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第6話 過労死寸前、大原君

 日本 札幌市北区

 厚生労働省 北海道厚生局 麻薬取締部


 麻薬対策課主任の大原は札幌の麻薬取締部をおとずれていた。

 麻薬取締部は各都道府県の地方厚生局の参加に存在する厚生労働省の麻薬乱用を取り締まる部署だ。麻薬取締官、通称マトリが活動している。

 よく勘違いされるが都道府県警察の下にある組織ではない。


 担当の麻薬取締官に挨拶した大原は挨拶もそこそこに話しかけた。

「大原です。押収した新型の麻薬を見せてください」


 警備が厳重な部屋に案内される。

「こちらの部屋に売人から購入したものを保管しています。新型と同時に猫茶も確認できたため、現行犯逮捕しています。」


 マトリは警察とは違って薬物関連しか捜査できない。しかし、決定的な違いがある。

 囮捜査ができるのだ。売人から購入することができる。


 大原が北海道に来たのは囮捜査で新型の麻薬が見つかったためだった。しかも大原が担当する異世界産だと思われるものだ。


 見せられたのは異世界産とは思えない現代的な白い錠剤だった。風邪薬と言われても見分けがつかない。


 大原は呟く。

「これは…今までのものとは全然違いますね」

 麻薬取締官が答える。

「効果もかなり違います。 動画で効果を見てください。」


 ノートパソコンに実験用のうさぎが写し出される。

 異世界由来の麻薬は成分が特定できないので動物に与えた時に効果を見るしかない。

 新型麻薬を与えたうさぎが暴れだし、鉄製のゲージを破って脱出する。


「このウサギは職員一人に重傷を負わせ、窓を破って施設を脱出しました。その5分後に死亡しているのが見つかりました」


 ウサギは体が小さいので6日放置して効果が減少した茶で、測定する内規になっている。

 この錠剤は何日置いても効果が落ちないため、こんな結果になったという。

 しかも今までのものより効果が高く、ウサギでは事実上、効果を測れなくなっているらしい。鉄のゲージを捻じ曲げるとは凄い能力の向上だ。


「より大型の動物である豚で確認したところ、確認されている特定異界由来向精神性物質第一号のどれよりも効果が強力です」


 特定異界由来向精神性物質第一号、異世界からもたらされる茶の法律上の名前だ。

 大原は公の場ではない限りは茶で済ませている。ちなみに裁判を傍聴するとこの長い名前を連呼してるのを聞くことができる。


 大原は思う。これはまずい事になりそうだ。

 まず効果が猫茶と呼ばれるものの3日もの並に効果が強い。そして効果時間が段違いだ。

 今までのものは20分ほどしか効果が持たなかった。生の葉っぱなので嵩張り輸送も難しい。そして、消費期限も短かった。好まれているのは収穫から3日〜5日程度のものだ。それ以上時間が経ったものは葛と呼ばれて通常消費されることはない。


 それに対して錠剤型のものはかなり強い。

 割り目がついているので初心者は割って使えということだろうか。

 それに、効果が落ちないのが不味い。

 現在は北海道を中心とする東日本、鉄道などで輸送され、摘発もそのルート中心だ。

 郵便や宅配便、全てを警戒しなければいけなくなる。


 それに有効成分が特定されてない以上、こういう形にされると不味い。

 マトリはまだ実験動物や設備を持ってるからいい。

 現行犯でない限り事実上取締りはできないと思った方が良い。

 そもそも、今の省令では葉っぱ上のものを規定しているだけなので、その改定からだ。

 どうやって取り締まれば良いのだ。大原は頭が痛くなってきた。


「錠剤の内容物の分析はどうなっていますか?」


「粉末状の葉っぱと思われる成分と、パルミチン酸、ステアリン酸、脂溶性ビタミンなどの動物由来の成分が検出されています。」


 いわゆる、牛脂のようなものです。と担当者は続ける。

 牛脂でコーディングした葉っぱの粉末か。それならまだ規制のやり方があるかもしれない。

 今の省令では葉っぱの形も明記しているが、成分セルロースの比率、テアニンの含有量などで規制している。少しいじるだけで対応はできそうだ。

 効果時間が長くなるのは体内で牛脂が少しづつ溶けることで長時間かけて成分が吸収されるのかもしれない。


「ルートについてはわかっていますか?」

「本人は黙秘してますが、橋本組からだと思われます。 いつものルートでしょう」


 橋本組は仙台に本拠地を置く暴力団だ。初期に猫茶を流通させた集団の一つだ。ということは東日本には必ず流通するな。


「他の摘発例は?」

「現物を抑えられたのはこれですが、使用事例と思われるものが4件あります。 1月前から流通しだしたらしいです。全て橋本組からだと推測されています」


 妙だな。猫茶のルートは少なくとも5つのルートが確認されている。うち一つはロシアの極東地域だ。

 猫茶と言っても実は微妙にDNA分析した結果、異世界での採取日によって細かい品種が違うことがわかっている。押収した猫の刻印がある袋に西暦で日付が書いてあるからわかる。


 生意気にもその日一番良い葉っぱを目利きしてこの世界に流しているようだ。

 いくつか細かい分析結果からルートは別でも広い地域に同日に流通するものは大体同じ品種だ。異世界側の元締めは同一であることが分かっている。

 異世界の密輸組織は橋本組と手を組んだのか?


