第11話 キットゥ君のロシア旅行
日本のヤクザからもらった新聞を広げると、沿海州の警備体制が異常な状況にあると伝えていた。
狙っているものがあるんだが、普通に取りに行くのは相当に厳しそうだ。記事に目を通す。
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202X年12月14日/共通通信
沿海州で発生した大規模銃撃事件を受け、州都ウラジオストクでは抗議活動が広がっている。先週10日未明、住民から「逆走するトラックがいる」との通報を受けて警察車両が出動したところ、車両は犯行グループの攻撃を受け、巡回・救援に当たった警察官や通行人を含め計212人が死亡した。警察や軍部隊を投入して追跡を続けているが、主犯格はいまだ検挙されていない。
現場で発見されたトラックの本来の運転手は銃殺された状態で遺体となって見つかっており、捜査当局はトラックを襲撃の実行手段として使用されたと見ている。政府は強硬な対応を表明し、プチャーチン大統領は約5万人規模の部隊を動員して徹底捜索する方針を示した。
警察当局の分析では、犯行は国内の大規模犯罪組織の拠点を狙ったものと判明している。映像に映った犯人の目元から一部ではイスラム過激派との関連が指摘されている。チェチェン紛争との関連性が取り沙汰されているが、当局は断定を控えつつ慎重に捜査を進めている。沿海州では市民の不安が高まっており、今後の捜査と治安対策が注目される。
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記事を読み終え、ため息が出た。自分の通行ミスが、ここまでの惨事につながったと思うと胸が締め付けられる。最初に攻撃してきたのはロシア政府だが、無関係の民間人が巻き込まれたことについてはちょっとだけ反省している。彼らがそれぞれ信じる神のもとへと辿り着けるよう、十秒ほど黙祷した。
革命の準備は既にほぼ整っている。東部地域にある主要都市四つの行政府に突入する訓練も進んでいる。
戦術的には、東部の実戦部隊はそれほど手強くない。魔法使いは強くても騎士級程度で、アサルトライフル数発で仕留められるだろう。
しかし、真の脅威は王都に巣食う魔法使いたちだ。東部を奇襲して抑えるだけでは勝利とは言えない。
国土の四分の一が革命軍に支配されれば、王都の連中は全力で取り返しに来るだろう。たとえ革命が正当であっても、貴族は容赦しない。
民衆に紛れてゲリラ戦を行っても、民衆ごと抹殺してくる可能性がある。彼らの無法に対しては、より強力な武器で応じるしかない。
思考を整理するために、机の上の地図を改めて広げた。次の襲撃目標を確認する。赤いペンで丸をつけたのは、沿岸州ウラジオストク近辺の軍港だ。
軍港周辺で捕らえた軍人から情報を聞き出した。相手は海軍の少佐クラスの幹部の一人で、最初は口が堅く協力を渋っていたが、最終的には応じてくれた。軍仕込みの尋問法のおかげだな。
魔力を持たない人間があの痛みに数日耐えられたことは驚嘆に値する。敵ながら尊敬に値する戦士だ。
尋問する時には言葉の壁があった。そこで頼りになったのが副官のミーナだ。彼女は異世界で話されるロシア語を学んでおり、通訳として大いに役立った。既に何日もかけて尋問して整合性は確認している。
最後にもう一度だけ、軍人を尋問する。警備体制や回収ルート、夜間の巡回人数などを再確認し、必要な要点は押さえて俺は踵を返した。
その時、背後から声がかかった。軍人が声を荒げて俺を問い詰める。
「お前ら、アレを入手してどうするつもりだ。まさか使う気か!?」
軍人の言葉に、俺は無言で首を傾げて返す。軍人は続ける。
「狂ってる。お前らは狂っているよ。」
ミーナはこちらに無言で小さく目を向け、対処を問うような表情をした。
(処分しますか?)
