第五話
今日は一日、穏やかな天気が続いていた。
窓の外に目を移すと、ぽかぽかと暖かい日差しが差し込んでくる。
そんな時間帯に始まったLHRは、自然と。
「ねむい・・・」
欠伸が漏れてくる。
あふあふと、溢れ出る生理現象を、出来るだけ目駄立たないように口に手を当てて隠し。外に向けていた視線を前にもどす。
本来先生が立つべき其処には、このクラスの委員長『斉藤 和姫』(さいとう かずき)君が黒板を背に立って、話をしている。
内容は、今月予定や次のテスト日程、駐輪場で起きたトラブルについて等々・・・先生に事前に渡されたのか、手に持ったプリントをよく通るボーイソプラノで読み上げていく。
その姿を見ながら私は。
(・・・ホントに、男の子かしら?)
っと、本人には聞かせられない感想を、胸中で呟く。
柔らかそうな、髪質。男の子にして細身の体格、背も160㎝くらいしかなさそうだ、なにより顔がいけない・・・
(童顔?って言うか女顔よね)
つぶらな瞳に、小さな頤、一応男子制服を着ていれば男の子に見えるけど。女子用のブレザーを着させて、ちょっとお化粧すれば、そのまま女の子でも通りそうだ。
(愛称も『姫』だしね)
下の名前、『和姫』の『姫』が、先月に行われたクラス委員決めで、彼が委員長になってから着いた、あだ名。
最初の頃は、盛大に嫌がっていたけれど、最近は諦めてきた様だ。
今では『委員長』か『姫』のどちらかで、呼ばれる事が殆どに成っている。
(マスコット扱い?)
きっと、クラス女子の大半が『一度は、女装させてみよう!』っと思っている事だろう。
あたしだけって事は、無いと思うな、うん。
「あふ・・・」
なんて、腐女子っぽい事を考えていたら、又もや欠伸。
最近眠りが浅いからなぁ~
自然と目尻に上がってくる涙の粒を、指で軽く拭っていると。
コツン!
っと、後頭部に何か軽い物が当たった。
かさり、と音を立てて右足下に転がるのは、ノートの切れ端を丸めた様な物体。
「・・・」
其れが、飛んできた右後ろに首を傾げ、視線を向けると。
「眠そうだね?由美」
活発そうな瞳を此方に向けて、クラスメイトの『時田 香』が。右サイドに結った少し長めポニーを揺らしながら、あたしに話掛けてきた。
「髪が汚れるから、こんな物投げないでよ・・・」
足下に落ちていた紙くずを拾って、投げ返す。
香は、くすくす笑いながら、飛んできた其れをキャッチすると。
「ごめんごめん。で、何でそんなに眠いの?昨日は、あまり遅く成らなかったよね?」
「ん、課題も昨日は無かったし。家に帰った後は結構早めに寝れたけど。」
「?」
「最近、ちょっと夢見がね・・・」
「夢?悪夢とか?」
「う~ん、そんなんじゃ無いけどね」
薰は私の返事に、よく分からないと言いたげに眼を細めた。
「ここ数日、ちょっと昔の夢をよく見るのよね」
「昔の夢?あ、ひょっとして、付き合ってた男とか!?」
「香は、すぐ其れよね」
何時も常套句にため息一つ付いて、あたしは、ここ最近よく見るように成った夢を思い返した。
それは、あたしにとって、とても大切だった幼なじみの夢・・・
あの娘と始めて出会ったのは、小学校3年に上がった春の事。
折れそうなくらい細くて小さな身体に、真っ白な肌、赤い瞳、そして銀色に輝く柔らかな髪。
まるで、お人形みたい。
それが、最初の印象。
同じクラスになった彼女・・・名前は『市ノ瀬 翼』その特異な容姿に、あたしは最初、外国人かと思った。
身体が弱く、見た目も普通じゃない彼女は、クラスが出来上がって数日もしないうちに孤立。
男の子達からは「真っ白おばけ!」などと呼ばれ、よく虐められていた。そして女子からも「気持ち悪い」と敬遠され。
