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28 蜘蛛に化ける村(3)


 真っ黒な大蜘蛛。

 夜空に溶けて水のように揺れている。

 いかにも妖怪です、って雰囲気だ。

 なんの妖怪かは知らん。

 だが、俺に好意的じゃないのは肌のピリつきで察せられる。


 黒蜘蛛は屋根瓦をガタガタ鳴らして跳躍した。

 8本脚を落下傘みたいに広げて大通りに下りてくる。

 ブピュッ、と。

 口から何か吐いた。

 俺は頭をそらして躱した。

 耳の横を黒いものが通り過ぎる。

 頬に飛沫が散った。


 親指で頬を拭うと、指の腹が黒い。

 納豆みたいに糸を引いている。

 かすかに墨汁の匂いも……。

 それに、黒蜘蛛が着地した瞬間、打ち水のような音がした。

 このへんが妖怪の正体を突き止めるヒントってところか?


 黒蜘蛛がまっすぐこちらに突っ込んでくる。

 俺は光剣を左手に持ち替え、右でラブ・ピストルを抜こうとした。

 しかし、ビジュアルのダサさを思い出して一瞬躊躇。

 結果、一手後手に回った。

 何やってんだ俺。


 俺はとっさに右に跳んだ。

 すれ違いざまに光剣で薙ぐ。


 ぬるっ。


 水を斬ったような手応え。

 脚を断たれた黒蜘蛛は丸い腹で何度も弾み、民家の壁にぶつかった。

 波が砕けるような音がした。

 壁が真っ黒になる。

 屋根瓦や地面にも墨汁をまいたような痕跡が残されている。


「墨汁の妖怪……か?」


 巻物から飛び出して動き出す墨絵の妖怪。

 和風ファンタジーじゃ定番だ。


 ゴガ――ッ。


 戸板を押し倒して別の黒蜘蛛が民家の中から現れた。

 屋根の上にも2匹いる。

 いっぱいいるパターンか。

 あるいは、核を潰すまで無限にリポップするパターン。

 どっちでもいい。

 俺の目的は妖怪退治じゃない。

 因習村の調査だ。

 テキトーに追い払おう。


 俺はラブ・ピストルの引き金を引いた。

 きゅん♪ と可愛い発砲音。

 ピンクのマズル・フラッシュが焚かれ、ハート型の輪っかがふよふよと飛んでいく。

 イルカのバブルリングみたいだ。

 それは、黒蜘蛛の体を輪ゴムのように締め付けて、ズチャアッと潰した。

 ハートの輪に巻き込まれた戸板も木っ端微塵になっている。


 この銃、演出こそ可愛い。

 だが、対・生物に使っていい代物ではないな。

 グロ・ピストルになっちまう。


 きゅんきゅん、と残りの蜘蛛を駆逐する。

 ふと背後で気配を感じて俺は振り返った。

 巨大な蜘蛛が大きな体を持ち上げて俺に覆いかぶさろうとしているところだった。

 不覚……!


オン氷射矢フッシャリャ護体ゴタン!」


 横合いから氷の塊が飛んできた。

 黒蜘蛛の頭に突き刺さり、その体を漆黒の氷像に変える。


 路地の奥に人がいた。

 笠をかぶった作務衣の僧侶だ。

 錫杖を槍のごとく構えている。


 陰陽師――。


 俺の脳裏をそんな言葉がよぎった。


「あやかしを斬る刀に、悪鬼を調伏する鉄砲てつはうですか。ほう、よいものをお持ちですね」


 少女の声だった。

 親指でトンと笠を持ち上げると少女は月明かりの下で小さく笑った。

 黒髪おかっぱだ。

 まだ中学1年生といった年頃。

 でも、ただならぬ雰囲気をにじませている。


「拙僧、天轟テンロク塩龍(ショウリュウ)寺は我守晴カズハ上人しょうにんと申す者。しがない旅の祓い人にございます」


 上人とは、仏教における高僧のことだ。

 だが、敬称だ。

 自分から名乗るものではない。


 俺が怪訝な顔をしていると、カズハは頬をポリポリした。


「ま、上人などと名乗っておりますが、かくあらんという志のようなものでありまして。実際の拙僧は、未だ駆け出しの尼僧と申せましょう」


 うん、じゃあ名乗るなよ。

 新入社員が社長だと言い張るようなものだ。

 初対面の人、混乱しちゃうから。


「さっき助かった」


 俺は命の恩僧に礼を述べた。


「感謝など無用にございます。悪鬼滅殺は陰陽師の使命にありますれば」


 錫杖をシャン、と鳴らして、カズハは照れ臭そうに言った。


「名乗り遅れたな。俺はユーシン。天使をしているものだ」


「左様ですか。……え、天使!?」


 笠の下に戸惑いの色を浮かぶ。

 しかし、カズハはすぐに微笑んで、手裏剣を払い除けるような仕草をした。


「キン! そのご冗談、弾いておきました」


「弾かれちゃったかー」


 さあ、冗談はここまでにして……。

 俺は尋ねた。


「カズハはこんなところで何をしているんだ?」


「それは、こちらの台詞と申せましょう。ユーシン殿こそ一体何をされていたのです?」


 あどけなさの残る顔に深い疑念の色が透けて見える。

 まあ、こんな夜分に魔法少女用のピストルを持ってうろついていたら怪しいわな。

 俺ならバットで武装してソッコー110番する。


「あー、俺はあー、実は某・有力大名の密命を受けてナグモ村を調べに来た者でな」


 大名というか、天女だが。


「もしや、ユーシン殿は乱波・透波の類なので?」


 ラッパ・スッパ……。

 忍者のことか。

 コソコソ村を探っているという意味では忍者といって相違あるまい。


「そんなとこだ」


 俺はもっともらしく頷いた。


「納得し申した。されば、さきほどの面妖な小道具も忍具なのでしょう。拙僧、無知蒙昧にして忍びの道には不明の身。あやかしめを滅殺するほどの忍術を見せていただけるとは恐悦至極でありまする」


 カズハはメジャーリーガーに会った野球少年みたいに目を輝かせている。

 騙して悪いな。

 でも、説明が面倒だから、そういうことにしよう。


「実は拙僧も妖気ただならぬこの村に調査に参りました次第」


 そうなのか。

 なら、ある種、俺の同志だ。


「ゆっくり情報交換といきたいところだが……」


 黒蜘蛛がまた現れた。


「ここは、あやかしが多い様子。場所を移しましょう、ユーシン殿」


 そうすることにした。


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