2-1.出会いの味噌の香り
昼下がりの陽が、石畳の路地に柔らかい陰影を落としている。表通りから一本入った静かな通りに、ほのかに香ばしい香りが流れ込んでくる。
それは、どこか懐かしさを含んだ、発酵の深みとだしの温もりが混じり合った香り——味噌汁だ。
「……まさか、俺の店じゃない?」
厨房で煮立てていた鍋の火を止め、悠真は訝しげに顔を上げた。味噌汁はこの異世界では一般的ではない。味噌を仕込む文化も、それを丁寧に出汁で溶く感覚も、異邦の技だ。
それなのに、自分の店以外からあの香りが漂ってきた。
ふらりと戸口に立ち、鼻を頼りに外へ出る。薄く風が吹き抜ける通りの向こう、石造りの角を曲がったあたりに、その香りは確かにあった。
小さな民家の前に、炭を熾した痕跡と、煮炊きのあとが見える。軒先には干し野菜と、一見して自家製らしき味噌壺。
「……まさか、本当に誰かが……」
驚きと共に、その家の扉がわずかに開き、こちらの気配に気づいたのか、中から一人の女性が顔を覗かせた。
身なりは質素で、髪は後ろできちりと結ばれている。目元は知的な印象でありながらも、どこか寂しさを湛えていた。
「あなたが、“Tsumugi”の方ですか?」
丁寧な声。だが、わずかに緊張を含んでいた。
「ああ、そうだが……そっちから味噌汁の匂いがしてな。どういうわけで、そんなものを?」
彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。
「……やっぱり、わかるんですね。その匂い。嬉しいです。誰かに気づいてもらえたのは、初めてで」
言いながら、彼女は手に持っていた木椀を差し出す。中には、まだ湯気をたてる味噌汁があった。
それは、まるで記憶の奥をくすぐるような、素朴で誠実な味の香りだった。
「自分で作ったのか?」
「はい。幼いころから、母に教わって……その母もまた、祖母から味を受け継いだそうです。でも……これが本当に“本物”か、わからないままで」
そのとき、悠真の中に一つの予感が走った。
この味噌汁は、ただの食事ではない。彼女が辿ってきた時間と、忘れられた記憶のかけらが、確かにこの椀の中に込められている。
「……話を聞かせてくれるか。俺の店で。少し、味噌汁を……いや、“君の味”を、じっくり味わってみたい」
女性は一瞬驚いたように立ち尽くし、それから、小さく微笑んだ。
—それが、“希望を継なぐ娘”との出会いだったー