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第5話 消費者に良質な商品を

 ルワハ屋の前で人々と駄弁りながら待っていると、道の真ん中から荷車がやってきた。ここから30kmほど離れた山地で収穫されたルワハを満載している。魔力の強い平民2人が全速力で引いてくるらしく、1時間ほどで運べる計算だ。

 噂によるとこの運び屋はかなり高級取りらしい。


 ルワハ自体はどこにでも生えるが、上質なものには昼夜の寒暖差と、土地の魔力が必要だ。貴族向けのルワハは、これらの条件が揃った場所で栽培されており、含有魔力は平民用の二倍ほどになる。――栽培地の違いだけだが。


 やがて販売が始まった。市場には数軒のルワハ屋があり、毎日それぞれ微妙に品質が異なる。仕入先の農場が違うのだろう。

 俺は真剣に目利きをした。異世界の消費者に喜んでもらうためでもある。扱う量が桁違いだからな。


 今日はこの店に決める。大袋を六十ほど購入した。普通の客は一袋、多くても数袋程度だ。目立つのは承知の上だ。

 実は昨日、仕入れに行ったスタッフが「誰かに監視されている」と報告してきた。その確認のため、俺がみずから足を運んだのだ。


 異世界ではルワハが禁制品らしい。その関係で、この国の政府もようやく調査を始めたのだろう。やる気のない王政を動かすとは、異世界側の担当者もなかなかのやり手だ。


 ルワハを積んだ荷車を水牛に引かせ、小道を進む。……やはり、つけられているな。

 俺は小声でミーナに囁いた。


「追跡者がいる。振り向くな。少し先で始末する。水牛を頼む」


 小道は森沿いに伸びており、周囲が木々に近づいてきた。ここが好機だ。

 俺の手元に氷柱が二つ生まれる。それを高速で放つと、透明な空間に突き刺さり、血飛沫が散った。姿を現したのは一人の男。風系の魔法使いか。光学迷彩で身を隠していたらしい。

 もっとも魔力を感知できる魔法使いには通じない子供騙しだ。しかも隠蔽中は魔法を使えないため、実戦ではほとんど役に立たない。せいぜい覗きくらいか。


 倒した男の魔力量は騎士級に届くかどうかといった程度。俺よりはるかに劣る。ルワハを運んできた平民と大差ない。

 近づいて制服を確かめる。――王都の軍のものか。遠いところからご苦労なことだ。


 ミーナを呼んで確認させる。


「この前の仕入れで監視してたのは、こいつか?」

「はい、多分そうです」


 用は済んだ。死体は処分する。森に近い場所を選んだのには理由がある。風を起こして血の匂いを森へ送る。しばらくすると、害鳥ターイルの鳴き声が聞こえた。あとは奴らが片付けてくれる。

 火魔法で焼却する方法もあるが、人体は意外に燃えにくいし、俺は火魔法が得意ではない。魔力の消耗も大きい。


 それにしても、こんな辺境にまで兵を送り込んでくるとは。王都は密輸拠点を把握しているのか? あるいは異世界側から情報が漏れたのかもしれない。

 過去の傾向から、ゲートの位置と異世界側の座標には相関があると分かっている。異世界の拠点が摘発されていることを考えれば、俺たちの活動拠点が東部にあると見抜かれていても不思議ではない。


 俺の華麗な死体処理を見て少し引き気味のミーナに声をかける。


「ミーナ、足がつきにくいように産地から直接買う形に変えられるか?」

「100袋くらいまとめて取引すれば可能だと思います」


 100袋か。今の異世界の市場では少し多すぎて、値崩れする危険がある。

 だがロシア・マフィアとの取引も始まった。ルワハを錠剤化する計画もうまく進んでいる。多少余っても問題ないだろう。

 俺は実行を決めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 アジトに戻った俺は、タマを連れて散歩に出ることにした。

 拠点には魔力の強い奴隷が二人いる。魔力の高さこそ価値の尺度のこの国で、彼らは法外に高かった。ルワハ売上の三分の一を注ぎ込んで買ったが、護衛力を考えれば十分に元は取れている。

