13 セックスしないと出られない村(11)
俺はルネを抱いて周りを睨んだ。
村人にぐるりと囲まれてしまった。
20人はいるだろうか。
前にはナタを持ったヴェレイノが構えている。
アリの這い出る隙間もない。
俺はいまさらながら思い出した。
ここが因習村と呼ばれていることを。
「使っているくわは光る、だったか?」
毎日畑仕事に精を出しているだけあって、くわも鎌も業物みたいに光っている。
こんなことなら飛行魔法のスクロールを残しておくんだった。
勉強になる。
俺は濡れた前髪を拭った。
いざとなったらルネを守って死んでやる。
そう腹をくくったところで、知っている顔をいくつか見つけた。
居酒屋のママ。
それに、飲んでいた農家の男、二人。
ほかにも見覚えのある顔がちらほらある。
知った顔を見ると、落ち着いてきた。
よく見ると、俺たちを取り囲んでいる、というのとは少し違う気がする。
俺たちに寄り添うように立っているように見える。
村人たちはヴェレイノのナタを見ていた。
ルネの血まみれの足を見て、それから、地面に刺さった杭と血だまりを見る。
村人たちの目に強い光が宿った。
「ヴェレイノちゃんや、あんたは悪魔なんか?」
「どうして自分の娘にこないなことができるんじゃ」
「昔は優しい子だったじゃないかい。どこでおかしくなっちまったんだい」
「フェルネちゃん、こんなに怯えさせてからに」
「今日という今日はゆるさんで」
村人たちが口々にののしっている。
ヴェレイノが唇をわなわなさせて、あとずさった。
『ほぉー。どうやら味方みたいですね、ユーシン様』
ナビの言う通りだ。
でも、俺の味方ではない。
ここに集まったのはルネに味方する人たちだ。
背中に刻まれた無数の鞭痕。
この村に来て1日の俺でさえ気づいたのだ。
村の住民が知らないはずがない。
しかし、今日まで手を差し伸べられずにいた。
村人たちもバツの悪さを感じていたはずだ。
それが今、爆発したのだろう。
「フェルネちゃんはあんたの娘だ。でも、わしらにとっても大事な一人娘なんじゃ」
「もう堪忍袋の緒がぶち切れたわい。あんたは親なんかじゃないわ!」
「わしらがフェルネちゃんを守るんじゃ!」
そうだそうだ、と息巻く村人たち。
想いはひとつ。
だが、どこか腰が引けている感がある。
ヴェレイノを恐れているようだ。
中級に昇った元・冒険者。
その肩書きは歳をくった村人にとって尻込みするものなのだろう。
それに、ヴェレイノは娘でさえ串刺しにする悪女だ。
ジジババの一人や二人、殺すことに躊躇はないだろう。
「ねえ、フェルネちゃん」
ヴェレイノが猫なで声を出した。
ルネが俺の腕の中でびくりと肩を震わせる。
「その男の子はフェルネちゃんのなぁに? ママよりも大切なの? ね? こっちに来てママとお話しましょ。私たち、いつも仲良し家族じゃない」
「……」
「喧嘩なんてしていたら、町に住んでいるあの人も悲しむわ、きっと。ね? ね? ママも少し怒りすぎたと反省しているのよ。ごめんなさいね。もうしないって約束するから戻っていらっしゃい」
ルネはヴェレイノのほうに体を向けた。
「駄目だ!」
俺は震える肩を羽交い絞めにして止める。
「でも、ママがごめんなさいって。もうしないって……」
ルネは喉を震わせてそんなことを言った。
ヴェレイノを心底恐れているのだ。
怒らせないためだけに従属しようとしている。
でも、それは間違いだ。
娘にナタを向けているあいつのところに戻るべきじゃない。
そうはっきり言える。
「ねえ、フェルネちゃん。ママを一人にしないわよね? ね? フェルネちゃんまでママを捨てたりしないわよね?」
ヴェレイノが狂気の笑みで微笑みかけてくる。
「耳を貸す必要なんかないで、フェルネちゃん!」
「そうじゃ! 村を出たいんじゃろ! 町でもどこでも行け!」
「わしら、フェルネちゃんがどこにおっても応援しとるで。ヴェレイノちゃんのことはわしらが説得する。早う行け!」
村人たちが壁になった。
俺はルネの頬を両手で挟んで息のかかる距離に顔を寄せた。
「ルネ、お前はすごいな。これだけの人がお前の背を押してくれているんだ。行けって言ってくれているんだ。それでも、この村に……この家に留まりたいのか?」
「……」
「どうしたいのか、自分で決めろ。お前が望むなら俺が叶えてやるから」
無理やり引きずっていくことはできる。
でも、自分で踏み出す一歩目でないと意味がない気がした。
俺は赤い瞳をまっすぐ見つめて答えを待った。
ルネは村人一人一人を見て、俺を見た。
ぼろぼろ涙をこぼしながら言う。
「私、この村から出たい。ママなんて大っ嫌い」
「よし、よく言った」
俺は泣きじゃくるルネを抱きしめた。
「フェルネええぇぇぇええええ……ッ!!」
ヴェレイノは鬼も真っ青なくらい激憤している。
その真正面に居酒屋のママが立った。
こっちを振り返って、片目をパチリ。
「坊や、あんた、イイ男だね。フェルネちゃんを幸せにしてやるんだよ。――ヴェレイノ、ここを通りたいかい? なら、アタシらの屍を越えていくんだね!」
ママはこの場で一番イキイキとしていた。
楽しんでいるまである。
「いい人たちだな」
俺はルネの手を引いて雨降る夜の村を駆け出した。
今、確信した。
この村は因習村なんかではない。
温かい村人が暮らす普通の村だ。
レポートの材料は揃った。
あとは、ルネを隣の町に送り届けるだけだ。




