32 蜘蛛に化ける村(7)
「なんで俺たちを落とし穴に落とそうと思った? そこに穴があったからか?」
特に意味はないが、ベシッとひっぱたく。
クソガキはクソガキ然とした顔で俺を睨んでいる。
なので、もう一発ぶん殴っとく。
「だって、僕も蜘蛛様になりたかったんだもん」
仏頂面でそんなことを言われた。
「蜘蛛様になりたい?」
俺も仏頂面で首をかしげた。
――弱るの待ってから、お前たちの手足をもいでやる。僕もとーちゃんとかーちゃんみたいな立派な蜘蛛様になるんだ。
クソガキはさっきそんなことを言っていた。
「なんで俺たちの手足をもぐ必要がある?」
「は? お前バカ? 人間は腕と脚、合わせて4本しかないだろ。蜘蛛様になるには8本いるんだよバーカ」
「フン!」
「ぎゃい……!」
脳天にチョップしてやった。
高校生、舐めんなオラ。
俺は腕組みして、うなった。
蜘蛛になるには手足が8本いる、か。
茶屋の繭玉から出てきた干物男も、他人の腕を後生大事に抱えていた。
8本脚の蜘蛛になりたくて、他者の四肢をもぐ。
常軌を逸した発想だ。
因習のスメルが強烈に香ってくる。
蜘蛛に化ける村の真相に迫りつつあるらしい。
「その蜘蛛様とやら、いかなるあやかしなので?」
憔悴した薬売りに忍者の妙薬を飲ませていたカズハが、顔だけこっちに向けて尋ねた。
クソガキは頬を膨らませる。
「妖怪ごときと一緒にすんな! 蜘蛛様はな、村を守ってくださる偉い神様なんだぞ!」
蜘蛛様は神様。
じゃあ、このガキんちょは神になろうとしているのか?
よく意味がわからん。
「とーちゃんもかーちゃんも旅人ぶっ殺して8本脚になれたんだ。きっと春になったら立派な蜘蛛様になるんだ」
クソガキは輝く目で押し入れの奥を見ている。
そこには、繭玉が2つ。
春になったらって、ちょうちょじゃあるまいし。
でも、妖怪のいる世界だ。
人が蜘蛛に化けることもあるかもしれない。
「もうきっと半分くらい蜘蛛様になってるもん!」
「じゃあ、確認してみるか」
「ぇ?」
クソガキの小さな戸惑いを無視して、俺は光剣を二度振った。
繭玉がスイカのように割れ、中身がたたみの上にごろりと転がる。
腕や脚を抱いた、成人の男女。
茶屋の干物男と同じで、すっかりカッピカピだ。
そこに、春を夢見る命の息吹などない。
あるのは圧倒的な死の色。
生気を吸い尽くされた人間の抜け殻。
半ば土くれとなった無意味な塊だ。
「あ、れ……?」
クソガキの顔から色が失せた。
どんな妄想に取り憑かれていたのか知らないが、これが現実だ。
人は蜘蛛にはならないし、なってはいけない。
なぜかって?
理由は知らん。
理屈をこねることはできるが、説教臭い月並みなセリフしか思い浮かばん。
だが、ダメなものはダメだ。
単純にキモい。
俺を不機嫌にさせるコンテンツはそれだけでダメだ。
消滅しろ。
「でも、じゃあ、だって……。だって蜘蛛様、言ってたもん。繭玉に入ったら蜘蛛の体に生まれ変われるって……。神様になれるって……」
クソガキは涙声で鼻をすすった。
「そう吹き込んだのでありましょうな。贄とするために」
カズハは俺の耳元で残酷な現実をささやいた。
「生者を惑わすは、あやかしの常かと」
ふむ。
奇習に囚われた人々を言葉巧みにそそのかし、繭玉にした。
その蜘蛛様とやらは、なかなか堂に入った悪役らしい。
「しかし、なんでこの村の連中は蜘蛛になりたがっているんだ?」
割とガチなテンションで蜘蛛に化けようとしているのは伝わってきた。
他人の手足をもぐくらいだ。
本気だよ、こいつら。
その村人を突き動かす原動力がどこから来るのか、イマイチ見えてこない。
「その質問には、私が答えよう」
やや苦しげに口を開いたのは、薬売りの男だった。