 ちなみに、うちは奴隷にも給料を払うホワイト職場だ。

 普段はこの二人とミーナに買い出しを任せている。


 アジトの護衛は任せ、俺はタマと森を散歩する。アジトは岩盤を削って造った堅牢な要塞だ。森の獣程度では突破できない。

 タマに跨って森を進んでいると、急に足を止めて甘えてきた。

「ンミャー、グルルゥ」

「どうした? また鳥が食いたいのか」


 タマの視線の先に、害鳥ターイルがいた。よく気づくものだ。

 本来は貴族暗殺用に買ったSVDライフルだが、威力不足ゆえ今は鳥撃ち専用だ。高かったんだが……タマが喜ぶなら無駄じゃない。


 一発目は外した。鳥は銃声を気にも留めず木の枝に留まったまま。二発目で仕留める。タマは合図を待つまでもなく飛び出した。森の中では、俺でもタマの機動力には敵わない。魔力量で勝っていても、足場の悪い環境では意味をなさないのだ。


 戻ってきたタマは、得意げに獲物を見せびらかす。俺が撃ったのに自分の手柄のように……まあ可愛いから許す。

 その後、シカもどきを狩って夕飯を確保し、アジトへ戻った。


 アジトに入ると、副官のミーナがラジオの生放送をしていた。

「領都ウィナスでは、モジャウハラート男爵家の三男が婦女暴行の罪で非難されています――」

「続いての曲は、チャイコフスキー作曲『くるみ割り人形』です♪」


 よしよし。注文通り、反貴族的なニュースを混ぜてくれている。最初は娯楽一辺倒だったが、普及が想定以上に早いので、少しずつ思想を織り交ぜているのだ。

 本当に三男がやらかしたのかは知らない。だが人々が信じれば、それが“真実”になる。


 横で見ていると、ミーナが居心地悪そうにモジモジし始めたので、俺は自分の作業場へ移った。


 最近、取引先から「葉っぱではなく錠剤にできないか」と要望があった。形を変えれば保存性も高まり、普及もしやすいらしい。異世界では葉を直接食う習慣がなく、それが障害になっているうえ、葉を所持しているだけで捕まることもあるそうだ。


 俺は顧客の需要に応える男。顧客の喜ぶ顔を思い浮かべながら必死に研究した。だが錠剤化は難航した。ルワハは粉砕すると急激に魔力が抜ける。空気や水に触れる面積が増えるのが原因だろう。


 突破口となったのは異世界のフリーズドライ技術だった。冷凍したルワハを真空状態で昇華乾燥させると、二割程度の魔力ロスで粉末化できる。だが粉末のままでは、開封と同時に魔力が抜けてしまう。


 そこで獣脂を混ぜる方法を見つけた。試行錯誤の末、野生動物の皮下脂肪が同じ作用を持つと判明した。この世界の生物は皮膚から魔力が蒸散する事を防ぐため、特殊な脂肪を持っているらしい。


 粉末と獣脂を真空下で混ぜペーストにし、更に獣脂でコーティング、その上に糖衣を施す。こうして試作錠剤は完成した。口の中で砕けば獣臭さがあるが、飲み込めば気にならない。


 ただ、初期の試作品は濃度が高すぎ、異世界でショック死者が出たらしい。ひ弱な連中だ。含有量を四日目のルワハ相当――つまり十六分の一に薄めたところ、ようやくヤクザから合格が出た。


 錠剤化しても完全に魔力漏れを防ぐことはできず、三十日で五%ほど減衰する。十年単位で放置すれば、ただの臭い錠剤になるだろう。それでも葉よりは遥かに長持ちする。


 量産には高額な設備が必要で、ヤクザから三億円の融資を受けた。特に真空下で均一に攪拌する装置は2億円したが、欠かせない工程だ。

 撹拌が甘ければ、錠剤ごとの成分量が十倍も違う事故品になりかねない。

 異世界ではメキシコマフィアが粗悪な麻薬を作っているらしい。フェンタニルと呼ばれるそれは、致死量の数倍の成分が含まれたものが平気で混ざっているという。イカれているぜ。

 俺はそんな事はしない。俺のポリシーは顧客第一だ。


 融資条件として、三ヶ月間はヤクザへの独占供給を強制された。屈辱だが、最悪踏み倒せばいい。奴らはこちらには取り立てに来られまい。


 こうして完成した錠剤は、保存性が高く、体積は葉の五十分の一。輸送効率は劇的に向上し、流通範囲は日本とロシア極東に留まらず、一気に広げられる。

 異世界のより多くの人々に、この娯楽を届けられるのが楽しみだ。

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