第7話 裏切り
森の中をタマに乗って全力疾走していた。背には五百キロ近い錠剤のルワハを積んでいる。
今回のロットからは、錠剤に可愛い猫のイラストを刻印している。ロシアマフィアのリクエストだった。異世界では薬を売るときに識別しやすいよう、錠剤に模様を入れるのが一般的らしい。そのため設備投資をして、猫のイラストを刻印できるようにしたのだ。
異世界の消費者が喜ぶ顔が目に浮かぶ。
俺の目的はパドシャイ王国の打倒、そして庶民が安心して暮らせる社会を築くこと。その志は変わらない。だが、資金調達と生存のために始めたルワハ輸出に、今では生きがいすら感じている。
顧客から届く喜びの声は途絶えることがない。
錠剤は従来と同じ効能を目指して作ったが、実際には作用時間も効果も桁違いらしい。幸福感も身体強化も絶妙に強まっており、満足度は高い。
ロシアのマフィアからは、逃走中に投石で警察のヘリを撃墜できたという報告まで届いている。どれほど凄まじいことなのか分からないが、顧客が大喜びしているならそれは俺の喜び。
取引場所はヤクザとのそれよりさらに森の奥深くだ。ここから数キロ先。猫の刻印入りの新ロットを届けるのが楽しみで仕方なかった。
ふと違和感を覚えた。ゲート付近に複数の魔力反応がある。
待ち伏せか?
「タマ、止まれ」
「ギャウ?」
タマを降りて索敵魔法を展開する。だが奇妙なことに、熱反応がほとんどない。魔力反応は二十ほどあるのに。
熱を隠すほど高度に隠れているのに、魔力を隠さず潜むのはどういう事だろうか。意図が掴めない。
異世界には熱を遮断する装備があると聞く。おそらくそれを使っているのだろう。加えてルワハで身体能力を強化しているに違いない。
この世界で魔力を出すことの意味も知らずに。
どんなに巧妙に隠れても魔力がダダ漏れでは、叫んでいるようなものだ。
ロシアマフィアを良き取引相手だと思っていた分、残念でならない。
決めた。全員始末する。どうせこの連中と取引を続ける事はできないだろう。
まずは退路を断つ。ゲートは障害物で塞げば容易に崩壊する。泥を飛ばして口を塞いだ。続けて氷弾を一斉に放つ。しばらく魔力の変化を監視してから、全滅を確認する。
タマに跨り、崩壊したゲート付近へ向かう。
木陰や草むらに転がる死体。異世界の迷彩服の効果は大したものだ。近づいても森に紛れて視認しにくい。
ふと、生き残りを見つけた。いつも取引に来ていた男だ。両手を挙げ、丸腰を示している。
「Меня выпроводили только потому,…」
何かを叫んでいる。裏切り者とはいえ旧知の仲だ。遺言くらいは聞いてやろう。
ただ、奴らの話す異世界語の方言はよく分からない。翻訳アプリを立ち上げようとスマホに手を伸ばした瞬間――
銃声。
「ギャウ!!!」
「タマ! 大丈夫か!」
ルワハを使わず潜んでいた者がいたらしい。油断した。氷弾で即座に撃ち抜く。タマは激昂し、取引相手だった男を真っ二つに裂いた。さらに、俺が仕留めた狙撃手の死体をミンチになるまで叩き潰していく。
せっかく装備を剥ぐために頭だけを潰して殺したのに、無駄になってしまった。
タマが暴れている間、俺はスマホで兵士たちの映像を記録していく。後で所属を調べるつもりだ。首には二枚のドッグタグ。こいつらは軍人か。顔とタグを一人ずつ撮影し、ドッグタグは全て回収する。二枚あるのは識別と引き渡し用だろうか。
「ギャウ…」
作業をしていると、タマが情けない声をあげながら擦り寄ってきた。暴れて気が済んだのだろう。
首元を見せてくる。毛が抜けて十円ハゲができ、打撲の跡もある。命に関わるものではない。心配して損した。
ギャウギャウ鳴きながらまとわりついてくるタマを適当にあしらい、改めて死体の山へ向かう。
こいつが持っていた銃は何だろう。
