17 再会
扉を開けると、次の瞬間には知らない場所にいた。
庭園のような場所だ。
でも、……何かが変だ。
同じ高さを雲が流れて……いる?
欄干から身を乗り出すと、うおお。
下にも青空があった。
「空中庭園か」
ま、天界だからな。
天界の町とやらも空を飛んでいるのだろう。
しかし、そうなると、下界で見た空飛ぶ島は、かつて天界にあったものかもしれない。
今はどうでもいいか。
俺は振り返った。
今くぐったばかりの扉は影も形もなくなっている。
女神は言っていた。
俺にずっと逢いたがっていた人が待っている、と。
それは、誰のことだ?
心当たりはない。
俺は庭園を見渡した。
ベンチ、日陰棚、噴水などなど。
いずれも大理石でできている。
白を基調とした庭園を花畑が彩っている。
ここは、おそらく、女神の間(さっきの白い空間)の前にあるレセプションルームのような場所なのだろう。
「ユーシン!」
名を呼ばれた。
誰だ?
花吹雪の中を白ワンピの少女が駆けてくる。
どんな花よりも映えた赤い髪。
意思の強そうな吊り目。
見覚えのある顔だ。
つか、さっき別れたばかりだ。
「ルネ……!?」
俺は胸に飛び込んできた少女の名を呼んだ。
エンフェールネン。
間違いなくルネだった。
「逢いたかったわ、ずっと」
ルネは俺を押し倒し、胸に顔をうずめてフガフガしている。
ちょっと犬っぽい。
でっかいトマトを搾るような力で抱きついてくる。
ずっと逢いたかった?
そもそも、どうしてこいつが天界にいるんだ?
俺はルネの頭の上を見て背筋を寒くした。
赤い輪が浮いている。
背中には翼じみた光の筋。
それが意味するところはひとつ。
ルネは天使になったのだ。
すなわち、死んだのだ。
でかい氷塊で頭を殴られたようだった。
「守れなかったんだな、俺……」
目頭が熱くなって俺はルネを抱きしめた。
小さな肩だった。
あの狼たちになぶり殺されたのかと思うと、はらわたが煮えくり返る。
「ぇ? 違うわよ、ユーシン」
ルネが顔を上げた。
赤い目で見つめてくる。
「あのあと、私は町までたどりつけたの。ユーシンはちゃんと私を守り抜いてくれたのよ」
え、そうなの?
「私はすぐに冒険者を連れてあなたのいた峠に取って返したの。でも、サードアイ・ウルフの亡骸が散らばるばかりで、あなたの姿はどこにもなかった」
「仮初の肉体だったからな」
「そうみたいね。あの夜、庭で雨に打たれていたとき、夜空から舞い降りて来たあなたを見て、私は天使様だと思ったの。でも、まさか本当に天使だったなんてね」
ルネは赤くなった鼻をずずっ、と鳴らした。
「ごめんなさい。あなたとこうしてまた逢えて、私、涙が出ちゃいそう。もう泣かないって約束したのに」
そうか。
感動の再会だな。
でも、俺には困惑のほうが大きい。
俺は体を起こした。
花畑にあぐらを組む。
「なんで、ルネが天界にいるんだ?」
目下、最大の疑問はこれだ。
無事、町にたどりつけたんじゃないのか?
「私も天使になったからよ。またあなたに逢いたくて、神様にお願いしたの」
「いや、それはおかしい。お前は初対面の俺を馬鹿チン呼ばわりしたし、川にも突き落とした。だいぶ失礼な奴だったろう。お前なんか天使になれるか」
「なれるわよ! なれてるじゃない。失礼なのはあんたのほうよ!」
ムスッとしたルネだったが、
「……変わんないわね」
と言って、ホッとした様子で笑った。
変わるわけがない。
別れたのは、ついさっきだしな。
「でも、ルネがここにいるってことは、そういうことだよな?」
彼女は死んでしまったのだ。
「そんな顔しないで。私、幸せだったから」
ルネは俺の頬に触れて笑った。
「私ね、町の料理屋で給仕の仕事をして過ごしたの。看板娘って呼ばれてお客さんだって倍増したのよ。ほんの3か月で死んじゃったけどね」
冬の疫病でぽっくりよ、とルネは肩を落とした。
「でも、本当に楽しかったの。お祭りにも行ったし、お酒だって飲んだわ。友達もたくさんできたんだから。毎日がキラキラしてて楽しかったの。ユーシン、全部あなたがくれた幸せよ」
ルネは俺の胸に頭を預けた。
「本当はあなたが隣にいてくれたらよかったのに」
なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。
と、思う反面、頭の中はハテナでいっぱいだ。
3か月で死んだ?
そんな時間、いつ経過したんだ?
俺の記憶に間違いがなければ、お前と別れたのは3時間くらい前だ。
「ここは天界だもの。時系列なんて、あってないようなものよ」
ルネは俺の困惑を察したように言った。
「私の中では9か月くらい経っているわね」
そうなのか。
じゃあ、ルネは天使歴6か月ということになる。
俺より先輩じゃないか。
時系列は、あってないようなもの。
まあ、神々の世界だしな。
女神様にかかれば時間操作くらいお茶の子さいさいなのだろう。
がばっ、とルネが抱きついてきた。
「また逢えて嬉しいわ、ユーシン」
俺は軽く背中を抱き返し、返答とした。
いろいろあって、まだ頭が追いついてこない。
でも、ルネが幸せだったのなら俺も体を張った甲斐があったというものだ。
よかった。
心の底からそう思った。




