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 何度かの熱い夜と、何度かの鳥のさえずりを数えた今日。

 俺はルネ宅のテラスに全裸で腰かけ、風に吹かれていた。

 真の漢になったからだろうか。

 世界が以前より広く、豊かに、彩り鮮やかに感じる。

 水鳥が残していった足跡が乾いて消えていく、その何気ないひとときさえも愛おしく感じられる。


「フッ、世界は愛に包まれていたんだな」


 心なしか強くなった気がする。

 これが大人になるということなのか。


「なに朝っぱらから黄昏れてんのよ?」


 窓枠に肘をついたルネがベッドの上からガン飛ばしてくる。


「私で漢になったくせに」


 ニヤッと笑った。

 なんだか急に照れ臭いな。


 天界に来て5日ほど経つか。

 この間、俺はやることしかやっていない。

 女神からコールがかからないから仕方ないのだが、天界も案外退屈だ。

 寝ても覚めても隙あらばイチャコラしていたら、いつの間にかその日が終わっている。

 こんなんでいいのか?

 ま、不満はないな。

 むしろ、最高の5日間だったフフッ。


「私ンとこの神様からお呼ばれされちゃったわ。調べてほしい村があるんだって」


 一緒に朝ごはんを作り、一緒に食べる。

 そんな新しいルーティンをこなしながら、ルネが不満げに言った。


「せっかくユーシンと一緒に暮らせるようになったのに。時間のかかる案件だと嫌だわ。1週間くらい平気でかかるんだもの」


「俺は逆だな。経験値を積みたい。新人特有の不安感にずっとさいなまれ続けるのはごめんだ。脚組んでふんぞり返る中堅天使に早くなりたいよ」


「……じゃあ」


 ルネは目玉焼きをトーストに挟んで俺に突き出した。

 あーんだ。

 がぶりと食らいつくと、ツーンとした刺激が鼻を突いて、涙がにじむ。

 マスタードたっぷりだった。

 やりやがったな、こいつ……。


「ユーシン、私のヘルプに入りなさいよ」


 小悪魔っぽい笑みを浮かべてルネがそんなことを言った。


「ヘルプ? ルネの調査に同行するってことか?」


「そ。1人より2人のほうが多角的な視点が得られるし、単純に馬力も増えるでしょ。だから、二人三脚で調査することもできるのよ。パーティーを組んでいる天使もいるわね」


 協力プレイはゲームでも基本だ。

 俺はどちらかというとソロ派だが。


「ヘルプはお得よ? レポートを書かなくていいし、評価ポイントも折半されるわ。ほかの天使の調査方法を学ぶ機会でもあるし。一番いいのは上位天使のヘルプに入ることかしら。難度の高い案件をこなせる上に、一気に何千ptもゲットするチャンスなのよ」


 それは、魅力的だな。

 一人当たりの取り分が少なくなることを除けば、多人数プレイはメリットが多い。

 でもまあ、村レベルだとソロがベストなのだろう。

 小さな集落にパーティー単位で押しかけると、露骨に怪しいからな。


「どうせだし、一緒にしましょ!」


「そうだな。よろしく頼む、先輩」


「やったー。私、ユーシンと調査できるなんて嬉しいわ!」


 無邪気に笑顔を振りまくルネを見ていると、俺もほっこりしてきた。

 ただし、行き先は因習村だ。

 バラされて水煮にされる可能性は常に念頭に置いておかないと。


 俺は身支度を整えた。

 といっても、装備品は未だに未所持だ。

 昨日回した無料ガチャの獲得品を確認して終わり。

 カラスの行水だった。


「行きましょ!」


 足取り軽くルネが玄関の扉を開けた。

 扉の外には見慣れない景色が広がっていた。

 日本庭園のような和の景観だ。

 本来、そこにあるはずのシラバネ三町の町並みは綺麗さっぱり消え失せている。

 ど○でもドアかよ……。


 かこん――。


 ししおどしの軽やかな音が聞こえてくる。

 景観こそ違う。

 だが、静謐な雰囲気はうちの女神のレセプションルームに似ていた。

 例の大理石の空中庭園だ。

 ならば、ここはルネの神の領域なのだろう。


 ルネはいつの間にか和装になっていた。

 赤い桜の花をあしらった、袴姿だ。

 扉をくぐった瞬間、俺の服装も変わった。

 天界の初期服から、これといった特徴もない和装にチェンジ。


「似合ってるかしら?」


 ルネはくるりとターンして遠心力で袴を膨らませた。

 長く振られた袖で桜吹雪が舞う。


「華があるな」


 でも、俺のモブ度数が相対的に上がるから、そばに立たないでもらえる?


 俺はあらためてルネの全体像を捉えた。

 The和って感じ。

 天界の呉服店で買った装備品ってところか。

 特殊効果とかもついているのだろうか。


「あー、確認なんだが」


 俺は慣れない服装に困惑しながら尋ねた。


「ルネの担当する世界ってどんなところだ?」


「陰と仏と妖の世界『仏暁界フキヨエ』よ」


「インとブツとヨー……」


 聞く限りでは俺の世界とは違うみたいだな。

 和風ファンタジーワールドってところか。

 あくまでも和風。

 和ではない。


 そもそも、自分の世界に里帰りすることはできるのだろうか。


「俺の担当する『龍鳴界マドランシェル』にヘルプでルネを呼ぶこともできるのか?」


「それは無理ね。自分の元いた世界を担当することはできないのよ。時代と地域が離れていたら別だけど」


「まあ、そうだよな」


 家族、友人、財産など。

 いろいろなしがらみがある。

 天使が身内贔屓はまずかろう。

 元いた世界に戻れるかも、と思ったが無理そうだ。


「私の神様を紹介するわ。ついてらっしゃい」


 ルネは意気揚々と歩き出した。


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