第三話 王都からの使者
朝の陽ざしが差し込む中、レオとリュシエルはいつもよりも遅く起きた。
だって、今日は「休息の日」なので子供たちはいない。みんな自分たちの親と家で穏やかに過ごすからだ。
もちろん畑もあるし家畜も居るので完全な休日というわけにはいかないが、それでも村全体にゆったりと時間が流れる。
「パンが焼き上がるぞ。」
「はーいよ。」
竈に置かれた平たい鉄鍋の上ではこれまた平たいナンという平たいパンが焼かれていた。
こんなパンは王都でも見たことも聞いたこともないが、リュシエルはいままで生まれて死んでいった歴代の魔王の記憶を受け継いでいるらしくその記憶の中にある食べ物を再現しているらしい。
このパンは寝かせる時間などが短いらしいし簡単だからとこの村では定番だ。
「スープもおかずも盛ったぜ。」
リュシエルが先に作っていた、庭に生えていたトマトと生みたて卵をさっと炒めたものと、スープは昨晩のメインデッシュだった茹で鳥の茹で汁に塩と細かく切った玉ねぎ、唐辛子一本を半分に切って入れたのを軽く煮込んだだけのものだが、なかなかどうして美味しいのだから不思議だ。
「では、運んだら朝食にしよう。」
いただきますの声が重なったら、朝食の時間だ。
俺はまずはスープから。
いつもスープの種類は違ったり同じだったり、今日みたいに手順も何もわかっている筈の物だって、なんでだかわからないけれど毎回新鮮に美味しくて感動する。
「あ~…美味いなぁ」
しみじみそう言えば、リュシエルは焼き立てのナンというパンをちぎって食べて、自己採点しているのかうんうん唸っている。
「今日のは少し油っぽくなってしまった。朝から食べるには少々重たい食感だ。」
「別に美味いんだし、これはこれでよくないか?」
「不味くはない…が、」
「スープがサッパリ油を流してくんだし、ちょうどいいとおもうけどなぁ。トマトと卵の炒めたのも美味しいよ」
事実、この朝食はどれも美味しい。
いったいどこに不満があるのかレオには解らない。もしかして作った本人だからこその探求心か?美食家あるある?
歴代魔王の記憶があるのって便利だし役に立つことばかりだけどこういうところでは面倒臭そうだなぁ、ってこっそり思った。
(そこいくと、俺は美食なんかにゃ興味ねーからなぁ。)
食えればいい。生きるために必要だから食う。…という感覚しかなかったから。
伝説の勇者として育てられ多分並みの貴族様なんかよりも豪華な食事も珍味も食べたことはあるが、逆に戦場での野営で狩った肉を焼いただけのものも苦くて臭い野草でも酸っぱい渋い木の実も泥臭い下魚でも違いが判らなかった。
勇者スキルで鑑定して【可食】となってるから食べる。それだけ。
俺にとって食事とはそういうものだった。
「レオはなんでも美味い美味いと食うが、好き嫌いはないのか?苦手な食べ物などは?」
「うーん、ないな。毒が無ければ生肉でも食ったことあるし。にこにこしながら美味しそうに食べるよう躾けられていたし、まぁ、実際に味もどうでもよかったっていうか。」
「うん…?味覚が無いのか?」
「いや?味はちゃんと分かるよ。ただ、そうだなー…あぁ、リュシエルと一緒だと美味いなって感じるようになった。お前の料理も全部美味しいよ。あっ、そっか。俺は誰と食べるかで美味い不味いを判断してるのかも?」
「……………は?」
「たぶんだからそれで美味しいんだな。いまさら王都の晩餐会に招待されても不味いメシ食わされるだけだなー。あーでも酒があるからまだマシか。」
状態異常耐性があるから浴びるほど呑んだってほろ酔いにしかならないけれど。
「そういえば好き嫌いの嫌いはないけど、一番好きなのはリュシエルが作ったスープだな!あれってなんか魔法とか使ってる?」
「いや特には。スープ、スープか。…いままでのスープの中ではどれが一番だ?」
「え、えー?うーん、ぜんぶ。かな。なんでなのかは俺も解んないけど。」
「そうか。よくわからん理屈だが、納得はした。だから毎食レオはスープを付けて欲しいと言う理由もわかった。」
「あ、もしかして面倒臭かった?」
「いいや。かならず一番最初に口をつけるから、よっぽどスープが好きなのだろうとおもっていたのだが、そうか。少々認識を改めた方がいいらしい。」
「はぁ?そういうもん?」
「俺の中ではそういう事になった。」
「ふぅん?」
よくわからないけれど、リュシエルが納得しているのならそれでいいかとレオも頷いた。
そんな会話をしつつ朝食を和やかに楽しみ、食後の食器洗いをどっちがするかをゲームで決めようとオセロ版を用意している時だった、
―――――――コンッコンッ
ドアをノックする音。
この村では小さい子も多いことから各家は呼び鈴をドア前にひも付きで下げている。
だからそれだけで、村外からの訪問者だとわかる。
「……はい、どちら様です?」
「レオ・アルディアス様!王都よりの使者でございます。国王陛下よりの招待状をお持ちしました!」
ハキハキと威勢よい声がドア越しからでも室内に響く。
「っうわぁ…近所迷惑。」
「さっさとドアを開けてやれ。万一なにかするようなら俺が対処する。」
とはいっても、使者は丁寧に頭を下げて書状を渡すと逃げ帰るようにどこかに行った。
「うちは化物小屋じゃねーっての!失礼しちゃうなぁ~」
ぶつくさ言いながら封蝋を確認する。
(うん、間違いなく前に届いたものと同じ招待状が入っていて、でも手がもの内容が違う。こちらには脅しの文面が無い…どういうことだ??)