恥ずかしい話だけど。私も、あの娘に興味は持っても、自分から近づこうとはしなかった。
3年生になって、二月ほど立った頃。
クラスで始めての席替えが行われた。そして私の席の隣に成ったのは。
翼だった。
虐められていた彼女を、ただ遠くから見ていただけだったあたしは。正直、どう接して良いか判らなくて。
隣に座った彼女を、ただ見つめる事しか出来なかった。
そんなあたしに、翼は。
「ご免なさい香坂さん・・・私と一緒にいると、虐められちゃうから。話掛けなくて良いよ?」
と、小さく呟いた。
その姿は、とても儚くて・・・
気がつくと、あたしは。
「なに言ってるの!折角、隣りに成ったんだし、友達になりましょう!」
と、声を上げて、あの娘に、翼に声をかけていた。この時、あたしの心に、どんな心境の変化が有ったのか?正直今でも判らない。
只の同情だったのか?幼いながらも母性本能を擽られたのか?でも、今思うと理由なんかどうでも良かったのかも知れない、きっと始めて彼女を見た時から、あたしは翼に惹かれていたんだと思う。
そして、この日を境に急速に仲が良くなったあたし達は、何時も一緒に行動するように成った。
付き合ってみると翼は、とても良く笑う子で。甘い物が好きで、ちょっと抜けてる所があって、見かけは普通じゃなくても中身は本当に普通の女の子で。
そんな翼を知るほど、あたしは、虐められていた彼女を只見ていただけだった事が悔やまれて・・・
自然と、この娘の為に何かしてあげたいって思う様に成っていった。
幸い、私達が仲良く成っていくに連れて、彼女を敬遠していたクラスの子達も、少しずつ態度を変えてくれる様に成っていた。1年経つ頃には蟠りも消えたのか、クラスの子達の翼への態度はだいぶ柔らかいものへ変化していた。
そして、月日は経ち4年、5年と私達は運良く同じクラスとなり、友情を深めていく事に成る。
この頃のあたしは、翼のお姉さん的ポジションに居て。今思うと、ちょっと過保護なくらい、翼の事を大事にしていた。
ずっと、こんな日が続けば良い。
そう思っていたし。きっとそうなると、疑いも無く信じていた。
でも。
小学五年の冬。
翼は、あたしの目の前で、吐血をして・・・倒れた。
そして、入院。
其れからの、翼は見ていられなかった。
その日を境に、入退院を繰り返すように成った翼は、結局残りの小学校生活の三分の二を、病院で過ごすことに成る。
病院にお見舞いに行けば、其処にいるのは。
沢山のチューブに繋がれて、弱々しい息を繰り返す。大切な幼なじみの姿。
見ているのが、とても・・・恐かった。
それでも、体調が少しでも戻れば、翼は学校にやってきて。
「由美、ただいま」
と、微笑んでくれた。
あたしは、そんな翼を見て、ただ抱きしめて泣くことしか出来なかった。
そんな日々を繰り返す中、翼の病状はどんどん悪化していき。
小学校最後の日、卒業式。
そこに翼の姿は・・・無かった。
そして、中学校入学式。
あたしは、そこに車椅子にのった翼が居るのを見て、驚いた。
「どうして?」
「うん、せめて入学式くらいは出ておきたかったから」
こけた頬、やせ細った手足、とても見ていられない姿だったけど。
あたしは。
「じゃあ、由美様が連れっててあげるね!」
と、精一杯の笑顔で言い、あの娘の車椅子を押して会場に向かった。
移動してる最中、翼があたしの方向に顔を向けようとするたびに。
「いいから、前を向いてなさい!」
と、窘める。
だって、泣き顔なんて見られたくないじゃない・・・
式が終わり、翼はまた、病院に戻っていった。
結局、あの娘が中学校に登校したのは、あたしが知る限りこの日が最後。
それからは、ずっと入院生活が続くことになる。