 とりあえず、ロシアに流れていなさそうなことに安心する。ロシア政府がうるさいのもあるし、ロシアマフィアは橋本組と比べ物にならないほど国際的だ。消費期限が長い新型だと地球の裏側まで流通してしまう。

 今は良いがロシアに流れ出したら大変な事になるぞ。

 その大原の懸念は現実のものになった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 日本 東京 霞ヶ関

 内閣府 異界連絡会議


 大原は麻薬対策課の三上課長の隣に座っていた。

 事前に課長へレクを済ませてはいるが、答弁に漏れがあれば補足するためだ。


 会議室に官房長官・森の声が響く。丁寧ながらも鋭い口調で詰問した。

「今日、駐モスクワ大使が大統領府(クレムリン)に呼び出され、抗議を受けました。異世界での麻薬製造者の特定はまだ進んでいないのですか」


 大原の懸念は的中していた。異世界から流出する麻薬の量は急激に増大し、ロシア経由で拡散していたのだ。

 日本ではまだ治安が維持されているが、ロシアでは組織的な犯罪に使用され始めている。

 サンクトペテルブルクでは今月、生身の人間が投石で警察のヘリを墜落させる事件があった。それも新型錠剤の影響とみられている。効果も依存性も強く、保存期間も長い。


 外務省の異界局の担当課長が答えた。

「パドシャイ側には何度も問い合わせていますが、製造者の特定には至っていません。ただ厚労省の見立て通り、王国東部が発信源である可能性は高いと見ています」


 森は机を叩き、続きを促した。

「すでに王国軍の魔法使い二十名が、ルワハ売買の監視中に二週間で暗殺されています。王国は調査をこれ以上進める事に及び腰です」


 森は怪訝そうに問い返す。

「魔法使いは異世界で圧倒的な戦力を持つと聞いていたが」

 外務省の担当者が答える。

「王国は、麻薬密売組織に正規の戦闘訓練を受けた強力な魔法使いがいると見ているようです」


 大原は内心で考える。――もはや日本単独での対応は限界だ。

 ロシアが強硬に圧力をかけるのは、ポーション利権に食い込みたいからに違いない。世論に押され、日本は治験を省略してポーションの臨床を開始したばかりだった。癌にも効果を示し、世界的に注目されている。


 各国は当然外交に介入しようと圧力をかけてくる。日本はこれを拒み続けてきたが、異世界産麻薬の出現で立場は苦しくなっていた。

 もはや日本は世界最大の麻薬輸出国である。麻薬を抑えられないなら、異世界との交渉窓口を譲れという声が高まっていた。


 森は外務大臣に向き直った。

「総理は同盟国の巻き込みを容認した。アメリカを主軸に、牽制としてEUも体制に加えよ」


 そして森は大原に視線を移した。

「麻薬取締課は異世界側の流通経路の特定に全力を尽くせ。進捗はあるか」


 大原は課長と目を合わせ、直答を促されて立ち上がった。

「厚労省から提出した資料の二、三ページ目をご覧ください」


 二ページ目には、全国のゲートと青森県浅虫ゲートの距離、そして異世界側の対応ゲートの距離が比例していることが記されている。北海道のゲートが、パドシャイ王国東部に繋がっている事実もだ。


 続けて大原は最新の成果を説明した。

 北海道厚生局と本庁の合同捜査で、大量の新型麻薬「猫玉」を大量所持していた暴力団員を札幌市手稲区の雑木林で摘発。その周囲を捜索した結果、未確認のゲートを発見した。


 ゲート内に大原が持参していた有線飛行ドローンを突入させたところ、映像にはどこまでも広がる森林地帯と、迫ってくる巨大な白い鳥が記録されていた。


「王国東部の森林地帯で取引されている可能性が高いと見ています。ドローンは投入後二分で大型の鳥に破壊されました」


 大原は補足した。

「王国はこの森林地域の領有を主張していますが、実際は無法地帯です。軍ですら近づけません」


 森は資料をめくりながら眉を寄せる。

「鳥の写真を外務省を通じて照会中ですが、おそらく東部に生息するタイールと呼ばれる怪鳥でしょう」


 しばらく黙考した森は言った。

「三上課長、大原君を内閣府に兼務出向させろ。彼の調査結果は即座に総理に届ける必要があるようだ」


 大原は思う。三日間家に帰れていないのに、さらに内閣府の情報官まで兼任することになるのか。


 森は外務省の担当者に向き直った。

「来月の姫の誕生日の使節に、大原君を紛れ込ませろ。現地で得られる情報もあるだろう」

「来月十五日のファーティマ姫の件ですね。承知しました」


 大原は心の中で嘆息する。その日は娘の幼稚園のお遊戯会のために有給を出している。課長を見ると、静かに首を振られた。――有給は諦めろ。

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