表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/39

26 蜘蛛に化ける村(1)


「これから行く世界について簡単に教えておくわ」


 茶室のにじり口から出たところで、ルネがそう言った。

 陰と仏と妖の世界『仏暁界フキヨエ』――。


「なんとなく、陰陽師のイメージだな」


 俺はわらじの緒を結びながら所感を述べた。

 ジャンルとしては、異世界×和風×ダークファンタジーだ。


「そのイメージで正解よ。ま、私のレポートを読んでいるでしょうから、説明の必要はなかったわね」


 俺がお前のとんちんかんなレポートを読んでいるわけないだろ。

 口には出さないが、目でそう伝えておく。

 すると、鬼の形相で凄まれた。

 了解。

 保身と後学のために今度拝読しよう。


「簡単に言うと、陰陽師と妖怪あやかしが戦っている世界ね。陰陽師は神仏の力を借りて、魔を祓うの。私の世界でいえば、女神の加護を受けた勇者と魔王軍の戦いって感じかしら」


龍鳴界マドランシェル』には勇者と魔王がいるのか。

 初耳すぎる。

 きっと『仏暁界フキヨエ』にも妖怪大王がいるのだろう。


 ルネは池のほうに歩き始めた。

 顔だけ振り返って、言う。


「それと、陰の世界――つまり、昼のない世界なの。長い夜が続き、短い朝を経て、再び夜が来る感じね」


 極夜みたいなものだろうか。

 夏は涼しそうでいいな。


「夜の間はどこにいても妖怪たちがポップするわ。壁が声をかけてきても腰抜かさないでね」


 ルネは吊り目がちな顔でお茶目にウィンクした。

 ぬりかべか。

 その妖怪とやら、どう対処すればいいんだ?

 南無阿弥陀仏?


 ルネは太鼓橋の中ほどで足を止めた。

 下に見える水面には日本庭園が逆さ映しになっている。


「鏡池。ここが異世界への入り口なの」


 水面がまばたきした。

 映る景色が変わる。

 紫色の怪しげな雲が八重に重なっている。

 その下に黒い森が見えた。

 上空からの光景ということは、またフリーフォール形式で始まるのか。


 ――担当していただく世界をザっと見ていただくために、初めての世界はフリーフォールをお楽しみいただくのが恒例なんです。


 ナビもそう言っていた。


「準備はいいかしら? ユーシン」


 ルネは桜の飾りがついたかんざしで髪をまとめた。

 すると、髪の色が赤から黒に塗り替わった。

 巫女さん風の王道黒髪美少女の爆誕だった。


「赤髪は目立つんだもの」


「黒髪のルネもいいな」


「じゃあ、戻ってきたらこの髪色で可愛がってね、ユーシン」


 裾を揺らしてパチッと片目を閉じたルネがチャーミングだった。

 でも、死亡フラグっぽく言うの、やめてくれる?


「さっ、二人で入水するわよ」


「入水する上に飛び降りか」


「いいじゃない。私と心中できるなら。しなさいよ、ホラ」


 どん。

 突き飛ばされた。

 これでルネに橋から落とされるのは二度目だ。

 恐ろしい奴だ。


 俺たちは頭で水面を割った。

 目を開けると、猛烈な風を受けた。


「ひゃっほおおおおお――ッ!! わあああああああああ!!」


 ルネはスカイダイビングを楽しんでいる。

 妖怪のいる世界のノリじゃないな……。


「……ぉ」


 妖雲の合間に集落が見えた。

 今回の調査対象、逢鬼オーギノ国の懐雲ナグモ村だろう。


 村からは8本の線が放射状に伸びている。

 その正体は、村の真ん中を貫く川と6本の街道だった。

 でも、遠目には巨大な蜘蛛の巣に見える。


「俺たちはさしずめ蜘蛛の巣に飛び込む羽虫というわけだな」


 そう言った後で、俺は思いっきり顔を歪めた。


「……羽虫?」


 羽虫というと羽のある虫だ。

 だが、俺に羽はない。

 羽なしの天使だ。

 ということは、つまりだ。

 飛行能力もないということになる。

 ヤバい。

 このままじゃ、地上に叩きつけられてミンチだ。


「心配いらないわよ?」


 ルネがすべてを察したような顔で言う。


「あんたは気づいてないみたいだけど、ちゃんと背中に翼が生えてるわ」


「え、そうなの……!?」


「あんたの背中、何度も見てるもの。見間違いとかじゃないから安心しなさいよ」


 ルネは前髪を払う素振りで赤らんだ頬を隠した。

 俺の背中を何度も見たか。

 まぁ、俺のほうがルネの背中を見ているけどな。

 体位的にな。

 いや、張り合うところじゃないか。


 俺はメニュー画面を開いた。


◇━━◇━━◇━━◇━━◇━━◇━━


【翼】

 解放度:1%(微小翼)

 状態:未展開

 飛行可能時間:3秒

 クールタイム:180秒

 概要:ひよこの翼。まだあまり飛べない。


━━◇━━◇━━◇━━◇━━◇━━◇


 よし、だいだいわかった。


「この3秒にすべてをかけるんだな」


 ホッとして言うと、ルネの顔が陰った。


「3秒じゃキツイかもしれないわね……」


「え……」


 いやまあ、そうだわな。

 だって、ひよこの翼だもん。

 まだあまり飛べないもん。


 俺は迷わず川に進路を取った。

 体を板にして滑空する。

 滑空……する…………。

 ……してるよな、滑空?

 わからん。

 普通にまっすぐ落ちている気がする。


「微小翼、展開!」


 最後の3秒にすべてをかけて、俺は息を止めた。

 真っ黒な水の中に尻から突っ込む。

 だいぶ浅かったらしく、ケツを強打。

 だが、ミンチはなんとか避けることができた。


 必死の思いで河原に這い上がる。

 方々見渡してみたが、ルネの姿はなかった。

 夜陰で互いの姿を見失ったらしい。


「いきなり離れ離れになったんだが……」


 先が思いやられる。

 妖怪出てくんなよ?


 そう思って周囲を見渡すと、川の中の何かと目が合った。

 全体的に緑っぽい。

 頭に皿みたいなものを載せている。


 ぽちょん――。


 潜っていって見えなくなった。

 やだ、こわい……。


新しい調査が始まりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