第二話
第二話です。
大きな事件は暫く起きません、ゆっくりと話は進みます(^-^;
如月大学附属高校
今日から、私が通うことになる高等学校。
如月財団が経営する私立校で元々は国立の学校だったとの事、名前も以前は違ったらしいけど、私が産まれる前の話なので詳しい経緯は知らない。
只、この学校を経営している如月財団と私の家族は、ちょっとした付き合いがあり。此処付属の学長である『如月 良子』こと良子おばさんとは、私も小さい頃から面識がある。
今私は、その良子おばさんと会うために、学校内の長い廊下をお母さんと共に歩いていた。
廊下に面して並んでいる窓枠は、少しかわったデザインをしていて。
『北欧窓』って言うのかな?上部窓が半月のように円いデザインで、下部窓は今時珍しい押して開くタイプに成っている。窓の直ぐ外はベランダ状に成っていて、そのまま歩いてL字型になっている校舎の端から端まで移動出来そうな感じ。
校舎のデザインも、近代的な物ではなく、『大正・明治』を思わすモダンな作りに成っていて一見すると壁は、白い煉瓦を重ねた様に見える。
とは言っても、実際に『大正・明治』に建てられた訳では無く、校舎がこの姿に成ったのは結構最近の話らしい。つまり一見古い作りに見えるけど、中身は近代建築で作られた新しい学校で、「安全対策も、完璧よ」と入学前の私に、良子おばさんが自慢げに言っていたのを覚えている。
付属なので、当然の様に大学部も存在しているけれど高等部のある敷地とは別に成っていて、距離も結構離れているので実質この校舎に通っているのは、全員高校生のみ。大学部の人達を見かける機会は少ないらしい。
高等部の校舎は小高い丘の上に立っていて、学校前には、緩やかに上る道がスラロームの様に続いている。
その道に沿うように桜の木が並んでいて、満開時の見応えは、この学校の自慢の一との事。実際、お花見も出来る様に学校関係者以外の人でも自由に使って良い公園の様なスペースも、通学路沿いに有る。
「散りかけなのが、残念」
ふと言葉が、口を衝いて出る。
「ん?どうしたの翼?」
隣を歩いていたお母さんが、私の言葉に声を掛けてくる。
「あ、うん。通学路の桜が、散りかけなのが残念だったなって」
「ふふっ、そうね。来年に成れば又見られるわよ」
私が病院を退院したのは、先月の終わりの事だった。
入学式には出ていないから、気分的には転校生。
「翼は、良子と顔を合わせるのは、久しぶりよね?」
「うん、前に会ったのは特別に病室で入学試験を受けさせて貰った時だから・・・3ヶ月くらい前かな?」
ひと息考えて私は答える。
小学校5年の冬から中学校の3年間。私はこの期間の間、殆ど学校には通っていない・・・と言うよりも通えなかった。
勉強の方は、家庭教師と独学で進めて、義務教育課程の学力を身につけていたけれど。正直、高校に進学出来るとは思ってなかった・・・
この学校に通えるのは、偏に、良子おばさんの尽力のお陰。とっても感謝している。
重度の遺伝子病に加え、色素が欠落したアルビノ症候群の身体。当然の様に発育不全で、とても高校生には見えない容姿、正直受け入れて貰えるか、凄く不安だけど。
それでも私は、此からの学園生活に期待を膨らませている。
だって・・・『向こうの世界』に比べたら、今の私は、たとえ病気を抱えていたとしても『幸せ』と言える環境に居るから。
「ここね」
暫く歩くこと数分。私達は『学長室』と書かれたプレートのある扉の前に立っている。
重厚な木目調の作りに成っている扉には、馬の蹄を思わせる形のノッカーが付いている。お母さんが無造作にノッカーを握り、数度軽くノックをすると。
「はい、どうぞ開いてますよ」
扉の向こうから、少しくぐもった女性の声が返事を返してきた。
久しぶりに聞く、良子おばさんの声。
失礼しますと、声を掛けつつ扉を引く母に続いて私も同じように声を掛けながら入っていくと。
「まあ、礼子よく来てくれたわね」
重厚な作りの執務机に座った女性が、お母さんの名前を呼びながらにっこりと微笑んでいた。
「おはよう良子、娘を連れてきたわよ」
