えるアイテムだ。

 あとで化かされたと気づいて泣くがいい。

 さあ、情報とやらを吐け。


「遡ること50年前ッ!」


 シュヒャナは落語家のようにベシッと薬箱を叩いた。


「どこにでもある何の変哲もないこのナグモ村に! ホッ! ある晩、餓鬼の群れが襲いかかった! ベベン!」


 薬の影響だろうな。

 若干ハイになっている。


 餓鬼というのは、おそらくアンデッドだろう。

 和風ゾンビだ。


「小さな村ゆえ、祓い人はおろか防人もおらぬ。村は一巻の終わりかに思われた。そのとき、現れたる救世の主こそ――」


「蜘蛛様だっ!」


 クソガキが嬉々としてクチバシを挟んだ。

 俺が拳を固めるより早く、見せ場を取られたシュヒャナの怒りが炸裂した。


「ハぎゃあ……!!」


 硬化しているから、まさしく鉄拳である。


「こほん。その蜘蛛様というのが、小山のように大きくてな。餓鬼の群れと三日三晩戦って、ついには追い払ってしまったそうな。ただ、蜘蛛様のほうも無事ではすまなかった」


「もしかして、脚を1本失ったのか?」


 俺は推測を述べた。

 懐雲ナグモ村の名前の由来――。

 7本脚の蜘蛛で『七蜘蛛ナグモ』ではないかと踏んだのだ。


「ほう。君は知恵者のようだな」


 シュヒャナは感嘆の息をついた。


「いかにも。蜘蛛様こと七蜘蛛ナグモ様は脚の1本を餓鬼に食われてしまったという。この村の民は、傷ついたナグモ様を受け入れ、村の守り神として大切に祀った。以来、村があやかしに襲われることはなくなった。ベベン!」


「それで、どうして村人は蜘蛛になりたがっているんだ?」


 気持ちよく話しているところ悪いが、俺は早いとこ結論が知りたい。

 まあ聞け、とシュヒャナはキセルに火を入れて、


「ナグモ村は今でこそ『蜘蛛に化ける村』などと言われているが、以前は別の悪名で呼ばれていた」


 もったいぶってから、シュヒャナは言った。


「四肢裂き村だ」


 四肢裂き村か。

 その呼び名のほうがよっぽど因習村感があるな。


「当時の村人らは、脚を失ったナグモ様の御前に鹿やイノシシの脚を捧げたそうだ」


 鹿もイノシシもいわゆる「シシ」だ。

 四肢とかけているのだろう。


「ナグモ様は大層喜ばれたそうな。そして、返礼として自らの糸で織った真っ白な布を与えたという。村人は競うようにして四肢を捧げ続けた、と伝え聞いておる」


「そこまではよくある土着の信仰だな」


 因習村と呼べる域にはない。

 シュヒャナは紫煙を吹かして頷いた。

 そして、顔に影を落とした。


「のどかなこのナグモ村に異変が起きたのは、今から10年ほど前のことだ」


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