14 セックスしないと出られない村(12)
重い木組みの城門を押し開けて村の外に出る。
「こうして出られたわけだし、やっぱりセックスしないと出られない村ってのは嘘っぱちだな」
俺が笑いかけると、ルネも小さく微笑んでくれた。
俺の手を握り返すルネの手に、さっきより力と熱を感じる。
「行こう!」
「うん!」
星明りすらない真っ暗な夜道。
ナビが光っているおかげで道の輪郭はぼんやりと見えた。
こんな奴でも役に立つらしい。
畑を抜け、山道へ。
雨でぬかるんでいる。
舗装もない。
何度も転びながら峠に差しかかった。
「山を下れば町だ」
フリーフォール中に見た感じでは、夜明けまでにはたどりつける距離だ。
「村のみんな、大丈夫かしら」
ルネは来た道を振り返った。
泣きそうな声だった。
母は強しという。
だが、ヴェレイノは本当に強い(物理)。
それを娘のルネはよく知っているのだろう。
今にも血まみれのナタを振り上げ、赤い髪を振り乱して闇の中から飛び出してくるかもしれない。
冗談とかではなく、本当に。
そうでなくとも、夜の山道とは恐ろしいものだ。
「ルネ、まだ歩――」
歩けそうか?
そう問おうとしたところで、俺は息を止めた。
「……」
そばだてた耳が、何かが近づいてくる音を感じた。
足音だ。
速い。
速すぎる。
人間の速度ではない。
ひづめの音はしない。
馬でもない。
そもそも、道ならざるところを駆けている。
逃げる間もなく、目の前の茂みがガサリと揺れた。
「……」
一瞬の静寂のあと、それはダムが決壊するように茂みの中からあふれ出した。
狼だった。
10頭はいるか。
黒い水のように駆けて、俺たちを包囲しようとする。
俺はとっさに泥を蹴った。
背後に回ろうとした狼が前脚を突っ張って急ブレーキをかけた。
完全に包囲されることは免れた。
でも、たぶん、あまり意味はない。
狼は三ツ眼だった。
額の第三眼が闇の中に光る線を引いている。
「三ツ眼狼か」
一本松の中州でルネに聞いた。
この世界には、動物のほかに『魔物』と呼ばれる魔性の存在がいるらしい。
普通の動物とは一味違う。
魔物には魔法適性がある。
魔力で身体能力を強化したり、不可思議な術を使ったり。
サードアイ・ウルフの場合、額の目で常闇を見透かす。
夜が昼のように見える。
逃げ切るのは不可能だろう。
サードアイ・ウルフが包囲の輪を狭めてくる。
俺はベルトに挟んでいた火球魔法のスクロールを日本刀のように抜き放った。
雨で威力が落ちているはず。
でも、頼りになるのはこれだけだ。
「先に行け、ルネ」
「でも……」
ルネがまた涙声を出した。
「俺の心配はいらない」
強がりとかではない。
本当に心配無用だ。
仮初の肉体だしな。
そうはいっても、ルネは踏ん切りがつかないだろう。
だから、こう言い換える。
「町に行って助けを呼んできてくれ。俺のためだと思って、な? 早ければ早いほどいい。お前にしか任せられないんだ。頼んだぞ」
「わ、わかったわ。死ぬんじゃないわよ」
バッと走り出したルネが3歩で足を止める。
「最期に言い残すこと、ある?」
なんて質問しやがる。
ひでえ奴だ。
と思ったが、ルネにも俺の強がりが伝わっているのだろう。
俺も最期にひでえことを言ってやる。
「ルネ、もう泣くな。お前に泣き顔は似合わん。お前は腕組みして人を足蹴にしながら笑うのが似合う奴だ。町一番の立派な悪役になれ」
「うん。わかった。人を踏む練習しておくわね、ユーシン」
今度こそルネは闇の中に溶けて消えた。
村のみんなのためにも必ず町までたどりつくんだぞ。
と、念を送っておく。
サードアイ・ウルフは俺のスクロールを警戒している。
なかなか仕掛けてこない。
知恵もあるらしい。
俺はナビを見た。
「これ、どんな魔法だ?」
『中級火球魔法『火炎榴弾』が付与されています。有効射程は30メートルほどかと。当たると小規模の爆発を生じさせます』
「そうか……」
一度しか使えない
外せないな。
「ちなみに、ナビ。天使にデスペナルティってあるのか?」
『特に、ないかと。強いて言うなら、仮初の肉体が破壊された時点で調査は続行不能となります』
それを聞いて安心した。
そして、腹が決まった。
脇を素通りしてルネを追おうとする狼の横っ腹を、俺はしたたかに蹴り飛ばした。
スクロールの留め金に指をかけて、言う。
「ここは『俺を倒さなきゃ通れない道』だ、馬鹿野郎」
『ひゅー! かっこいいです、ユーシン様!』
そうだろう。
それじゃ、行くか。
俺は狼の群れの真ん中に突っ込んだ。
狼が前方と左右両方から殺到する。
無駄だと知りつつ拳を突き出してみるが、かすりもせず、腕に咬みつかれた。
腹や脚を咬まれ、濡れた地面に押し倒される。
「ナビ、案内役ありがとな」
『ご立派な最期かと。ユーシン様はいい天使になれますよ』
そのつもりだ。
俺はスクロールの留め金を親指で弾いた。
真っ暗な夜の森が一瞬、真っ赤に染まった。
それが、俺が見た最期の光景だった。




