18 天界の町
空中庭園の展望デッキ。
滑らかな大理石のベンチに手をついて座る俺。
その手にルネは事あるごとに指を絡めてくる。
半ば無意識でやっているらしい。
ルネはおしゃべりに夢中になっている。
「私、あんたと同じ調査員なのよ。もう10件くらいこなしたかしら」
「俺、お前の村が初案件だったんだが」
「もう私のほうが先輩なのね。わからないことがあったら言って。なんでも教えてあげるから」
それは、心強い。
現状、何がわからないのかもわからないレベルだからな、俺は。
「じゃあ、質問」
俺は指を3本立てた。
「調査員になる条件が2つあるだろ。ルネはその条件を満たしていないんじゃないか?」
1つ、因習村に人生を狂わされたこと。
2つ、因習村の理不尽に抗う気骨を持ち合わせていること。
気骨はともかくとして、だ。
トコ村は結局、因習村ではなかった。
だから、ルネは1つ目の条件を満たしていない。
「なんで3本立ててんのよ……」
と、ルネは俺の指を1本へし折ってから言った。
「転職したのよ」
転職か。
そんなことできるのか。
天職ではないんだな。
「大変だったのよ? 一般天使枠で採用されて、そこから猛勉強して試験を受けて、実地研修とかして、ようやく調査員になれたんだから」
一般天使枠ってなんだよ。
まあ、調査員以外にも天使はいるのだろうと思ってはいたが。
「調査員って天使の中じゃかなり高尚な存在なのね。まあ、警察官・兼・検察官みたいなものだから当然だけど」
ルネはふっと表情を緩めた。
「でもね、ユーシンに逢いたい一心だったから、全然苦じゃなかったわ」
そうか。
そんなふうに言われると素直に嬉しい。
事ここに至って、ルネは自分がタコみたいに指を絡めていたことに気づいた。
ひゃ、と可愛い悲鳴を上げて立ち上がる。
「ま、町を案内してあげるわ。あのときも村を案内してあげたものね」
そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらおう。
ルネはアーチ状の構造物に近づいていった。
見たところ、ゲームにありがちな転移門のようだ。
前に立つと空気が歪んで、アーチの奥に町が現れた。
まんま転移門らしい。
こちら側とあちら側で気圧差があるらしく、吸い出される感じで門をくぐる。
そこには、天空都市とでも呼ぶべき光景が広がっていた。
空飛ぶ島。
建ち並ぶ家々と生い茂る緑。
長く垂れる木の根。
バ○スで滅びそうな光景がそこにあった。
水路を雲が流れていく。
トビウオみたいなのが泳いで……いや、飛んでいる。
不思議だ。
「ここが調査員の町、調翼三町よ」
ルネは腕を広げて言った。
「俺、苦手だな、この町。メルヘン臭い」
「実は私もよ。お菓子の家とか素であるもの」
「カビすごそう……」
でも、活気のある町だ。
因習村めぐりをするさなか、天使たちはここで羽を休めているのだろう。
調査員の町というくらいだ。
一般天使の町もあるのかもしれない。
見上げると雲の切れ間に大きな島影が2つ見えた。
「あれは上位天使たちの町ね」
と、ルネが言う。
「一番上に見えるのがシラバネ本町。最上位天使たちの居住区よ。手前の島が中位天使たちの暮らすシラバネ二町。私たちは調査員の中でも駆け出しだから、下位天使の町が拠点ってわけ」
出世すると高いところに住めるのか。
タワマンと同じだな。
「とはいえ、立ち入り禁止ってわけじゃないわ。翼さえあれば往来は自由なの。まあ、私の翼じゃ、まだあそこまで飛ぶのは無理だけど」
地力で上がれるようになれば、上の町に住めるわけだ。
中級飛行魔法のスクロールは30秒しか飛べなかった。
二町まで3分。
本町となると10分くらい飛ぶ必要があるだろうか。
「そもそも、翼とか、その頭の輪っかってどうやって入手するんだ? 店?」
俺はルネの頭上でゆっくり回っている赤い輪を見た。
よく見ると、炎を想起させるデザインだ。
燃えるのか?
「光輪も光翼も累計獲得ポイントに応じて解放されるわよ。でも、結局は本人の資質によるところが大きいわね」
天使も才能が物を言う世界か。
「翼があれば飛べるようになるし、光輪があれば天使の権能を発現できるわ。権能ってのは2つ目のスキルみたいなものかしら」
「スキルとの違いは?」
「貰い物のスキルと違って、権能は自分で能力を作れるのよ。ある程度、だけどね」
「ほう」
周りを見れば、輪が小さい天使、大きい天使。
1つしか輪がない天使、三重の輪を持つ天使。
いろいろいる。
輪の大きさは権能の強さ。
輪の数は使える権能の数を表している。
と、いったところだろう。
俺はちらっと自分の頭上を見た。
「よし、ないな。俺も早く輪っかを――」
「ああああああああ!!」
と、上から男が降ってきた。
目の前に落下する。
ぐちゃ。
潰れたんだが。
オレンジの髪の隙間から出ちゃいけないものが出ている。
ルネはフン、と冷たく鼻を鳴らした。
「愚かにも高みを目指そうとして墜落したのね。愚かだわ」
「なじるなよ2回も。ひでえな」
上の町に住みたかったのだろう。
そして、イカロスの翼を体現することとなった。
可哀想に。
「大丈夫よ。天界に死の概念はないもの。放っておいたら40分くらいで蘇生するわ」
「だいぶかかるんだな……」
「行きましょ。表通りを案内するわ」
「花ぐらい供えさせろよ」
俺は花壇から花を1輪摘んで供えた。
1輪だけだとかえって惨めさに拍車がかかる。
行き交う天使たちが笑っている。
なんか、ごめんな。
それじゃ。




