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第4話 バズる!プロパガンダ

 タマのお腹はふかふかで心地いい。日頃から手入れを欠かさないので、ダニひとつ見当たらない。

 一緒に寝転がりながら、ラジオのスイッチを入れた。


「みなさん、こんにちは! 朝のミナディア放送です」

「南部の旧ミナディア王都ウィナス市場では、米が大袋二デナリオン十二アスで取引されています。先週より十アス値上がりしました。全国的な軍の大量購入が影響しているようです」

「これから流す曲は、チャイコフスキー作曲『白鳥の湖』です。〜♪♪♪〜」


 声の主は、朝の担当アスィーラちゃん。

 この地方の訛りを操り、読み書きもできる貴重な人材だ。形式上は大陸共通語だが、王都で使われる言葉とはほぼ別物。パドシャイ王国内なら一応通じるが、親近感を持たせるなら地元の言葉の方が効果的だろう。


 王国の辺境、東部の森林地帯に近いこの地域では、ラジオが爆発的に普及している。

 広まっているのは「鉱石ラジオ」と呼ばれる電源不要の簡易型だ。無電源とはいえ、強力な送信設備から放たれる電波を拾い、三百キロ圏内なら受信できる。もちろん、数万台単位でばら撒いたのは俺たちだ。


 この地域は王都から遠く、獣害も深刻で、統治はほとんど機能していない。

 俺たちが安価で大量に供給しても、政府は長らく無視を決め込んでいた。最近になってようやく取り締まりを始めたが、庶民にとって数少ない娯楽だ。せっかく手に入れたラジオを差し出す者などいるはずがない。


 価格は一台五アス。大人が二日間生き延びるのに必要な食費に相当する。

 異世界に大口発注して製造費を抑えているとはいえ、ほとんど原価同然。輸送費を考えれば、完全に赤字商品だ。


 それでも続けるのは慈善事業ではない。狙いは、民衆の支持を得ることにある。


 俺の魔力があれば、この辺境の代官ひとり暗殺するなど造作もない。

 だが、それで何が変わる?

 中央から新たに強力な魔法使いが派遣され、代官の座が入れ替わるだけだ。

 我らプロレタリアートは団結しなければならない。社会主義を実現するには、大衆の支持が不可欠。だからこそ、プロパガンダが必要なのだ。


 地球のある人物――ヨーゼフ・ゲッベルスはこう言った。

「プロパガンダの秘訣とは、狙った人物を、本人がまったく気づかぬまま、その理念にどっぷり浸らせることだ」

 ラジオはまさにそのための道具だ。人々はニュースや文化や音楽に耳を傾け、その合間に少しずつ我々の思想を吸い込んでいく。


 放送で繰り返される「ミナディア」という名は、東部に存在した国の一つだ。

 パドシャイとの戦争に敗れ、六十年前に滅んだ国。俺自身には思い入れはないが、この地の有力者にとっては懐かしむ対象らしい。

 利用できるものは何でも利用する。ナショナリズムという諸刃の剣であろうとも、パドシャイを打ち倒すためなら構わない。


 ラジオ局の送信設備や大量の受信機ばら撒きに資金を注ぎ込んだ結果、設立以来ボロ儲けだった我が組織は、いまや赤字体質に転じてしまった。

 もっとも、収支をまともに管理していないから、実際に赤字かどうかすら分からないのだが。


 経費の数字を頭の中で転がしていると、タマがアジトの奥からライフルを咥えてやってきた。


「グルルゥ、キュー!」


 足元に銃を置き、甘えた声を上げながらすり寄ってくる。――餌を獲ってほしいというおねだりだな。まったく、賢い子だ。


 ライフルはロシアのマフィアから仕入れた試用品、SVDと呼ばれるスナイパーライフルだ。7.62口径の弾丸を使う高威力の武器で、至近距離で撃ち込まれれば俺でも無傷では済まない。以前手に入れた豆鉄砲とは、比べるまでもない火力だ。


 タマの視線の先には、木の枝に止まる全長二メートルほどの白い鳥。距離にして三百メートル。近づけばすぐ逃げるが、魔法の射程外にいるせいか、こちらを気にも留めていない。以前、この銃で仕留めた鳥をタマにやったら大喜びだった。どうやら鳥肉はお気に入りらしい。


 レンジファインダーで距離を測る。三百四十メートル。射程としては少し際どい。俺の腕前のせいもあるが、四百メートルを超えるとまず当たらない。設計が古いのか、精度もいまひとつだ。


 風向きを読んで照準をわずかにずらし、引き金を引く。――命中。鳥は羽ばたく間もなく木から落ちた。遠距離では威力が落ちるが、鳥撃ちには十分だ。だが、上位の魔法使いを相手にするなら、この程度では力不足だろう。