オフラインのスマホに入れてある武器図鑑で調べると、AN-94――ロシア軍の制式小銃らしい。たかが5.45×39mmの弾でも、二十メートル離れた場所からタマに痣を作れるほどの威力があるのか。
銃の威力は単純に弾の重さと速度で決まる。つまりマズルエネルギーだ。
日本で一般的な.38リボルバーを1とすれば、この銃はおよそ6倍の威力がある。
タマの魔力量は俺の半分ほど、皮膚の硬さはそれに比例する。
兵士はタマを脅威と見て撃ったのだろう。だが油断していれば、俺も怪我を負っていたかもしれない。
AN-94は二点バーストが可能らしい。確かに少し離れた場所に薬莢が二つ落ちていた。ほぼ同時に二発が皮膚に着弾したからこそ、あのダメージになったのだろう。魔法使いに対しては、こうした連射が弱点になるのかもしれない。
もう少し死体を検分しておきたかったが、タマが拗ね始めたので、装備を剥ぎ取ってアジトに戻ることにした。
おっ、これは対物ライフルだ。12.7mm口径、リボルバーの七十倍の威力を持つ。RPGもある。森の中で戦えるように強力な武器を持ち込んでくれたんだな。後で威力を試してみよう。
死体は放っておいても腐肉食いの魔物が片付けるはずだ。今は俺の魔力を警戒して姿を見せないが、気配は漂っている。
装備を紐でまとめ、タマに括りつける。その間もタマはキュウキュウ鳴いて鬱陶しい。たかが痣だ。唾でもつけておけば治る。無視して背に跨がり、アジトへと戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アジトに戻ると、ミーナが跳ねるように迎えてきた。
「キットゥ様、今日はいろんなものと交換できたんですね! 大漁です!」
無邪気に喜ぶ姿が可愛い。
「キューン… ギャウ」
タマは恨めしげな目で俺を見上げながら、ミーナに首の十円ハゲを見せびらかしている。
「どうしたんですか、これ」
事情を説明すると、ミーナは肩をすくめた。
「あら、ヨーロッパとアフリカの販売ルートは潰れましたね」
そう。それが一番の痛手だ。南北アメリカは複数のルートがあり、競争原理も働いて安価に提供できている。だがヨーロッパ方面はロシアマフィアの一本だけだった。取引先を新たに探すしかない。
「ワーヒダとスィンティーンを呼んできてくれ」
大陸共通語で一号、二号を意味するコードネームだ。我が組織にいる唯一の戦闘要員である。
平民にしてはかなり魔力が強い姉妹だ。奴隷市場で大枚を叩いて買った。
戦闘部隊は二十名ほど追加で養成中だが、基礎からの訓練では時間がかかる。今まともに使えるのはこの二人だけ。兵士は畑からは取れない、育て上げるしかないのだ。
やがて彼女らが姿を現すと、タマは十円ハゲを見せつけ、キュンキュン鳴き続ける。二人はかなり困惑していた。
彼女たちにロシア軍から奪った装備を着せ、魔力を抑えさせる。さらに迷彩服に獣油を塗ると――
「キットゥ様、獣くさいのでやめてください!」
スィンティーンが抗議するが、無視。
結果は驚くほど効果的だった。目の前にいるのに熱も魔力もほとんど感知できない。対魔法使い用のステルス装備だ。これに対物ライフルを持たせれば、魔法使いの暗殺も容易だろう。今までは俺が獣油まみれで暗殺をこなしてきたが、いずれ彼女らにその役目を任せられるかもしれない。
「しかし…やっぱ獣くさいな」
その一言で、二人はしばらく口をきいてくれなくなった。
アジトの中に入っても、外ではタマがしつこく鳴き続けていた。仕方なく外傷用ポーションを使い、痣を治してやる。毛生え薬でハゲも直すと、ようやく機嫌が戻った。
二つとも高価な薬だ。叱ろうとしたが、俺の顔を舐めて喜ぶ姿が可愛くて、結局何も言えなかった。少し甘やかしすぎたかもしれない。




