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30 蜘蛛に化ける村(5)


 茶屋の奥で茶葉を見つけた。

 火を使えば、煙があやかしを呼ぶかもしれない。

 水出しで我慢するか。

 かめからすくった水を急須に注いで、バチャバチャ混ぜる。

 茶葉に失礼なレベルの手抜き茶だ。

 だが、コールドブリューと呼べばどうだ?

 途端になんかおしゃれな感じがしてくるだろ?

 ……しないか。


「へい、お待ち!」


「かたじけないです、ユーシン殿」


 カズハは小銭を卓上に置いた。

 こんなゴースト・ヴィレッジでも神仏に仕える身としては食い逃げできないのだろう。

 律儀なこった。


 一服して落ち着いたところで、カズハは口を開いた。


「このナグモ村は本来、旅人で賑わう宿場町なのでありまする。険しい山々に囲まれた土地でして、山越えする行商人や旅の芸者にとって骨休めの場となっておりました」


 それは、上空から見ると明らかだった。

 6本もの街道が一手に集まる地で、川には船着き場もある。

 交通の要衝なのだろう。


「しかし、この村に逗留した旅人がぱったりと消息を絶つ事件が相次ぎまして。以来、人の立ち寄らぬ場所になり申した。さては、狐狸妖怪の仕業ではあるまいなと相なった次第にございます」


 それが、カズハがナグモ村に来た理由か。


「よもや、魑魅魍魎が跳梁跋扈する荒涼無情たる魔所恐所と化していようとは。拙僧、瞠目結舌で魂飛魄散です」


「ガクガクブルブルだな」


 のんきに茶なんぞ飲んでいる場合ではない。

 急ぎ手を打たねば。

 しかし、どうだろう。

 調査は再開するとして、カズハはまだ若い。

 陰陽師とはいえ、先日まで小学生をやっていたような子に危険な真似はさせられない。


「カズハは村を出て、応援を呼んだほうがいいんじゃないか?」


 茶屋の外は明るくなりつつある。

 朝が来るのだ。

 陰の世界の短い朝が。

 村を出るなら今しかない。


「応援ならすでに式神にことづてを頼み申した。村の惨状を知れば、この地を守護する陰陽師たちが腰を上げましょう」


「それまでは、どうするつもりなんだ?」


 カズハは俺の心配を察したようだった。

 揃った前髪の下で強い目をした。


「ユーシン殿、拙僧、帰れと言われても帰りませぬぞ。大の頑固者にありますゆえ」


 茶をぐぐいと飲み干して、カズハは少しうつむいた。


「拙僧は生まれつきあやかしを呼ぶ体質でして。親兄弟にも気味悪がられ、口減らしも兼ねて、幼い時分に捨てられ申した。そんな拙僧を拾い、育ててくれたのが塩龍寺の大僧正、天地に比類なき大陰陽師と名高い滅私メッシン上人なのでございます」


 カズハは神の名でも呼ぶように、うやうやしくそう言った。


「寺院にまであやかしを呼び込む拙僧を、ほかの高弟らは気味悪がりました。しかし、メッシン様がかばってくださり、拙僧は陰陽師の末席に加わることができたのでありまする」


 いい上司に恵まれたわけだ。


「拙僧、大いなる慈愛のもとに庇護され今日まで生きて参りました。たればこそ、ここで引くわけにはいかぬのです。拙僧もまた、弱きを助けねばならぬゆえに」


「恩返しか」


 カズハの意思は固そうだ。

 心配するだけ野暮というものだろう。

 だが、一人にはしておけない。

 そこで、俺は提案する。


「俺たちの利害は一致している。ここは、共闘ってことでどうだ?」


「ユーシン殿ほどの忍者にご助力いただけるなら心強いというもの! 拙僧からもお頼み申す。ともにこの村に跋扈する悪鬼どもを打ち倒しましょうぞ!」


 俺たちは固く握手を交わした。

 というわけで、ここに陰陽師と忍者、共同戦線が確立された。

 まぁ俺、忍者じゃないんだが。


 茶屋を出ると、山の向こうからちょうど太陽が片鱗を覗かせたところだった。

 川面にキラキラと光が弾ける。

 美しい朝だった。

 今だけは妖怪も出ないような気がした。


「夜のうちは気づかなかったが……」


 村を見渡して唖然とした。

 屋根から屋根へ、電線のようなものが伸びている。

 よく見れば、黒蜘蛛の糸だ。

 村全体がおびただしい数の糸で覆われている。

 朝露を煌めかせて無駄に綺麗なのが、なんか腹立つな。


「葉脈のように村の隅々まで渡されていますね」


「そのようだ」


 蜘蛛の糸が村を完全に掌握しているように見える。

 旅人が寄り付かなくなったことで、あやかしの領分が広がったのだろう。

 人の住まない家は傷むという。

 村もしかりだ。


 あやかしの手に落ちた村――。

 因習村という話だが、あやかしのせいで悪評が立っただけか?

 判断するには、まだ情報が足りない。


 糸は村の中央に向かって伸びている。

 村の中央には城のような建物があった。

 寺社仏閣の類だろうか。

 真っ黒な糸で覆い尽くされ、巨大な繭玉のように見える。


「敵の本丸って感じだな」


「拙僧も異論ありませぬ。妖気をびんびん感じまする」


 俺たちは諸悪の根源に向かい一歩踏み出そうとした。

 そのときだった。

 どこからか、子供の泣き声が聞こえてきた。


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