表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の食事 〜帰れない僕と、帰りたい誰かの物語〜  作者: えびなま
味噌汁の記憶、希望を継ぐ娘
6/28

2-1.出会いの味噌の香り

昼下がりの陽が、石畳の路地に柔らかい陰影を落としている。表通りから一本入った静かな通りに、ほのかに香ばしい香りが流れ込んでくる。


 それは、どこか懐かしさを含んだ、発酵の深みとだしの温もりが混じり合った香り——味噌汁だ。


「……まさか、俺の店じゃない?」


 厨房で煮立てていた鍋の火を止め、悠真は訝しげに顔を上げた。味噌汁はこの異世界では一般的ではない。味噌を仕込む文化も、それを丁寧に出汁で溶く感覚も、異邦の技だ。


 それなのに、自分の店以外からあの香りが漂ってきた。


 ふらりと戸口に立ち、鼻を頼りに外へ出る。薄く風が吹き抜ける通りの向こう、石造りの角を曲がったあたりに、その香りは確かにあった。


 小さな民家の前に、炭を熾した痕跡と、煮炊きのあとが見える。軒先には干し野菜と、一見して自家製らしき味噌壺。


「……まさか、本当に誰かが……」


 驚きと共に、その家の扉がわずかに開き、こちらの気配に気づいたのか、中から一人の女性が顔を覗かせた。


 身なりは質素で、髪は後ろできちりと結ばれている。目元は知的な印象でありながらも、どこか寂しさを湛えていた。


「あなたが、“Tsumugi”の方ですか?」


 丁寧な声。だが、わずかに緊張を含んでいた。


「ああ、そうだが……そっちから味噌汁の匂いがしてな。どういうわけで、そんなものを?」


 彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。


「……やっぱり、わかるんですね。その匂い。嬉しいです。誰かに気づいてもらえたのは、初めてで」


 言いながら、彼女は手に持っていた木椀を差し出す。中には、まだ湯気をたてる味噌汁があった。


 それは、まるで記憶の奥をくすぐるような、素朴で誠実な味の香りだった。


「自分で作ったのか?」


「はい。幼いころから、母に教わって……その母もまた、祖母から味を受け継いだそうです。でも……これが本当に“本物”か、わからないままで」


 そのとき、悠真の中に一つの予感が走った。

 この味噌汁は、ただの食事ではない。彼女が辿ってきた時間と、忘れられた記憶のかけらが、確かにこの椀の中に込められている。


「……話を聞かせてくれるか。俺の店で。少し、味噌汁を……いや、“君の味”を、じっくり味わってみたい」


 女性は一瞬驚いたように立ち尽くし、それから、小さく微笑んだ。


 —それが、“希望を継なぐ娘”との出会いだったー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