第四話
保健室での、騒動の後。私は、再び廊下を歩いている。
前を行くのは【頭に包帯を巻いた】男性、今日から私の担任となる『小野寺 敬一』先生。短く刈り取った頭に巻かれている包帯に、時折気にするように左手を当てている。
良い言い方をすれば、割腹の良い。悪い言い方をすれば、ちょっと小太りな体躯。背は、170有るか無いかくらい、ちょっとくたびれた感じのスーツを着込んでいる。
柔道着とか似合いそうな雰囲気。と言うか、実際柔道部の顧問を受け持ってるとの事、担当教科は意外な事に(失礼かな?)数学って話。
暫く歩いていると、不意に先生が此方を振り向いて。
「あ~、市ノ瀬?」
「はい?」
遠目で見ると厳つい、でも近くで見ると、結構愛嬌のある顔を少し曇らせながら。
「結局俺は、なんで倒れてたんだ?」
と、聞いてきた。
私は、そんな先生に。
「それは・・・余り深く考えないほうが、吉だと思います――」
冷や汗を浮かべながら、そう答えた。
数十分前 ―― 保健室室内にて。
「何かな?この惨状?」
保健室に戻ってきた夏美先生が、最初に洩らしたのは、そんな言葉だった。
「えっと、あの、その・・・」
カーテンを閉めたベットの上で、慌てて着替えながら、私はしどろもどろに返事をする。
どうしよう、説明のしようがないよぉ~
不幸中の幸いと言うか、夏美先生が戻ってきて数分もすると。二人は意識をとりどした。
起き上がりなら、二人が『なんで、倒れてるんだ?俺』と全く同じ言葉を異口同音で呟くと。
「それは、私が聞きたい所ですが?」
夏美先生が、メガのフレームに指を当てながら困り顔で聞き返す。
そして私は、そんな3人を見ながら、どう言い訳するか必至に考えを巡らせてた。
まさか、ホントの事を話すわけにも行かないし・・・どうしよう・・・
そんな風に、頭を悩ませていると、所在なさげに視線を彷徨わせていた彼方さんと私の目が有った。
「あっ!」
「あぅぅ!」
驚いた様に声を上げる彼方さんと、目が有ったとたん、私の頬がかっと熱くなる。
(そ、そういえば、彼方さんに裸を見られたんだ!)
そう思ったとたん、言い訳などと言う考えは吹っ飛んで、頭の中が真っ白になった。
「あっあの!えっと、あうぅぅぅぅぅ!」
意味不明の言葉が、私の口から漏れる。なんて言えば良いか判らないよぉ~
それ以上、視線を合わせていられなくなった私は、俯いて視線をそらした。
(どうしよう、どうしよう~どうしようぅぅぅ!)
もう、頭の中は其ればかり。
「翼ちゃん!」
「ふえ!?」
俯き、胸元で両手をもじもじとさせていると、急に至近距離で名前を呼ばれ。おどろいて顔を上げる。
そこには、真剣な目で私を見つめる、彼方さんの顔が有った。
そして。
「御免!」
そう、言うと突然姿勢を低くして、地面に頭を擦りつけるような姿勢になった。
所謂。
土下座。
「え?ぇぇぇぇぇぇぇええええ?」
始めて見た、彼方さんの土下座に、さらにパニックが加速していく。
「本当に御免!悪気は無かったけど、悪いのは俺だ!」
ゴツゴツ!
謝るたびに、床に額が打ち付けられる音が響く。
「え?あ?彼方さん!ちょ、あわわわわわ」
慌てる私の声に重なるように響く、額が床を打ち付ける音。その場は訳の分からない混沌と化していた。
「二人とも、落ち着きなさい・・・」
「何事だ?」
夏美先生と、倒れて居たもう一人の男性、小野寺先生の、呆れた様な呟きが保健室無いに響いた。
土下座している、彼方さんと、意味不明の悲鳴を上げていた私を「取り敢えず、落ち着け!」と窘め。夏美先生は、頭に瘤を作っていた、彼方さんと小野寺先生の処置を済ますと事務机前の椅子に腰掛け。
(患部に薬を塗って「大げさです!」と言われながらも、グルグルと頭に包帯を巻いた)
私達二人も、並べるように、開いたパイプ椅子に腰掛けさせ、質問をしてきた。ちなみに、小野寺先生は少し離れた場所で、同じようにパイプ椅子に座っている。
「つまり、翼ちゃんが着替え中に君が・・・えっと2年の榊君ね?」
「はい、2年B組の『榊彼方』です」
「うん、君が扉を開けてしまって、着替えを結果的に覗いてしまったと?」
「そう・・・ですね」
その時の情景を思い出したのか、彼方さんの頬が僅かに朱に染まる。
(思い出さないでぇ~)
「で、慌てて出て行こうとして、足下にあった椅子に気がつかずに、引っかけて転んでしまった?」
「・・・はい」
そう返事しながら、彼方さんは、そっと私に目配せした。
・・・この人は、私の。
「その時に、たまたま近づいて来ていた、小野寺先生にぶつかってしまって、二人で転んで頭を打ったっと?・・・なんだか漫画みたいな話ね?」
後半すこしだけ笑い声を含みながら、彼方さんの説明を聞く夏美先生。
事実は違うけど・・・
ちなみに、一緒に倒れて居た男性・・・と言うか、私の担任となる小野寺先生は。
「そうだったっけ?」
と、頭を打ったせいか記憶が混乱しているみたいで、しきりに首を捻っている。
先生には悪いけれど、ここは彼方さんの話に合わせておくのが穏便にすみそう・・・色々ご免なさい。
「それで合ってるかしら?翼ちゃん」
「あ、はい合ってます。えっとその、彼方さんだけが悪いんじゃなくて私も油断してたから・・・」
カーテンさえ閉めていれば、あんな結果には成らなかったよね・・・
「まあ、私も不注意だったわ、部屋を出るときに鍵を閉めておくべきだったわね」
と、意気消沈している私を励ますように、ぽんと私の頭に手をのせると。夏美先生は笑いながら、そう言ってくれた。
「ところで、二人とも知り合いなの?名前で呼び合ってるようだけど?」
不意に思い出したように言う、先生の言葉に。私と彼方さんは、視線を合わした。
ボン!
