15 セックスしないと出られない村(13)
いつの間にか、真っ白な空間にいた。
純白の翼を持つ乙女が春の日射しのような眼差しで俺を見下ろしている。
女神だった。
「ユーシン、ずいぶん体を張った最期でしたね」
そう言われて、思い出す。
ついさっき爆死したことを。
体に触れてみる。
あちこち歯形だらけのはずだが……。
血も出ていないし、服も破れていない。
火傷ひとつなし。
まあ、ガブられたのも爆散したのも仮初の肉体だ。
当然と言えば当然か。
俺は、ふぅ、と息をついて心を静めた。
「俺、けっこう躍動したと思うんですけど、初調査としては何点です?」
「それは、レポートを読んで決めさせてもらいますよ。でも、あなたはわたくしが思っていた以上に豪胆な方でした。今後の活躍が楽しみになりましたよ」
お世辞かもしれない。
だが、絶世の美女に持ち上げられて悪い気分になる奴はいない。
俺はあやうく伸びかけた鼻を元の位置に戻した。
「それで女神様、ルネはどうなったんですか? あのあと、町にたどりつけたのでしょうか」
「ユーシン、それは、あなたが知る必要のない事実です。それに、わたくしが教えるまでもなく、あなたはすぐにその答えを得るでしょう。今はレポートの執筆に専念しなさい」
そう、か。
まあ、人ひとりの命運なんて調査員たる俺には関係がない。
世界を守る。
そういうもっとマクロな視点で物を見ろということか。
了解。
俺は白い地面にあぐらをかいて、レポートの執筆画面を展開した。
そこで、ふと気づく。
【レポートを投稿する】という項目があることに。
「提出ではなく、投稿なんですね」
些細な差だ。
でも、「提出」というと、手近な人に手渡しするイメージがある。
それが「投稿」になると、遠方の外部機関に審査を委ねるイメージに変わる。
「目ざといですね、ユーシン。その目は調査に必須のスキルですよ」
女神は柔和に微笑んだ。
「最終的にジャッジを下すのはわたくしです。ですが、独りよがりな裁定とならないよう第三者の客観的な意見も取り入れなければなりません」
そこで、投稿という形で外部に評価を頼むわけか。
「あなたが書き上げたレポートは【新着レポート一覧】に載り、多くの天使やほかの神々の査定を受けることになります」
女神が指を振ると、俺の前に煌びやかな黄金の小窓が浮かび上がった。
女神用のメニュー画面らしい。
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【新着レポート一覧】
『空気犬を飼う村の怪 ~エアギター形式で犬を飼う連中と虚無い犬を散歩させてみた~』
(PN:たこすけ 短編 コメディー)
『前世【調理師】、偏食村で無双する。~戒律で肉しか食べられない!? なら、私の栄養満点創作絶品肉料理をたぁんと召し上がれ!~』
(PN:キャサリン 連載 グルメ)
『美醜逆転村に行ったら3日で俺専用ハーレムになった件。~出ていけ? いいですよ。ただし、俺が出ていったら村の娘たちもみんなついて来ますけど、いいんですよね?~』
(PN:豚のような人 連載 R15 ファンタジー バトル)
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「なる、ほど……」
なんとなく見覚えのあるような売り文句がずらりと並んでいた。
こうしている今も新しいレポートが続々と投じられている。
「ご覧のように、毎日膨大な量のレポートが投稿されています。渾身の傑作を書き上げても読んでもらえなければ何の意味もありません。埋もれてしまわないように刺激的なタイトルで諸神諸使の興味を掻き立ててください。長文タイトルNGの神もいますが、この業界、読まれてナンボなのですよ。多少反感を買っても構いません。タイトルは盛りに盛ってください」
某・小説投稿サイトですかよ……。
女神はしなやかな人差し指を顎に当てた。
「具体的に言えば……、そうですね。トカゲはドラゴンにする感じでいきましょう。そのくらいは盛ってオーケーです。あっ、PV数が少ないと、あなたは死にます」
「さらっとすごいこと言いやがりましたね……」
俺はすでに死んだ身だ。
ここでいう「死にます」は、魂の一片すら残さず完全消滅するという意味だろう。
怖い……。
「タイトルは誇張してくださって構いませんが、本文は定規を当てるつもりで正確にお願いします。まあ、ちょっとくらい盛っていても大目に見ますが、嘘だけはダメですよ。不正レポートとみなしますからね」
女神はぷくーっと頬を膨らませてお茶目な怒り顔をした。
だが、薄皮一枚めくれば、そこには真の恐怖がある気がする。
不正とみなされた天使がどうなるのか。
尋ねるまでもない。
堕天使なんて言葉もある。
堕ちるのだろう、地獄にな。
神々を欺いた罪はさぞや大きかろう。
「レポートの書式は問いません。ラノベ形式が好まれる傾向にありますね。200文字以上7万字以内でまとめてください。本文の文字数がかさむ場合には連載形式もいいかもしれません。暴力や性的描写を伴う場合は、R15か、あるいは、R18のタグをつけてくださいね」
「人気が出たら書籍化とかします?」
「しますよ。コミカライズにアニメ化、舞台化にゲーム化に映画にグッズ、とにかくいろいろです。メディアミックスにはわたくしも血道を上げていますので」
女神はどこからともなく野太い金のネックレスを取り出した。
にんまぁ、とだらしない顔になっている。
レポートがバズると女神の懐も潤うのか。
じゃあ、気合を入れるとしよう。
俺は白紙のレポート画面と向き合った。
タイトルはそうだな、『異世界因習村めぐり ~セックスしないと出られないってマ!?~』とでもしておくか。
人口流出と高齢化に悩む村。
まことしやかにささやかれるうわさ。
綺麗な小川。
優しい村人たち。
恐るべき毒親と自由を求めた一人の少女。
結局、ヤれなかったこと。
すべてをありのままに書き記していこう。
キスしたこと。
……だけは、密かな俺の思い出にしておくか。
キーボードを打つ手はピアノでも奏でるように一向に止まらなかった。
セク村編はこれにて終了です。
次もよろしくお願いします。