少しでも時間が有れば、お見舞いに行くのが日課になり。
そして、あの入学式の日からさらに一年が経ち。
中学2年生の春。
あたし達は、ひとつの約束を交わした。
「ねえ翼?」
「なに、由美?」
「病気が治ったら・・・」
「また一緒に学校に行こうね?」
「由美・・・私は・・・」
「ね、約束して?」
こけた頬に、いまにも泣きそうな瞳で言いよどむ翼が、今にも消えてしまいそうで。
あたしは、言い聞かせる様に「約束だよ」と、あの娘の手を取り。
小指を絡ませた。
「由美・・・うん、判った。約束だね」
そして翼は、どこか達観したような顔で微笑むと、そっと指を切ってくれた。
きっとこの時の翼は、この後自分がどうなるか、うすうす気がついて居たのかもしれない。
そして、さらに時は過ぎ。
季節は夏。
何時もの様に、お見舞いに来たあたしが、病室に行ってみると・・・
そこには、翼の姿が無かった。
慌てて、近くを通りかかった、看護士さんに聞いてみると。
返ってきた答えは。
「市ノ瀬さんね?実は昨日の夜から様態が悪化してね」
今は集中治療室に運ばれていて。
「ご免なさいね、面会謝絶なのよ」
会う事は出来ないと言われた。
あたしは、後ろ髪を引かれながら病院を後にし自宅に帰るしかなかった。
結局、翼の顔を見ることが出来たのは、この日の前日が最後。
あの娘は暫くして、もっと設備の良い病院に移されてしまい・・・
その後、あたしは、翼が移されたという先の病院について調べようとした。
でも、時を同じくしてあたし自身の生活にも、大きな転機が訪れ。
今、如月付属の寮生の一人としてして生活しているのも、その時起きた事柄の延長線上にある。
結局、連絡先も聞かぬまま。
あたしは、翼との思い出がいっぱい詰まった、あの街を離れた。
違うわね・・・そうじゃない。
あたしは、翼が本当はどうなってしまったのか・・・其れを知るのが恐かったんだ。
だから別の理由を盾にして、翼の行方を捜そうとしなかった。
なんて、情けない話なんだろう・・・
「先生、遅いですよ?」
「ん?」
物思いに耽っていた、私の耳に。ちょっと怒ったような雰囲気で、斉藤君の声が飛び込んでくる。
その声に、顔を上げてみると。いつの間にか担任の小野寺先生が、教室の扉を開いて中に入ってきていた。
(いけない、ちょっと考え込み過ぎたみたいね)
何故か頭に包帯を巻いている先生は、その事に疑問を持った斉藤君の言葉を適当にあしらうと。
「斉藤、クラス全員に話があるから、取り敢えず席に戻れ」
と、指示を出して、入れ替わる様に前に立った。
途中、斉藤君が開いたままの入り口の方を見ながら、固まった様に動かなかったけど。
なにが有ったのかしら?
あたしの位置からでは、扉の外に何が有るのか見ることは出来なかった。
疑問に思いつつ、前に立つ先生を見ると。
「よし、みんな注目してくれ、話がある」
と、切り出した。
何の話?
クラスのみんなも、その言葉に耳を傾ける様に大人しく注目した。
「突然だが。今日から、みんなに新しいクラスメイトが増える」
その言葉に、口を閉じていたクラスメイト達が、ざわざわと騒ぎ出す。
「静かにしてくれ、話を続けるぞ!」
「あの、先生!」
話を続けようとした、先生に。さっき席に戻った委員長、斉藤君が手を挙げて質問をする。
「ん?どうした斉藤」
「なぜ、午後に成ってからなんですか?」
心なしか顔を赤くして、ちらちらと扉の方に視線を向けながら、疑問を口にする。
さっき固まってたのは、外にいる新しいクラスメイトを見たからね?顔を赤くしてるって事は・・・女の子?
「ん、それも踏まえて説明する」
「先ずは入って貰おう、市ノ瀬!入ってきなさい」
(いち・・・のせ?)
