3 セックスしないと出られない村(1)
目を開けると、開けたことを後悔した。
閉じ直して、思いっきり顔をしかめる俺。
ビュービューと風。
頬が波を打っている。
見えちゃいけないものが見えた気がした。
「叫ばなかった俺、すごいな……」
声は出る、……よし。
いや、何もよくないな。
落ちている。
すごい勢いだ。
落下傘なんてない。
どうしよう!?
『ユーシン様、ユーシン様』
俺を呼ばわる声がする。
誰だ?
『どうぞ、目を開けてくださいナ』
肩口から聞こえてくる。
ぷんぷんと虫の羽音のような声だ。
薄目を開けると、光る玉が見えた。
女神がつけてくれたナビ妖精だ。
俺はもう一度眼下の景色を見た。
「……」
島が見える。
でも、海じゃない。
空に島が浮いている。
うろこ雲みたいな細切れの島が連なっている。
木とか生えているな。
で、太いつる草で島同士は繋がっている。
その下に見えるのは雲の海と、V字編隊で飛行する巨大なドラゴン。
さらに下にようやく緑の大地が見える。
「なるほど。異世界か」
『そうですナ。ここが、これから当面の間、ユーシン様が担当する異世界――剣と魔法と竜の世界『龍鳴界』ですヴィ』
「普通にしゃべれそう? あと、落ちてるけど大丈夫なんだよな、これ」
『あ、すみません。取って付けたような語尾やめますね。失礼しました』
そう言って、ナビ妖精はくるりと回った。
『担当していただく世界をザっと見ていただくために、初めての世界はフリーフォールをお楽しみいただくのが恒例なのです。ユーシン様はまだ羽なしの天使ですから、制動は当方がかけますね。きっと大丈夫ですよ』
「一番肝心なとこ曖昧なのかよ……」
羽なしの天使か。
ということは、翼を持つ天使もいるのだろう。
とか思っているうちに、もう地面が目の前だ。
『……ぁ。やっべ』
ナビが何か言った。
体に強烈なGがかかる。
急制動だ。
内臓、口から出そう。
俺はまあまあの勢いで地面に突っ込んだ。
下が柔らかい土で助かった。
「ブレーキ遅れたな、このタコ」
『なにぶん当方も新人なものでして。仕方ないかと』
てへへ、とつぶやくナビにチョップを叩き込むも空振りに終わった。
実体がないのか。
すでに、だいぶ鬱陶しいのに手出しできぬとは。
残念だ。
俺は土を払って立ち上がった。
周りは畑だった。
畑があるということは、人が近くにいるということだ。
上から見たこの世界は、雲を除けば、緑と青しかなかった。
遠くに小さな町が見えたが、そのくらいだ。
俺たちのいた世界ほど人間の支配が及んでいないのだろう。
「龍鳴界、マドランシェルだったか?」
剣と魔法と竜の世界……。
思いっきりファンタジーだな。
ここが俺の職場になるわけね。
了解。
振り返ると、道の向こうに集落が見えた。
あれが調査対象の村「セックスしないと出られない村」で間違いないだろう。
因習村だ。
そう思うと、刺されたところがズキリと痛んだ。
「さっそくだが、気が重いな」
『え、セックスしないと出られない村なんですけど? 気が重い? え? 気が重い? え、え?』
ナビが煽り運転っぽく目の前をプンプンする。
ほんとウザいな。
まあ、興味の有無で言えば、そうだよ。
……あるよ。
そりゃ俺も男だもの。
真の男になってあの村を出たいと思っているとも。
「ただな、丸腰で調査ってのもな」
なんせ因習村だ。
切り分けられて、水煮にされて、ケツからひり出されて、便器にどぼん。
そんな末路はもう御免だ。
『そんな迷える天使を導くのが当方の役目かと』
ナビは力強く羽音を立てた。
『では、まず装備を確認してみましょう。コールすれば、メニュー画面が出てきますよ』
「メニュー画面?」
と、口にすると、それらしきものが浮かび上がった。
「ゲームっぽいな」
俺は見たままを述べる。
『はい。ユーシン様にとって最も親しみやすいデザインになっているかと。ゲームばかりしていましたからね』
ナビが毒突いてきた。
羽音がして毒があるということは、正体は蜂か何かなのか?
「メニュー画面といっても、選択できるところは限られているな」
【装備品】も【所持品】も色が薄く表示されている。
タッチしても反応しない。
丸腰だからだろう。
いちおう、俺は異世界風の衣服を身につけている。
だが、これは装備品ではなく、ゲームで言うところの初期装備の扱いらしい。
『スキルは使えるかと』
「スキル?」
『女神様が天使に付与する特別な力です』
メニュー画面から確認すると、スキル名と説明文が出てきた。
「俺のスキルは【ガチャマスター】か。レア度B以上が確定。50パーセントの確率でもう一度ガチャを回せる、と」
これは、神スキルなのか?
はたまた、ゴミスキル?
現時点では、判断材料が出揃っていない。
とりあえず、ガチャを回してみることにした。
メニュー画面には【本日の無料ガチャ(残り15時間)】という項目がある。
タッチすると、天使がたまごを運んでくるアニメーションが流れた。
たまごの中から紙吹雪とともに光るものが飛び出して、俺の手に納まる。
それは、丸めた羊皮紙だった。
3本ある。
『レア度Bの【中級スクロールセット】ですね。1本につき1回、魔法が使えるかと。50パーセントのほうはフッ、外れたようですね』
「今笑ったな、お前……」
ナビはしらを切るようにプーンと羽を鳴らした。
「火球魔法、飛行魔法、治癒魔法の3点セットか」
戦う度胸はない。
でも、これで丸腰ではなくなったわけだ。
お守りくらいにはなるだろう。




