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第14話 内政大好き、ミーナちゃん

 ラジオは「建国」を宣言していた。平民たちが主役となる国を作るのだと。

 領都には近隣の村から人が集まり、喜び合いながらルワハを吸っている。

 だが、街に繰り出す民衆たちは、自分が何に喜んでいるのかを理解していないだろう。


 彼らは共産主義も民主主義も知らない。

 それどころか、これまでの国が現在どんな体制だったかすら分かっていない。


 まさにお祭りだった。ただ周囲が喜んでいるから喜んでいるだけ。

 民衆は飽きっぽい。早めに彼らに「生活が向上した」と実感させなければならない。

 そうしなければ、すぐに反乱が起きてしまう。


 俺は新首都ウィナスの旧領主館で政務を開始した。建物は「大統領府」と名前を変えている。

 執務室には一週間前の革命の痕跡が生々しく残っていた。壁には銃痕が刻まれ、床には血の跡がこびりついている。

 使用人たちも皆逃げ出してしまったため、立派な建物に残る人員は数人程度にすぎない。


 執務室の窓からは、整えられた中庭をタマが楽しげに破壊しているのが見えた。


 課題は山積みだ。

 政府機関を制圧しただけで、国と呼べるような状態ではない。

 革命の最中、嫌われ者だった徴税人は真っ先に吊るされてしまい、税を集める手段すら失われている。

 王国の反応はまだ鈍いが、時が経てば奪還のための部隊を必ず送ってくるはずだ。


 地球でも「革命」と呼ばれる運動は数多くあった。だが、研究者によれば成功したものは全体の25%にすぎない。

 わずか25%だ。

 残りの大多数の革命は、直後に権力に潰され、人々の記憶から消えていき、教科書にも乗っていない。


 もちろん、俺たちはこの革命を持続可能なものにするために全力を尽くしている。

 国境の大河にかかる橋をすべて爆破し、徴兵した人員で塹壕を掘り始めた。

 それでも、帝国で戦っている王国の正規軍が本気で向かってくれば、とても太刀打ちはできない。


 だからこそ、まず必要なのは常備軍だ。

 マルクスは著書で市民の自衛を訴え、常備軍を否定した。

 だが俺は思う。マルクスは死後にヨーロッパを襲った地獄の世界大戦を知らない。

 自衛だけでは生ぬるい。敵を焼き尽くす職業軍人こそがこの国に必要だ。


 常備軍――どう作るか。新しい国民に銃を配っても、盗賊が増えるだけだ。

 まずは下士官がいなければ軍は機能しない。


 この国は何もかも足りない。

 官僚も不足している。東部の人口は200万人。これをわずか10人弱で統治できるはずがない。


 ラジオで教育を受けた人材の募集を呼びかけている。

 さすがに東部辺境でも王都で教育を受けた者はゼロではない。

 だが、今のところ応募は一件もない。


 無邪気に喜ぶ民衆とは違い、知識人は分かっているのだろう。

 こんな国ともいえない反乱など、パドシャイ王国軍の魔法使いたちが少し本気を出せば崩壊する、と。


 それは俺も理解している。

 だが、足掻くしかないのだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 執務室に、ミーナをはじめとする五人の幹部を集め、地球の歴史を語った。

