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記憶の食事 〜帰れない僕と、帰りたい誰かの物語〜  作者: えびなま
味噌汁の記憶、希望を継ぐ娘
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2-4.受け継いだ味

「……あの、ひとつ、いいですか」


食後の静かな時間。

彼女――希望を継なぐ娘は、湯飲みを手に取りながら、躊躇うように声をかけてきた。


「さっきの味噌汁の出汁……昆布と、煮干し……それと、もう一つ、何か使ってますよね?」


悠真は、すこし驚いたように目を細めた。

この世界では“だし”という概念そのものがまだ一般的ではない。

細かな素材の味を感じ取れるのは、相当の経験がある者だけだ。


「鰹節だよ。日本でも、いい出汁を取るときには、使うやつだ」

そう言って、棚から乾いた削り節の束を取り出し、卓上に置いた。


彼女は目を丸くして、それを手に取った。


「これが……。母の使っていたものとも、少し違う気がします。もっと乾いてて、香りが強い……」


そう呟きながら、指先でそっと撫でるように鰹節を眺めていた。


「お前の母親、料理してたのか?」


「ええ。味噌も、醤油も、家で全部仕込んでいました。といっても……私が子どもの頃にはもう、味噌の作り方も一部しか残っていなくて、今の味は、母が手探りで“補った”ものなんですけど」


そう言って、少し笑う。

その笑みは誇らしげで、どこか寂しげでもあった。


「お前は、味噌を作れるのか?」


「一応、母から教わったとおりに……でも、本当にこれでいいのか、わからなくて」


彼女の声が、すっと細くなる。


「それでも……続けてきたんですね」


悠真はぽつりと呟いた。


(“本物”かどうかなんて、誰にもわからない。でも……受け継いだ味が、誰かの心に届くなら、それはもう十分だろ)


自分の心に湧いたその言葉を、そのまま彼女に伝えようかと考えたが、言葉にするのが少し照れ臭く、代わりに言った。


「……じゃあ、今度は味噌も持ってきてみろよ」


「えっ?」


「こっちで作った出汁と合わせてみよう。もしかしたら、何か見えてくるかもしれない」


彼女は驚いたように目を見開いた後、すぐに柔らかく微笑んだ。


「……ありがとうございます」


小さく、けれどはっきりと、彼女はそう言った。


湯気の向こうで、その言葉は静かに響いた。


希望を継なぐ娘――彼女が何を背負い、何を信じてここに来たのか。

まだすべてを知っているわけではない。

けれど、その名を心に刻んだときから、悠真の中で何かが少しずつ変わり始めていた。

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