 タマが勢いよく駆け出す。この距離なら二十秒もあれば戻ってくる。


 ちなみにこの鳥こそ、森林外縁に人が寄りつかない大きな理由のひとつだ。農作業中の人間を攫い、食ってしまう。だから撃ち落とすのは餌やりであると同時に、害鳥駆除にもなる。


 やがてタマは獲物を咥え、自慢げに戻ってきた。――かわいいやつだ。よしよし。食べていいぞと合図すると、その場で夢中になって食べ始める。


 王都では見かけなかった大鳥だ。東部に来てから初めて目にした。おそらく森林地帯にだけ棲む種類なのだろう。


 タマはまだ成長期で食欲旺盛だ。明日の朝食用に、もう一羽くらい仕留めておくか。俺は再び獲物を探して目を凝らした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 パドシャイ王国

 辺境伯領 領都ウィナス(旧ミナディア王都)

 近郊の町


 俺は森の外縁から最寄りの町へ向かっていた。目的はルワハの仕入れだ。水牛に荷車を引かせる。

 普段はアジトにこもり研究や部下の護衛をしているが、今日は少し気になる報告を受け、自分の目で確かめに来た。街の様子も見ておきたかった。タマは留守番だ。強くて仲間思いの彼女なら護衛役には十分だろう。


 都市の周囲は一面の稲作地帯――いわゆる陸稲だ。この国では麦より育ちが良く、長らく農民の糧となってきた。

 だが、すれ違う農民たちの顔は痩せこけている。異世界と繋がる前は食に困らなかった農村も、今では飢餓に喘いでいた。


 畑の稲の根元には、異世界から持ち込まれた害虫ウンカが群がっていた。

 おそらく収量は四割減。政府が無能すぎて統計すらないが、状況を見れば明らかだ。


 異世界でも農薬がなかった時代には大被害を出していたと聞く。今では無農薬栽培のときにだけ現れる厄介者だが、この世界では猛威を振るっている。

 歴史書には、享保の大飢饉の元凶の一つとも記されていた。日本では季節風と冬の寒さで死滅するため被害は限定的だったが、原産地の中国南部や東南アジアでは古来より壊滅的な打撃を与えてきた。


 農薬さえあれば防げるはずだ。事実、異世界では「緑の革命」によって品種改良・農薬・化学肥料を導入し、収量を劇的に伸ばした。ベトナムではウンカの被害を乗り越え、単位面積あたりの収穫量を2.5倍に増やしている。

 だが王政は体制維持のために異世界の知識を拒絶している。その間にも病も害虫も広がり続ける。民を守るためには革命しかない。大陸北部の麦畑ではカメムシやアブラムシが大発生していると聞く。


 都市に着くと、ルワハの販売はまだ始まっていなかった。

 朝に収穫されたルワハは市場へ運ばれ、専門店で競りにかけられ、昼前にはすべて消える。そして買った農民たちは急いで村へ戻り、皆でキメる。皮肉なことに、ルワハに付く害虫は異世界から飛来していない。食料は不足しても、ルワハだけはある。


 ルワハ屋の前にはすでに人々が並び、話題はラジオ一色だ。

「アスィーラちゃんの番組が一番だ!」

「いやいや、ミーナちゃんの方がいい」

「この前の《《チンコスキー》》の『白鳥の湖』、良かったよな」

「白鳥って何だ? 白い鳥ならターイルのことか?」


 副官のミーナは名前が出て赤面し、俺の陰に隠れた。顔までは誰も知らないだろうから隠れなくてもいいと思うぞ。

 ちなみにターイルとは、以前タマに食わせた巨大な害鳥だ。農民を空から攫い喰う忌まわしい存在。そんな鳥を曲にするわけがない。


 それにしてもラジオの熱狂ぶりはすごい。一部の家からは音が漏れている。

 電源不要の鉱石ラジオは音が小さくイヤホンが必須だ。今聞こえるのは、おそらく手回し式の簡易ラジオ。数分回せば二時間は持つ。鉱石ラジオの三十倍の値段はするが、都市部にはそれを買える層がいる。禁止されているはずだが、取り締まりは形だけだ。


 娯楽の乏しい世界で、人々はラジオに群がる。人は食べ物だけでは生きていけない。娯楽が必要なのだ。

 ラジオは、これまで貴族が独占してきた文化を庶民に解放した初めての発明と言っても過言ではない。


 マルクスの時代にラジオはなかった。だが共産主義とラジオは切り離せない。帝政ロシアでは識字率が低く、宣伝の主力はラジオだったからだ。

 マルクスの思想をロシア革命という形で実現させたレーニンはこう語っている。


「我々には新聞だけでなく、ラジオがある。これを用いて労働者大衆と日々直接結びつき、共産主義を浸透させねばならない」


 パドシャイの識字率は極端に低い。革命の障害になるかもしれない。

 だが同時に、それは最大のチャンスでもある。

 真っ白なキャンバスほど、鮮やかな赤で染めやすいのだから。

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