いかに王族王家といえど、同じ不老を使うなんて同一人物からという証拠になる。
しかし開いた手紙の内容も同じもの。
「………これってさぁ、どっちかは偽造ってことになるよな?」
「そうだろうな。同じ相手に同じ内容のものを送る意味は無いからな。」
「だよなぁ。あきらかに脅してる文面もどうかとおもうけど、単に招待するだけっていうのも、…なんかなぁ」
「なら、行かなければいい。」
リュシエルは少し不機嫌そうな顔でそう言った。
やはり彼は俺を王都に向かわせることに反対しているようだ。
(…っていうのが嬉しいなんて。)
俺は勇者としては随分と腑抜けたもんだ。甘やかされてその環境が心地よくていつまでも沼っていたい。
でも、
「そういうわけにはいかないでしょー?」
「どうして?」
「んー、だってさ。俺の【心臓】がむこうに…つまり王家に握られてるんだよね。いや、神殿に保管されてはいるんだけど。でもだから逆らって潰されたら死んじゃうじゃん。」
そうなるとこまっちゃうよねー?って、小首を傾げて苦笑うと、対面するリュシエルは鬼の形相になった。
「まったく、人間の所業とは…っ!残酷無比で救いようがないっ」
「リュシエル…ふはは」
怒りに震えるリュシエルを宥めながら不謹慎にも魔族はそういう表現になるんだな、って、ちょっと思ってしまった。
人間なら、そういうときは「悪の所業だ!」となるから、相対極するのがおもしろくて少し笑ってしまった。
「大丈夫だよリュシエル。晩餐会とパーティーに出席するだけの簡単なお仕事なんだし。大したことじゃない。それに王都のいる間だけじゃなく生き返りの道中でも買い物が出来る。支払いは全部王家にツケりゃいいし、物品は亜空間収納に入れればいいんだから、村が潤うよ。」
子供たち、特に異性である女の子に関してはおれはとんだポンコツだ。男の子にはオセロをはじめとしたゲームも教えられるが女の子相手ではとんと無力。だからいつか見たことがある布と綿の人形だけではなく、木製の球体関節がある精巧な人形も買って帰れたらいいなと考えているし、リュシエルや村のまとめ役が話していたのを聞いていたからこの村に必要な農業学書や御夫人方所望の刺繍やレース編みの図案書やなんかも買って帰るには王都にしかない高級書籍取り扱い店に寄ってみたいともおもっている。
だけど、ほんとうに何が必要かは…俺にはわからない。
「なぁ、それじゃあさ、リュシエルも一緒に行かないか?」
「無茶だ。」
「どうして?」
「俺は、力を大半失ったとはいえ、魔王なんだが。」
「だからなに?いいじゃん、招待状は二枚あるんだしちょうどいいよ。ね、一緒に王都に行こう。」
それに、と前置きしてからついさっき頭の中で考えていたおみやげを選ぶのを手伝って欲しいことも言い訳に似た説得を並べてリュシエルを懐柔作戦だ。
「……わかった。しかしパーティーにまで出席するなら俺はともかくお前は服が無さ過ぎるから、服飾店にも行こう。服を仕立てなくては。」
「そんなの別にいいよ。村の端のリュドベクスは裁縫上手だったろ。まぁ相手に似合うのばかり作るから流行りは関係ないんだけど、でも似合うのを作る天才だよ。」
「リュドベクスは切る相手に合わせた機能的な服を作る天才なのであって、晩餐会や夜会の場に着ていけるような華美な服は作れないぞ。」
「服は動きやすいのが一番じゃん。」
「いやだから………あ~~~うん、わかった。リュドベクスには俺の服を見本に作らせることにしよう。いやいっそ俺の服をレオに合わせてもらうほうが早いかもな。」
よくわかんないけど、ブツブツ言いながらも王都に一緒に行ってくれる気になったみたいで良かった。
「んふっ」
満足な笑い声が噴き出して、嬉しい。
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