しかし俺は首を振った。生かして情報を引き出す。この男にはまだ使い道がある。
作戦の全容をミーナに説明する。今回の作戦は大規模だ。
まず陽動として我が組織の戦闘部隊がウラジオストクで大騒動を起こし、混乱が拡大して軍港が手薄になった数時間後、俺が単独で侵入して目的物を奪い取る。
これは単なる略奪ではない。
もちろん、この作戦で手に入れるものは魔法使いとの戦いで切り札になるものだ。
しかし、それに加えて我々に敵対した者は容赦しないという姿勢を示す意味もある。
それが国家であろうと。
報復は必要だ。革命の正当性を示すためにも、裏切り者への見せしめが。
◇◇◇◇◇◇◇◇
森林の奥の臨時基地で、選抜された十三人を前に最後のブリーフィングを行った。隊長はワーヒダ(1号)。
全員が風魔法を操り、光学迷彩で姿を消せる戦士たち。我が組織が誇る精鋭部隊だ。
作戦の趣旨を説明する。彼らにはこの任務が陽動であることだけを伝え、本当の目的は秘匿してある。
視線を第一小隊の隊長に向けると、彼は作戦概要を復唱し始めた。
「第一小隊は、264ゲート付近に待機しているトラックを使い、ウラジオストク港を襲撃して速やかに撤退します。」
サハリンで確保したソ連製対戦車ミサイル、9K111『ファゴット』を転用し、まず石油タンカー、続いて港湾設備や国境警備の船を攻撃する。
港湾機能を麻痺させるのが狙いだ。
ウラジオストクはロシアの中でも、上位の重要性を持つ港。ロシア中の軍隊の目がウラジオストクに集まるだろう。
続いて第二小隊の小隊長が計画を説明する。「第二小隊も264ゲートから侵入し、山中に設置した無反動砲6門で移動しながらウラジオストク中心部を砲撃します。」
弾薬は現地に二千発近く用意してある。
彼らのリスクはかなり高い。一撃離脱型の第一小隊とは異なり、約二十分ほど滞留する想定で、脱出は容易ではない。
しかし、山の中から市街地を砲撃し続ける彼らを捜索する為にはかなりの人的資源が必要になる。俺の目標の軍港の警備はかなり緩くなるはずだ。
ワーヒダと二名の護衛はゲート周辺で全体の指揮を執る。
彼ら全員がこれからの革命に不可欠な人材だ。
「死ぬなよ。では、作戦開始」
――戦士たちが敬礼し、全員が異世界で呼吸するための装置を装着する。彼らの陽動は無駄にできない。
俺は別の臨時拠点に移動して待機する。
腕時計は異世界時刻で午前一時半を指していた。計画どおりなら、ウラジオストクでは既に攻撃が始まっているはずだ。
俺も異世界へ向かう時が来た。
「ミーナ、後は頼んだ」
それだけ伝え、返事を待たずにゲートへ飛び込む。
ゲートの向こうには、前回より扱いやすいATのトラックを隠してある。目的地の軍港では破壊工作は行わず、目的物を忍び込んで運び出すだけだ。
俺の狙いは、工廠に寄港中の戦略ミサイル原子力潜水艦のSLBM弾頭だ。
先週から続く整備の間、軍港内の施設に保存されている。
弾頭は0.5Mt級の核融合兵器、つまり水素爆弾で、広島型の数十倍に相当する威力を持つという。
移動中、軍港から車列が市街地方面へ向かうのが見えた。ヘリも多数離陸している。陽動は確かに機能しているらしい。計画どおり一時間ほど走り、目星をつけておいた軍港の外一キロ地点にトラックを停める。
魔法で自身に光学迷彩をかけ、フェンスを越えて基地に潜入する。想定どおり巡回はほとんどいない。目的の棟へ忍び込む。
机にうつ伏せたまま死んだように見える警備員の腰から鍵を奪い取る。まぁ、死んでいるんだが。
保管庫の警備は厳重で、一つの鍵だけでは不十分だ。
周囲を素早く捜索し、睡眠中の軍の高官からもう一つの鍵を確保する。ナンバーロックと網膜認証を潜り抜け、目的の保管庫の前に辿り着いた。
扉に刻まれたロシア語を確認する。
「СПЕЦХРАН ДЛЯ ТЕРМОЯДЕРНЫХ БОЕГОЛОВОК」――熱核弾頭用特別保管庫。
そこに並んだものをバッグへ詰め始める。予想どおり重い。一個あたり約500kgで、俺の魔力でも三個が限界だった。
起爆用の特殊な回路も必要だと聞いていたので、それも回収する。
基地外へ脱出する時に、荷物の重さでフェンス越えが難航する。
少し手間取っていると、基地全体でアラートが鳴り始めた。死体が見つかったのだろう。急がねばならない。
魔力を全開にしてフェンスを蹴破ってトラックへ駆け戻り、荷物を乱暴に荷室へ押し込む。
ゲートまで戻る途中、地上での検問には遭わなかった。ウラジオストクの陽動が効いているのだろう。
ウラジオストク方面の地平線が明るく燃えているのが見えた。
爆弾を一つずつ丁寧にゲートに押し込み、最後にトラックを粉々にして元の世界へ戻る。到着後、即座にゲートを崩した。
臨時拠点に戻ると、ミーナが駆け寄り、タマが俺を押し倒して顔を舐めてくる。
タマ、疲れているんだ。後で遊んであげるから今は勘弁してくれ。
タマの背に三つの爆弾を括りつけ、アジトへ運び込んだ。この切り札となる爆弾は地中深く作った隠し部屋に厳重に梱包した。場所を知るのは俺とミーナだけだ。
しばらくすると、ウラジオストクに派遣していた部隊の生存者が戻ってきた。しかしニ名が欠けている。一人は右手を失っていた。
第二小隊は中心部を攻撃中に太平洋艦隊からの砲撃を受けたらしい。
その時に二名が殉職した。それでも大半は無事に帰還した。各員それぞれに抱きつき、ねぎらいの言葉を掛ける。彼らの偽装工作も完璧だ。遺体は処理済みで、後始末も手際よく行ってくれたらしい。
自分の部屋に戻ろうとしたところで隊長のワーヒダが声をかけてきた。
「詳しいことは聞きません。彼らの犠牲は意味がありましたか?」
彼女のエメラルドの瞳が揺れている。
初めてこんなに彼女の目をしっかり見たかもしれないな。
数秒の沈黙の後、俺は頷いた。
これで準備は整った。革命が、始まる。