第8話 暗殺デビュー
今日はタマをアジトに残し、戦闘部隊の二人と出撃だ。同行するのは古株のワーヒダ(一号)とスィンティーン(二号)。
二人の背には、ロシア軍から奪ったKSVK対物ライフル。全長二メートル、重量十二キロ。異世界で使われる銃の中でも最強クラスの威力を誇る。ロシア軍は「異世界の生物には並の銃は効かない」と聞いて持ち込んだのだろう。
試射の結果、その威力は本物だと分かった。俺ほどの魔力量でも、当たり所が悪ければ即死しかねない。上級貴族に通じるかは未知数だが、実際に地方を仕切っているのは下級貴族ばかり。十分に効果があるはずだ。
今日は二人の暗殺デビューだ。狙撃術は以前から身につけさせていたが、対物ライフルに慣れるまで二週間を要した。
慣れてきた頃に丁度、諜報部隊から暗号通信が入った。領都ウィナスに中央からの一行が来ているという。子爵級の魔法使いに、騎士級数名。そして異世界人まで同行しているらしい。
子爵級――魔法使いの上位1%に相当する強力な存在。辺境に投入するには異例の戦力だ。ルワハ取引を監視していた軍の魔法使いを、俺が殺しすぎたせいだろう。放置するのは危険だ。これからの革命に不確定要素は要らない。恨みはないが、ここで葬る。
俺たちは街道から五百メートル離れた森に潜んだ。対物ライフルの射程は二キロ。十分に狙える距離だ。
二人は魔力遮断スーツの上に迷彩服を着込んでいた。
魔力遮断スーツといっても、異世界製の雨ガッパに獣脂を染み込ませただけのものだ。
それでも作ってから数日は魔力を遮断できる。魔力を抑えれば、魔法使いの目には透明人間のように見えるだろう。
作戦は単純。二人が子爵級を狙撃し、仕留め損なった場合は即座に撤退。その後は俺が突撃して残党を片付ける。
突撃する理由は二つ。子爵級を確実に殺すため、そして異世界人を生かすためだ。高価なポーションは四肢の欠損すら治す。頭を吹き飛ばしても復活する可能性はある。ならば近づいて止めを刺すしかない。さらに隣国・帝国の魔術師部隊の服を纏い、襲撃者の正体を攪乱する狙いもある。
俺は二人に語りかける。
「最終確認だ、作戦は分かっているな」
「はい、まずは二人同時に魔力が最も強い男の頭部に向けて狙撃を行います。 成功時は魔力が高い順に狙撃します」
「よし、子爵級を殺した後に俺は突入する。 誤射するなよ」
やがて一行が現れた。双眼鏡越しに三キロ先。馬上には騎士級二人、子爵級一人、魔力を持たない異世界人二人。兵士は二十ほど。思ったより早く立ち止まり、子爵級が異世界人に話しかけている。最高の好機だ。二人に合図を送る。
銃声が森に轟く。子爵級の頭が弾け飛ぶ。続けざまに騎士級の一人も崩れ落ちた。俺は即座に赤い服へ着替え、突撃する。魔法の射程に入った後、わずか一秒で残る騎士級を仕留め、周囲の兵士も一掃。魔法使い三人の死体を担ぐ。
その時、異世界人の一人と目が合った。そいつは真っ直ぐ俺を見据えている。強い眼差しだ。
こいつを放置すれば厄介な事になるかもしれない。殺すか。
そう決めた瞬間、子爵が乗っていた馬が暴れ、俺に突進してきた。
…興が削がれた。この世界の現実を知っている異世界人は貴重だ。殺すのはやめる。
死体三つを抱えて森に戻ると、待っていた二人は抱き合い、涙を流していた。
「私たちが貴族を…やったね! アーリヤ」
「うん、うん。母さんの仇は討ったよ」
重い空気に声をかけづらい。だが、いつまでも泣かせておくわけにもいかない。
「……帰るぞ」
二人は慌てて身を離し、赤い顔を隠した。
用は済んだ。さっさとアジトに戻るか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺はアジトから少し離れた研究所で、首のない魔法使いの死体を解剖していた。
先日襲撃した魔法使いの死体だ。
解剖はアジトにある作業場でもできるが、あそこは薬の研究用だ。死体は汚いから持ち込みたくない。
異世界向けといえど薬の安全性に手は抜かない。顧客の安全を守る、それが俺の矜持だ。
「魔力機関はこの辺りのはずだが……おぉ、さすが子爵級、大きいな」
魔力機関はこの世界のあらゆる生物が持っている器官だ。
この臓器の一部は魔力を蓄える機能を持ち、魔石として流通する。
魔道具の燃料として流通しているのは大体は家畜から採取した臓器の一部だ。
基本的には使い切りで再充填はできない。
俺が塔にいた頃に研究していた魔力灯などは、その魔石を利用した典型例だ。
人間の解剖は禁忌とされているため、人からも魔石が取れることは広くは知られていない。
魔術師と一般人を分けるのは、この魔力機関の大きさだとされている。
だが俺は、魔石そのものよりも貯め方の違いに秘密があると睨んでいる。
空気中の魔素を効率よく魔石に集められる人間、それが魔法使いだ。
経口摂取した魔力が魔石に蓄えられないことは動物実験で判明している。飲食物から摂取した魔力は即座に身体能力の強化に回され、同時に膨大なエネルギーを消費する。
つまり、食べても食べても栄養にならないわけだ。だからこの世界の人間は魔力を含む食べ物を嫌う。
……ルワハだけは例外だが。
この死体の魔力機関はすでに機能を停止している。栄養供給が絶たれ、ただの臓器の残骸だ。
それでも調査できることはある。
騎士級の魔法使いのソレとの比較写真を撮り、肥大化した部位や変化のない部分を記録する。
すべては科学の進歩の糧となる。
彼の装備品を調べていると胸ポケットからペンダントが出てきた。中には妻らしき女性の肖像。
軍人として表立って身につけられずとも、肌身離さず大事にしていたのだろう。
彼はきっと高潔な人物だったに違いない。
この国には、騎士道精神に生きる者が多い。
俺も魔術師になる過程で、軍に少尉相当として二年所属していた。
仲間は皆、気のいい連中ばかりだった。
この国を支える一人一人は個別に見ていけば素晴らしい人間ばかり。汚職も他の国に比べると少ない。
俺が憎んでいるのは個人ではなく、社会の仕組み、システムだ。だから俺は革命を起こす。
数人を殺すだけでは足りない。
殺して、殺して、社会そのものを崩壊させる。
その先に初めて革命があり、万人の平和がある。
仲間の命も敵の命も、そして俺自身の命さえも革命の燃料にすぎない
かつてマルクスの本を渡してきた男は、人類愛と不服従を掲げる無血革命の理想を語った。
アフリカの春、中東の独裁者の失脚……確かに聞こえはいい。
だが結末はどうだ?
これらの国々の政情は不安定のまま、国民同士が殺し合い、死体の山を築いている。
中途半端に古い体制を残そうとするからだ。
一度更地にしてこそ、強固な土台を築ける。俺はそう信じている。
「異世界の連中、温すぎる。革命など、結局は殺すしかないのさ・・・だろう?」
「ギャウ!」
なぜか隣から返事が聞こえてきてびっくりする。
おい、タマつまみ食いするな。人間は食うなっていつもいってるだろう。シッシッ。