せっかく退いていた、頬の朱色が一瞬でぶりかえす。
(あ~だめよ翼、とりあえずさっきの事は、頭から追い払いなさい!)
私は慌てて、視線を外すと。
「えっと、去年私が入院していた病院に、彼方さんが担ぎ込まれてきてそれで・・・」
頬に上がる朱の気配を追い払うように、すこし強めの口調で知り合った経緯を、口にした。
「はい、交通事故で運ばれた先の病院が、翼ちゃ・・・市ノ瀬さんの入院先で。入院中に知り合いに」
そして彼方さんが、補足するように、その先を続ける。
名前、言い換えなくても良いのに・・・
「去年?ああ!トラックと喧嘩して生き残った学生って、貴方だったのね?」
「喧嘩した覚えは有りませんが・・・」
夏美先生の言い様に、困ったように頭を掻いて、言葉を濁す。
って、事故の相手ってトラックだったの?初耳です!!
「たしか、道路に飛び出した子供を助けようとして。替わりに事故にあったのよね?」
「え?そうだったんですか!?」
事故にあって入院したのは、聞いていたけれど。相手がトラックだったとか、事故に遭った経緯までは話して貰ってなかった私は、吃驚して彼方さんに聞き返した。
「あ~、まあ、うん」
鼻の頭を掻きながら、明後日の方向を向いて、誤魔化すように返事をする。
「あら、翼ちゃん、聞いてなかったの?」
「あ、はい・・・実際に再会したのは、彼方さんが病院に来て3日後くらでしたし。其れほど重い事故に合った様な怪我には見えませんでしたから・・・」
それ以前に、突然目の前に『大切な人』が現れたら。事故原因よりも、そっちの驚きの方が大きくて気が回らなかったし・・・もっとも、相手も『私と同じ』だって判ったのは、もう暫く時間が経ってからだったけど。
「再会?」
「え?あ、ちがいまう!始めて会ったのがです!」
慌てて言い直す。
「・・・ふ~ん」
夏美先生は、眼鏡の奥で眼を細めて、私達を疑うように視線を彷徨わせると。
「まあ、詮索するような事でもなさそうね」
と、ちょっと意地悪な感じで笑った。そして話を切り替えるように、彼方さんの方を向きながら。
「取り敢えず、榊君、未だ授業中よね?此処へはどんな御用で来たの?」
あ、すっかり忘れていました・・・
この後、体育の授業でサッカーの競技中に、あいての蹴りを受けてしまって、青痣が出来ている事を夏美先生に話した彼方さんは、「そう言う事は、もっと早く言いなさい!」と怒られながら、湿布を患部に貼って貰うと。
まだ、時間的に間に合うからと。授業に戻っていった。
去り際に、私にだけ聞こえるくらいの小さな声で。
(翼ちゃん?『使った』よね?)