「はい、失礼します」
先生の呼ぶ声に、まるで鈴を転がす様な声が廊下から帰ってきた。
それは、とても懐かしい声で・・・
吸い込まれる様に、扉の方向に視線を移すと。
そこには。
(う・・・そ・・・)
肩口で切りそろえられた髪は、窓辺から差し込む光に反射して、きらきらと銀色に輝く。
小柄な体躯を学校指定のブレザーでつつみ、袖口から覗く肌は、病的なほど白い。
すこし顔を伏せ気味にして、歩いて入ってきたその女の子は。
黒板前で、先生の横に立ち。
教室全体が見渡せるように、くるりと身体の方向を変えて、顔を上げる。
其処にあるのは、紅玉の様に輝く赤い瞳。
まるで、陶器で出来た人形の様な綺麗な顔。
そして、華咲く様に色づいた、桜色の唇から。
「初めまして、今日から此方の学校に通うことになった市ノ瀬 翼です。宜しくお願いしますね」
ずっと、聞きたかった声と共に、懐かしい名前が紡ぎ出された。
微笑みお辞儀する、その女の子の圧倒的存在感に、クラスじゅうが水を打ったように静まりかえる中。
あたしは。
「翼っ!」
気がつくと彼女の名前を叫んで、立ち上がって椅子を蹴り走り寄っていた。
「え?・・・ゆ?ふえぇ!?」
あたしに気がついた翼が、名前を言い切る前に、ぎゅっと抱きしめる。
「え?ふえ、ゆみ!?」
「翼!・・・翼ぁ!!」
ああ、間違い無い、翼だ!あたしの大切な・・・あたしの大好きな翼だ!
「え?うそ!ホントに由美・・・なの?」
「うん、うん・・・会いたかったよ!つばさぁ!」
あたしの腕の中で、驚いた様に身じろぎする、華奢な身体。
ホントに、ホントに此処に居るのね・・・
ぽろぽろと、熱い物が頬をつたって落ちていく。
「翼ぁ・・・ひっく、ご免なさい!ごめ・・・んなさい・・・ひぐぅ!」
腕の中の温もりを感じたあたしは、堰を切った様に泣きながら彼女に謝った。
そんな、あたしに対して翼は、やさしく抱きしめ返しながら。耳元で囁く様に聞き返してくれた。
「ゆみぃ?どうして謝るの?」
「だって、あたしは・・・ひっく・・・翼がっ・・・どうなったか恐くて」
「うん」
「行方をっ・・・さが・・と・・・しなっかった・・・ごめんなさい・・・ひぐぅ」
涙が止まらない。
翼、嫌いに成らないで・・・
「由美・・・」
翼の声が聞こえる。
「泣かないで、由美」
背中に回され居た手が、そっと頭に乗せられる。
「ほら、私は此処に居るよ?」
昔は、あたしの方が、この娘を慰めていたのに。
「ねえ、由美。約束、覚えてる?」
まるで、姉が妹にする様に、優しく頭を撫でながら。
「病気が治ったら」
「うん・・・ぐすっ」
「一緒に、もう一度」
あたしは、泣きながら伏せていた顔を上げて。
翼も、少し体を離すと、きっと酷い顔に成っているはずの、あたしを正面から見て。
『学校に行こうね』
声を重ねて、約束の言葉を口にした。
この後。
暫くして落ち着いたあたしは、自分のやった醜態に顔から火が出そうに成りながら、先生の指示で席に戻った。
翼も、困ったように顔を赤くしていた。
うぅ、恥ずかしい・・・
あたしはが悶えている間に、小野寺先生がなにか話して居た様だけれど。正直それどころでは無く、話の内容は何も覚えていない。
あ、明日からどうやって登校すれば良いのかしら・・・
そして翌日。
幸か不幸か、この騒ぎのお陰で、翼は好意的にクラスに溶け込む事になる。
もっとも。
『翼×由美』百合疑惑がクラスじゅうに伝播する事になるのだが、それは又別の話。
「百合って・・・」
「・・・それも、良いかも」
「ちょっ・・・由美?」
渡る世界・幸せの祈り 第五話 完
すっごい、百合百合になってしまいました(笑)
さて、今までの話で名前だけは出ていた由美が、やっと登場です。
翼の、幼なじみでポジション的には、お姉さん的位置にいます。
そして、翼、至上主義です(^-^;
先に出てきた、彼方との絡みがちょっと心配になってきました・・・
修正前は、ここまで翼LOVEじゃ無かった筈ですが、どこで間違えたんだろう?
まあ、取り敢えず此処で一区切りです。じつは個人ブロク掲載時には、この話までが一話って扱いでした、なので第一章が此処までって感じですね。
副題付けるの苦手なので、一話、二話ってしてますが・・・
さて、次の話も頑張りますので、宜しくお願いしますねm(._.)m
追記
由美の一人称にしているせいで、由美の容姿がまったく出ていない事に気がつきました・・・
きっと、そのうち翼が語ってくれます oTL・・・