表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/38

25 ルネの神


 ルネによると、神々の領域――『神域』は神殿と庭の二つで成り立っているらしい。

 うちの女神の場合は、真っ白な空間が神殿。

 空中庭園が庭だ。


 ルネの神の神殿は、日本庭園の真ん中にぽつんと建っていた。

 趣がある。

 だが、飾り気はない。

 茶室といった雰囲気だった。


「ここにルネの神がいるのか? にしては、質素だな」


 まあ、質素さで言えば、うちの女神はネジが全部ぶっ飛んでいる。

 完全なる真っ白な世界におられるからな。

 ただ、金塊に異常な執着を見せていたから、あの白い空間のどこかに金の延べ棒で造られた黄金神殿への入り口が隠されていてもおかしくはない。

 今度、探してみよう。


「質素なのは外観ガワだけよ」


 と、ルネは肩をすくめる。

 どうも、そうらしい。

 にじり口を開けると、そこには巨大な空間がどかんと広がっていた。

 大企業の本社ビルにありがちなエントランスホールじみた広さだ。

 わびも、さびもない。

 時間・空間全部デタラメなのが天界なのだ。


 ルネは迷いない足取りで百間廊下を進み、寺院なら本堂にあたる場所で足を止めた。

 祭壇がある。

 だが、仏像は空座だ。


「ここには、いらっしゃらないみたいね。ま、いたためしないけど」


「定位置にいないのが基本なのか。歩き回る系の仏像とか?」


「仏像じゃないわよ。それに、歩き回るどころか身動きひとつしないわね」


 ルネはちょっと笑って祭壇の裏手に回った。

 床の羽目板を跳ね上げると、地下へと通じる階段が現れる。

 下には通路がずっと続いていた。

 薄暗い。

 ネズミいそう。

 それでいて、どことなく凛とした空気も感じる。

 奥に隠し仏でも祀られているのだろうか。

 とか思ったが、違った。

 檻がある。

 座敷牢だ。

 こんなところに神がいるはずない。

 俺は隣にいる女が急に怖くなってきた。


「お前、俺を閉じ込めて独り占めしようと――」


「してないわよ! でも、悪くないわね、それ」


「悪くないのかよ……」


 赤ら顔で髪をくりくりするルネに、俺は冷めた目を向けた。

 座敷牢はゴミ山のようだった。

 駄菓子の空袋やゲームの空き箱、漫画雑誌などが山と積まれている。

 足の踏み場もない。


 そのゴミ山の奥に何かが横たわっている。

 髪が生えているから、人だとわかった。

 でも、ぶくぶくに太っているせいで、人というより巨大なイモムシに見える。

 もしくは、クジラだ。

 そいつは、こちらに向けたデカイ尻をボリボリと掻いた。


 脂肪の壁の向こうで光が明滅している。

 カチャカチャとコントローラーをいじる音。

 どうも信じられない規模のデブがゲームしているらしい。


「怠惰の女神、堕六尼ダラクネ様よ」


 と、ルネがおごそかに言う。

 怠惰を司っているのか。

 見たまんまだな。


「……ぶぅ?」


 ダラクネがこちらに気づいた。

 のっそりと起き上がる。

 性別はたぶん女。

 不敬だが、第一印象は豚の化け物だ。


 しかし、ダラクネが背筋を伸ばすと、口をほどいた風船のように体がしぼんだ。

 そして、小さな女の子に変貌した。

 6歳くらい。

 子役じみた愛嬌がある。

 翼のように広がる羽衣からキラキラと光が散る。

 さっきまでとは完全に別の生き物だ。


 ふむ、納得した。

 これは、たしかに神様だ。

 女神というより、天女様だが。


「神の体は、その崇高なる精神の体現なのです。ご覧の通り、気を引き締めると体も引き締まるのですっ!」


 ダラクネちゃんはフン、と胸を張った。

 俺は言う。


「じゃあ、さっきはだいぶ精神たるんでいたんですね……」


「ぷ、プライベートだからいいんですぅー!」


「語尾にぶぅ、付け忘れてますよ」


「不敬なっ! 神たるわたくしはぶぅなんて言わないのです!」


 小さな拳を振り回してひとしきり怒った後、ダラクネは居住まいを正した。


「聞きなさいっ! わたくしこそ、しもの七天女が一人、怠惰の司ダラクネちゃんなのです! ひざまずいて見上げることを許しますっ!」


 ルネが平伏したので、俺もそうする。

 七天女で怠惰担当か。

 ほかに憤怒や嫉妬、暴食もいるに違いない。


「我が清心の巫女エンフェールネン。最愛の人と再会できたのですね。わたくしも嬉しい限りです」


「や、やだ。私ったらユーシンと会えたのが嬉しくってダラクネ様への報告をすっかり忘れてたわ……」


 ルネが赤ら顔でくねくねする。

 やめろ、神前でのろけるな。


「すべてはダラクネ様のご温情あったればこそです。感謝いたします」


 俺を探すのに骨を折ってくれたのか。

 俺も感謝の姿勢を示した。

 ダラクネはむふん、と満足げに鼻を鳴らした。

 ……ん?

 心なしか、少し頬のあたりがふっくらしたように感じる。


「さてっ! それでは、今回の案件について紹介します!」


 俺にとって2件目となる因習村調査だ。

 心して耳を傾ける。


「『仏暁界フキヨエ』は逢鬼オーギノ国に懐雲ナグモという村があります。その村なのですが、旅人たちの間で『蜘蛛に化ける村』と呼ばれて……いる、そう、で……」


 ダラクネの声から力が失われた。

 後光も薄らいでいく。

 突然、水風船のように顔が膨らんだ。

 かと思ったら、今度は大量の水でも飲まされたみたいに腹が丸くなる。


 これは、あれだな……。

 話している途中で面倒臭くなってきたらしい。

 怠惰担当だもんな。


「天女様、精神たるんでますよ」


「ぶぅ……。だ、大丈夫れす。まだムチムチ系で言い訳が通るレベルですので」


「今、ぶぅ、とか聞こえたんですが」


「ユーシン、お願い! 邪魔しないで。黙って傾聴。ダラクネ様がやる気を出せるのは1日3分が限界なんだから。これでも猛烈に頑張ってくださっているんだから!」


「……あとはまあ、テキトーに……ぶぅ」


 ダラクネは気だるげな声で締めくくった。

 体が醜く膨れ上がり、目から光が消え失せる。

 もはや、愛くるしい天女の面影はなかった。

 完全に肥えすぎた豚の妖怪と相なっている。


 ダラクネはコントローラーを握って背を向け、ぶよぶよの手をシッシと振った。

 ゲームするから出てけってさ。

 女神にもいろいろいるらしい。


「もう! ユーシンが茶々入れるせいで概要聞けなかったじゃない!」


 ルネがキレる。

 これは、俺のせいなのか?

 お前のところの神様が怠惰なせいだろう。

 概要が聞きたけりゃ、でかいケツ蹴って来いよ。

 弾き返されるのがオチだが、な。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