と耳打ちしてきた。
その言葉に私は。
(無意識でって言うよりも、彼方さんのせいです・・・)
ちょっと、意地悪にじと目で見返しながら言葉を返す。
彼は、困ったときに何時もする癖、鼻の頭を掻きながら、もう一度私に謝ると。最後に一言。
「あ、そうだ。まだ言ってなかったね?」
「はい?」
「入学おめでとう、翼ちゃん」
と、不意打ち気味に呟いて、微笑むと。軽く手を振りながら駆けていった。
まったく、何時もそう。不意打ちは卑怯です・・・
走り去っていく後ろ姿を、見送っていると。
「あ~市ノ瀬、もう良いか?」
っと、今まですっかり、その存在を忘れて居た。小野寺先生が私に声を掛けてきた。
えっと、ご免なさい先生、本気で居るとこと忘れてました・・・
そして話は、冒頭に戻る。
冷や汗を流しながら返した言葉に、先生は「あ~、まあ細かい事はいいか」と呟くと。
少し擦れ気味の声で、話し出した。
「今はLHRの時間だ。少し遅れたがまあ、大丈夫だろう。委員長が進めて居るはずだ」
「はい」
「市ノ瀬の教室は、さっきも言ったが1年C組、少し階段がキツイかも知れんが4階にある。で俺が担任だ」
保健室は、1階。今は4階の廊下を歩いている。
此処まで来るのに、実は、職員用のエレベーターを使って来た。午前中体調を崩して居た事と、時間的に移動が早いと言う事で、今回は特別に使わせて貰った。体調を崩してる時なんかは、特別に使って良いと、良子おばさんの方からも許可を貰っているから、たびたびお世話になるかもしれない。
「授業は基本、一コマ50分で1日の基本は6コマだ、遅れなどが出なければ、午後3時には終了。その後は委員会やクラブ活動になるな」
「クラブや委員会の所属は必修ですか?」
「ん?ああ、強制ではないぞ、基本生徒の自主性に任せている」
「まあ、市ノ瀬の場合は身体の事も有るだろうし、よく考えてから決めると良い」
「はい、そうさせて頂きます」
「まあ、時期的に人気のあるクラブは、部員募集を締め切ってるかもしれんがな」
5月に入っているし、それは仕方がないかもしれないなぁと、考えていると。
「ん、此処だ、少し待っていてくれ」
と、先生が立ち止まりながら、声をかけてきた。
1年C組とプレートの付いた、扉。話している内に、教室に前に着いたみたい。
カチャリと、扉を引き教室に入っていく先生。
開いた扉の隙間から、少し線の細い男子生徒が、黒板を背に立っているのが見えた。
その生徒は、小野寺先生が入って来た事に気がつくと。
「先生、遅いですよ?って、その包帯は?」
と、男の子にしてはやや高い声を上げて、入ってきた先生に対して非難する様な口調で言った後、頭に巻いている包帯を指さしながら言葉を続けた。
先生は「いや、悪いな。包帯の事は気にするな、俺にもよく分からん」と、大して悪びれせず謝り、包帯に関しては言葉を濁しながら、その生徒に近づいていき。
「斉藤、クラス全員に話があるから、取り敢えず席に戻れ」
と、声を掛けた。
斉藤と呼ばれた男子生徒は「はあ?」と返事をすると、立っていた場所を先生に譲り席に戻ろうとして。
不意に、何かに気がついた様に、私の居る扉の開いたままの廊下に目を向けてきた。
「!?」
「ん?」
私と視線があった、彼。斉藤君?は、急に固まった様に動かなく成り、その姿に疑問を持った私が小首を傾げると。
「つっ!」
言葉に詰まったような、声を発して、顔を真っ赤に染めた。
え?なんで赤くなってるんだろう?
そんな姿に、なおも疑問に思っていると。
「どうしたんだ、斉藤?」
と、小野寺先生の声。
「え?あ!な、何でもないです!」
斉藤君はその声に飛び跳ねる様に驚くと、私から視線を外し。慌てながら私から見えない位置に移動していった。
ん~?何だったのかな??
よく分からないその態度に、私の頭の中は疑問だらけ。
ただ、一つ言えることは。
斉藤君だったっけ?女の子みたいな顔してたなぁ~
っと、我ながら失礼な感想・・・
視線が合った彼の顔は、小作りで中々整っていて。女装させたらさぞ似合いそうだった。
身体の線もほっそりしてたしね。
などど、自分の身体の小ささを棚にあげて、考えていると。
「市ノ瀬、入ってきなさい」
と、呼ばれる声。
失礼な想像をしている内に、先生の話が進んでた見たい・・・うん、自重しよう。
私は。
「はい、失礼します」
と、返事をすると。教室内に向かって一歩足を進めた。
渡る世界・幸せの祈り 第四話 完
夜中にこっそりUP(-_ゞゴシゴシ
うん、話進んでませんね・・・っていうか、やっと教室前まで持ち込みましたって感じです(^-^;
前回から顔を出している、彼方君ですがレギュラーメンバーの一人になります、回によっては彼が語り手になる事も?
次の五話で、一応一区切りになる予定?なったら良いなぁ・・・
六話から少し話が動きます(あくまで予定)たぶん、きっと、大丈夫・・・かな??
と言う分けで、こんな拙い物語りですが、ユニーク130ほどに成りました、読んで下さって有り難う御座います。
此からも、頑張りますので、宜しくお願いしますねm(._.)m
それから、文中にでてきた、翼と彼方の再会?についての話は、本筋とは今のところ関係無いので、お話が進んだら、短編にでもして書くかもしれません(未定ですけどね(ーー;))