その言葉に、視線を私に移す良子おばさん。髪をアップに纏め、暖色系の春物ワンピースに身を包んだ其の姿は同性の私から見ても相変わらず素敵なおばさまだった。
「おはよう御座います。良子おばさん」
母に続いて、私も挨拶をする。
「久しぶりね翼ちゃん、体調のほうは大丈夫かしら?」
「はい、ご無沙汰してました。体調は問題ないと思います」
「そう、でも本当はもう少し入院して居ないといけなかったんでしょ?」
「私も、そう勧めたんだけどね。この子ったら速く学校に行きたいって聞かなくって」
苦笑いしながら答える母に、一寸ばつが悪くなる。
「えっと、その・・・無理はしないから。私は学校がとても、とても楽しみだったんです・・・」
「そっか、うん、そうね貴女は他の誰よりも学校を楽しむ権利が有るわ」
温かいその言葉に、涙ぐみそうに成る。
「っと、立ち話は身体の負担になるわね。そこのソファーに座って話しましょう」
良子おばさんの言葉に、内心ほっとする・・・これだけ長時間歩いたのは、本当に久しぶりで、実のところ思ったより身体に負担が掛かっていて、立っているのが少し辛く成っていた。
私達をソファーに勧めると「少し待っていてね」と良子おばさんは言い。室内に備え付けられている電気ポッドを使って、お茶を入れてくれる。
「はい、どうぞ飲んでみて?」
白い陶器のティーカップを私達に勧めると、木目調のテーブルを挟んで対面のソファーに腰を下ろした。
ティーカップには、明るいオレンジ色の液体が注がれている。紅茶?みたい、少し変わってるけど薔薇に似た良い香りが私の鼻腔をくすぐる。
「わぁ、良い香りです」
なんのお茶なんだろ?
「でしょ?知人から良い茶葉を頂いたから容れてみたの」
「ほんと、良い香りね」
お母さんも、気に入ったみたい。
コクリと一口飲んでみる。
瞬間口の中に広がる薔薇の香り、柔らかくまろやかな舌触り、そしてほんのりとした苦みが心地よい後味を残す。
不思議な味のお茶だ。
「これ、なんて言うお茶なんですか?」
「このお茶は、ディンブラ茶よ。セイロン茶の代表的な茶葉ね」
「セイロン茶って一種類じゃないんですか?」
「そうね、セイロン茶って言うのは『スリランカ・セイロン島』で採れる茶葉の総称なのね?だから同じセイロンでも色々と種類があるのよ」
「そうなんですか、初めて知りました」
私の言葉に、良子おばさんは微笑むと「さてと」っと声をかけて姿勢を正し私を正面から見た。
「じゃあ改めて『市ノ瀬 翼』さん、ようこそ如月付属へ。学長として貴女を歓迎するわ」
「はい、色々ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、宜しくお願いします」
「うん、良い返事ね」
体調を崩しかけているのを悟られないように、笑顔で返事を返す・・・ばれなかったかな?
「私からも宜しくお願いするわね、良子」
ぽんっと軽く私の頭の上に手のひらを置くと、撫でるように動かしながら、母もおばさんに頭を下げる。
「ふふっ『健一』さんの会社には此方もお世話になってるからね。任せておきなさい」
健一さん・・・私のお父さんの名前だ。お父さんは『市ノ瀬総合警備』現代表取締役、お父さんの会社は全国展開している大手総合警備会社で、此処『如月付属』の警備も一手に引き受けている。
如月財閥関連の企業とも提携している関係で、家族ぐるみのお付き合いが昔からある。お母さんと良子おばさんは、それ以前のからの知り合いらしくって、確か中学校時代からの親友って話。
「じゃあ貴女の担任に成る先生と、其れから保険医の先生も呼ぶわね?」
「えっと、保険医の先生ですか?」
「ええ、翼ちゃんの今の体調だと頻繁にお世話に成る事になるでしょ?」
実際その通りだったから、思わず苦笑いが漏れる。
「それに」
「そうね」
正面から私の顔を見据えていた良子おばさんの言葉に、いつの間にか私の顔をのぞき込んでいた母の声が重なる。
「え?え?」
『翼体調崩してるわね(でしょ?)』
異口同音で二人が同じ言葉を私に言う。
ううっ・・・ばれてました。
渡る世界・幸せの祈り 第二話 完