 内務大臣と外務大臣を兼任しているミーナの目元には濃いクマが刻まれ、疲労の色が濃かった。


 地球の地図を見せながら説明する。

 アメリカが9.11同時多発テロの報復を叫ぶ世論に押されて侵攻したアフガニスタン。ターリバーン政権はあまりに容易く倒された。

 その呆気なさに米国防総省ペンタゴンは喜びよりも驚きが先に立ったという。


 だが、そこからアメリカは「一から国を作る」という途方もない挑戦に乗り出した。

 二十年の歳月と三千億ドルの予算を費やして――結果は無意味に終わった。


 アメリカがアフガニスタンで政府や軍、警察を作ろうとした際に最大の妨げになったのは、異様に低い教育水準だった。

 住民は政府がなぜ必要かを理解せず、税が何のために徴収されるのかも分かっていなかった。


 国民にはモラルはなく、警察官が副業でアヘンを育て始める始末。

 国というものを知らない民衆にその概念を教えるところから始めなくてはならなかった。


 我々はその轍を踏むわけにはいかない。

 地球の歴史書でアフガニスタンの泥沼を学んだとき、俺は思った。この国はアフガニスタンに似ている、と。


 ここの人々は中央政府を知らない。

 ただ作物を育て、村を訪れる徴税人に税を払う――それだけの生活を送ってきた。


 この国の辺境部は、アフガニスタンよりもさらに酷いかもしれない。

 アフガニスタンは少なくともイスラム教の影響で識字率がそこそこ高かった。

 だが、この国の識字率など一〇%にも満たないだろう。


 とあるアフガニスタンの老人はこう言った。

「わしは何百年ものあいだ、この土地で羊や山羊、野菜を育ててきたが、中央政府なんかなかった。いまさらなんでそんなものが必要なんだ?」


 その通りだ。農村で生活するだけなら政府など不要だ。

 だからこそ、まずは政府の必要性を国民に説明するところから始めなければならない。

 マルクスが革命を訴えていたヨーロッパ諸国には、少なくとも中央集権的な中央政府が存在していた。

 我々はそれ以前の段階から出発しなければならないのだ。


 そこまで語ったところで、ミーナちゃんが爆睡していることに気づいた。

 もう何日もまともに寝ていないのだろう。

 この頼れる外務大臣からは、異世界国家との交渉がうまくいっていないとも聞かされていた。


「国の名前に“民主主義”ってつけとけば、西側諸国と仲良くなれるだろう」と思っていたが、完全に目論見は外れた形だ。


 俺は他のメンバーにミーナをベッドに寝かせるよう指示する。

 五人の幹部はあまりピンときていない様子だった。

 まぁ当然だろう。彼らは文字の読み書きができるというだけで文官を任されているのだから、遠い国の歴史を聞かされても理解できるはずがない。


 ――分かってはいたが、この国は本当に問題だらけだよ、タマ。


 窓枠を破壊して中庭から室内に顔を出しているタマの首元を撫でる。

 タマはやっぱり可愛い。だが、放置しておくと大統領府が更地になってしまいそうだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 旧ミナディア王国は南北で文化がまったく異なる――らしい。

 好むルワハの種類も違い、言語もまるで別物だという。

 俺はこの地域の出身ではないので、その違いを深く理解しているわけではないが。


 大統領就任を知らせるため、街道沿いに移動を続けた。

 タマに乗って目立つため、各村では大歓迎される。

「来年の税を半額にする」と言っているからだ。

 もっとも、村人たちは俺がどんな役割を持つのか理解していないだろう。

 それでも歓迎されるのは、ひとえにラジオのおかげだ。

 ラジオではひたすら俺とタマを褒め称えている。

 タマは可愛い。可愛いは正義だ。


 しかし、各村の上層部からはよそよそしさを感じた。

「どうせすぐに貴族に潰される反乱。仲良くするのは村のリスクだ」と考えているのだろう。

 支持は建国の最低条件だが、それを安定させるには力を示さなければならない。


 俺は、統治がまともにできていない村々の視察を切り上げ、パドシャイとの前線へ向かった。

 戦線の大部分は大河沿いで、渡ってくる船を監視している。

 即席訓練を受けた二人一組の兵士が数百メートルごとに配置され、AKとRPGで武装し、船を次々と沈めていた。

 彼らには難しい指示は出せない。


 一応、魔法使いに対抗できるよう訓練した部隊も配置されているが、ほとんど稼働していないようだった。


 俺の嫌がらせが効いているのだろう。

 俺は単身で突入し、中原部や南部の町を爆破しまくっている。

 戦場を留守にしている貴族たちも、さすがにそれを無視できないはずだ。

 中原の門付近にあるパドシャイ軍の立派な建物を爆破したときは、なかなか痛快だった。


 ただし、一度だけ間違えて異世界国家の施設を爆破してしまった。

 ミーナちゃんにかなり怒られた。

 EU?という国の駐在所を吹き飛ばし、百人ほど死んだらしい。

 まぁ「正体不明のテロリストの犯行」として処理しているので、大事にはなっていない。

 もうEUの国旗は覚えたから、次は問題を起こさないだろう。


 王都にはさすがに近づけないが、地方の行政施設や軍事施設が次々に爆破されている現状で、王国が正面から攻めてくることはないだろう。


 俺は統治するのは苦手だが、破壊するのは大得意だ。

 細かいことはミーナちゃんに任せて、俺は大統領としてテロ活動に精を出すとしよう。


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